第105話 先生の術を命を守るために使いたい!
「そこの君、名前は何と言うんだい」
更衣室から出てきた遠野教授は、武研に置いてある予備の道着を着ていた。
「立花樹です」
「ありがとう。すまないが立花くん、俺の準備運動に付き合ってもらえるかな」
「押忍!」
練習中の他の部員の邪魔にならないように、道場の端で向かい合う。
「気楽にしてくれていいからね」
教授の身長は170センチぐらいかな。おじさんにしては姿勢が良くて、スッと立っているだけなんだけど自然体って言うか……ハッキリ言って隙が無い。
「どうした。かかってきていいぞ」
そう言われても……
「攻撃はうまくできません」
風花から相手を転がす時の腕の掴み方を聞いたばかりで、まだやり方がよくわからない。
「なーんだ……」
え?
「人を殺したことのある目をしていたから、期待していたんだが」
耳元で囁かれる。
うそ、いつの間に……見えなかった。
「(こちらで)そんなことしてません」
教授の目を見て答える。
「一応、ウソは言ってないようだが……お前たちいったい何者だ? 中学生のくせして、何人かそういう気配があるぞ」
け、気配が出てるの?
「先生、どうかされましたか?」
由紀ちゃんがやってきた。僕が固まってしまったのが気になったのかも。
「いや、筋はいいんだが、攻撃ができないというからどういうことかと思って聞いていたんだ」
「ああ、その事ですか。風花が防御が基本だと言って、そればかりやってましたからね。でもようやく、攻撃のさわりを教え始めたようですよ」
「なるほど……」
教授が海渡に指導中の風花を見ている。
「戸部くん、彼女と立ち合わせてもらえるかい」
いったん稽古を中止し、みんなで道場の端に並んで座る。
先生以外で風花が警戒することなんてめったにないことだから、これからの立ち合いをしっかりと目に焼き付けなきゃ。
「注意して、近づかれたの全然分からなかった」
隣の風花に声を掛ける。
「見てた。あの人なかなかやる」
「勝てる?」
「わからない……」
やっぱり……
これまでテレビに出てくるどの格闘家を見ても、瞬殺できるって言ってたのに……教授はそれほどなんだ。
「遠野先生、風花、中央へ!」
呼ばれた二人が道場の真ん中に立つ。
「一礼して、始め!」
まだ負けたところを見たことが無い風花と、その風花をしてやってみないとわからないと言わしめる遠野教授。この対戦、どうなるか予測がつかない。
「なかなか動きませんね」
警戒しているのか、二人とも開始線に立ったまま。
「ん? 来ないのか? ……あ、受けの武術か」
教授が動いた!
風花の方に手を伸ばす。
もちろん、風花は掴まれないように避け……てはいるんだけど、いつものような余裕は無さそう。
「風花先輩、戦いにくそうです」
「タイミングをずらされているんじゃねえのか」
竹下が隣に。
「そうかも。さっき向かい合ったときに思ったんだけど、遠野教授って自然体でつかみどころがない感じがしたんだ」
僕たちが相手の行動を読めるのは、目や体の動きを見て次の行動を予測できるからで、教授のように視線で狙いがつかめないと対応が後手に回ってしまう。
「掴まれなかったら負けることは無いはずですが……あっ!」
教授が風花との間を一瞬で詰め……
「ふぅ、よかったですぅ」
「今のをよく避けたよな。さすが風花だぜ。俺なら殺されてるわ」
確かにあちらの盗賊の中に教授ほどの腕前の者がいたら、抵抗らしい抵抗もできずに殺られてしまいそうだ。
「わ、わっ、でも……」
教授の勢いが止まらない。防戦一方の風花。
「「「あっ!」」」
とうとう掴まれて、引き倒された風花の首には教授の腕が乗っていた。
「やめ!」
風花でも負けることがあるんだ……
「自分の未熟さに腹が立つ!」
戻ってきた風花の目には涙がにじんでいた。あちらだったら完全に命を取られている状況だもん。悔しくて仕方がないのもわかる。
「教授は?」
「ほら、あそこ。由紀ちゃん先生とお話されてますよ」
ほんとだ、由紀ちゃんが身振り手振りを交えて何か伝え、教授はそれを聞いて頷いている。
あ、こっちを向いた。
「風花、ちょっと来てくれ」
僕たちも一緒にいていいと言われたので、先生たちの前に並ぶ。
「今日遠野先生に来ていただいたのは、風花の技を見てもらうためだったんだ」
由紀ちゃん、風花の技が何なのか知りたがっていたもんね。
「戸部君から見たこともない技を使う女子がいると聞いてね。こちらに仕事で来たついでに寄ってみたんだが、実際に彼女と立ち合ってみて私も驚いてしまったよ」
ごく……
「彼女……風花君の技は江戸時代に途絶えてしまった流派によく似ている」
江戸時代……やっぱり、リュザールに初めて会った時に聞いた通りだ。
でも、こちらでは途絶えてって……
「遠野教授はその技をご存じなのですか?」
「詳しくは言えないが、私のご先祖様がその流派の使い手とゆかりがあったようなのだ。ただ、技自体がどういうものだったかは伝えられていない」
それならどうして?
「友人に古武術のオタクがいてな。日本中の古文書を探し出しては読み漁っている。そいつが調べ出した技の内容が風花くんの体の動きとよく似ていた」
へぇー、日本中で読み漁ってって、オタク度から言えば由紀ちゃんよりも凄そう。
「先生、その技は何という名前なのでしょうか?」
「九幻流、守りを主にし相手を無力化する武術だ」
おー、まさに風花の技。
「そこでだ。私の友人に風花くんの技を見てもらい、本当に九幻流かどうか確認したいのだが、協力してもらえないか?」
風花の技はバーシの村で育ててくれたおじいさんから教わったって言っていたけど、その元が九幻流だとしたら僕たちより前に地球と繋がっていた人がいた証拠になるかも。
「遠野先生、条件を付けてもいいですか?」
「俺にできることであれば」
「私とここにいる三人に武術の指導をしてください」
遠野教授の指導!
「え、いや、俺の技は一般人には……」
SPの人たちに教えるくらいだから、色々と制約があってもおかしくない。
「先生の技を命を守るために使いたいんです!」
教授は風花がかなわないほどの使い手だ。その技を会得することができたら、危険なテラでも生き残る可能性が高くなる。
「命か……わかった、お前たちにも事情があるようだな。それを話してくれるのならいいだろう」
僕たちのこと……
「先生、そろそろ出発しないと……」
「もう飛行機の時間か……こんな事ならこっちを先にしとけば……仕方がない、君たち、来月の連休は空いているか?」
来月の連休……文化の日。
僕たちはみんなでうんと頷いた。