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第103話 間に合った……の?

 チーン!


「はい、お二人の分も焼けましたよ」


 海渡が僕と風花のお皿に、こんがりとキツネ色のパンを乗せてくれた。


 いい匂い。

 早速バターとおススメのジャムを付けてっと。


「お、美味しい!」


 よし、瓶のデザインも覚えたぞ。早速スーパーに買いに行かなければ……


「鉄がくるのなら……そろそろお風呂のこと考えっかな」


 お、お風呂!

 先に食べ終わった竹下が話の続きを始めた。


「ほんとですか! ぜひそうしてください。女の子にはあっちの世界は辛すぎます」


 海渡に賛成。ほんともう色々と大変なんだ。


「男だって辛いぜ。こっちで清潔な生活に慣れてるからよ」


 風花がパンをかじりながらうんうんと頷いている。


「竹下先輩、年内にできますか?」


 年内!


「無理無理、良くて来年の春……いや、夏ぐらいじゃねえかな」


「えー、期待させといてそれですか。もっと早くしてくださいよ」


 そうだよ。もうあちらでお風呂に入る気満々だよ。


「そうしたいのはやまやまだけどさ。荷馬車に機織り機、それに糸車も作らないといけないんだぜ。人手がいくらあっても足りないって」


 よし、食べ終わった。会話に参加できる。


「あのね、糸車をタルブクで作ってもらったらどうかな。そしてそれをシュルトの方で売ったら、避難民の人たちも仕事が見つかるとおもうんだけど」


「ボ、……」


 話しかけてた風花が慌ててコーヒーを飲む。

 口の中のパンを流し込んだのかな。


「ボクも賛成。あちらの方をどうにかしないと、マジでヤバいよ」


「そんなになの?」


 タルブクからシュルトの方向に隊商が出せないくらいだから、状況が悪そうだとは思っていたけど……


「カインに来た盗賊がどこから来たのかが問題なんだ」


「シュルトの方から来たんじゃねえのか?」


「……まずは話を聞いて。タルブクってシュルトと南のケルシーを繋ぐ街道沿いにあるんだ」


「ケルシー……隊商の人から聞いたことがある。そこそこ大きな町じゃなかったか。地球で言ったらカシュガルあたりだっけ」


 カシュガル(喀什)。中国の最西端のまちで、砂漠のオアシス都市。シルクロードの要所として有名な場所だ。


「ケルシーなら知ってます。ルーミンが住んでた村からもいけました。まあ、かなり遠いらしいですが……」


 ルーミンが住んでいたビント村は、キルギスのオシの南あたりになるのかな。地球にも街道があるみたいだし、やっぱりどこの世界でも通りやすいところに道ができるってことだね。


「うん、ルーミンちゃんの村を通って山を越え、それから東に行ったらケルシーで西に行ったらダルファの町に行けるよ」


「ダルファって、確か……」


 あ、竹下がスマホを見ている。


「……地球ではタジキスタンの首都があるあたりか。名前はドゥシャンベというらしいぜ」


「たぶんそのあたりだと思う。そしてそこからずっと南に行ったら海に出るみたいだよ」


 おー、まだあちらで見たことが無い海。遥か彼方のことだと思っていたら、ちゃんと繋がっているんだ。いつか行ってみたいな。


 ん?

 なにか視線を……


「樹、いつかみんなで行こう」


「だな」


「海、楽しみですぅ」


 うぅ、そんなに行きたそうな顔してたんだ……


「さて、話を戻そうぜ。で、カインに来た盗賊はどこから来たんだ?」


 はは、話をそらしてしまったと海渡が舌を出してるよ。


「うん、盗賊がシュルトの方から来て街道を通ったのならタルブクの人たちが気付いているはずなんだけど、ここ数か月、付近でそれらしい集団は見てないって」


 え? 北からじゃないってこと?


「もしかしてケルシー方面から来たのか?」


 残りはそうだよね。


「南からの街道もタルブクを通る必要があって、当然見ていない」


 北からも南からも来てないというのなら……


「……つまり、盗賊が湧いて出たってことなの?」


 風花がうんと頷いた。

 タルブクとカインの間には牧草地が点在していてそのうちの数カ所に人が住んでいるみたいなんだけど、干ばつの影響で食べるのに困っている人たちが出てきているんじゃないかって。


「ここでも干ばつ……」


「たぶんね。あの辺りならどの集落でも放牧をしていたはずだから、麦を得るために育てた羊を売っていたと思うんだ。でも、シュルトあたりが避難民で溢れかえっているのなら、思ったように羊を売れなかったり連れて行った羊が盗賊に奪われていた可能性があるんじゃないかな」


 もし、羊を奪われていたのなら大変だ。ギリギリで生活していたはずだから、あてにしていた食料が手に入らないのなら、生きていくためにはこれから育てていく予定の羊を食べるしかない。でも、それをしてしまったら、すぐに食い詰めてしまってそこで生活することができなくなる。


「ほんと、やべえな。これからそんな奴らがどんどんと出てくるかもしれねえじゃん」


「でもですよ。僕たちが戦った盗賊には男しかいませんでしたよ。生活できなくなって盗賊になったのなら、あ……」


 海渡も気づいたようだ。


「女の人と子供は先に死んじゃってるんですね……」


「たぶんそうだろうな。自暴自棄になってんのかもしれねえけど、だからといって幸せに暮らしている他の家族を襲っていい理由にはならねえぜ」


 そういうこと。どういう事情があっても、盗賊になってしまったものは許すわけにはいかない。


「それでどうすんだ。タルブクで糸車を作るのなら、誰かにその方法を教えなきゃならねえぜ」


「今回は無理だろうけど、春にでも誰かカインに来ることができないか聞いてみるよ」


 地球なら図面や動画をネットで送ったりできるんだけど、あちらにはそんなものは無いから直接教えるしか方法は無い。


「皆さん、そろそろ時間ですよ」


 時間は12時55分。急いでテーブルの上を片付け、外へと出る。






「もう1時過ぎてる。大丈夫かな」


 マンションのエレベーターを下りた風花は不安そう。


御旅所おたびしょを1時に出発だから、ちょうどいいくらいだと思うよ」


 事前の予定ではそうなっていたし、毎年時間通りに来るから間違いないだろう。


 マンションの隣の公園を抜け、坂を登ると市民図書館が見えてくる。

 さらにその横を通り過ぎた大通りには、たくさんの人たちが集まっていた。


「間に合った……の? 人がまばらだよ」


 これで、まばらなんだ……

 あ、そうか。


「一昨日の港は特別。いつもこれくらいだよ。ほら、前に行ってみよう」


 空いているスペースを探し出し、交通規制が敷かれた大通りの前面に位置取る。


「ほら、あそこ」


 風花に交差点の方向を指さす。


「あ、お神輿……一昨日見たものと一緒だ」


 はは、神様は同じお神輿に乗って移動されるからね。


「ほら、通るよ」


 周りの人と一緒にお神輿に向かって手を合わせる。


「行っちゃった……」


 お神輿を見送った人たちが散り始めた。


「これで今年も終わりですね」


 ほんと、しんみりしちゃうね。


「まあ、ずっとこのテンションだときついぜ」


 それもそうだ。


「でも、楽しかった。あちらでも何かお祭りをやってみたいけど、無理だよね」


 あちらか……


「娯楽が何もねえからみんな喜ぶと思うけど……やっぱ、厳しいだろうな」


「ですね、盗賊と戦ったばかりですから、皆さんそういう余裕はないでしょう」


 ちょうど秋だから収穫祭とかできそうなんだけど……あ!


「いいことを思いついた。お祭りはできないけどさ――」

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