第102話 これも勝負だから悪く思うなよ
「ふぅ、晩飯がたいして入らねえかも」
お祭りを堪能してきた僕たちは、竹下の部屋に集まって一息ついている。
「ほんと、あちこちから美味しそうな匂いがするのがいけないんだ。ボクもお腹パンパン」
風花に限らず、海渡も僕もお腹いっぱいだ。
「出店の人出もすごかったですが、先輩のお店も今日は大儲けじゃないですか。人が溢れてましたよ」
最初は一階のカフェに向かったんだけど、店の外まで並んでいてこれは無理ということで裏口からお店の中に入って上まで登ってきた。だから飲み物は伊織の家の冷蔵庫に入っていたコーラとお茶だ。
「俺んちはカフェで稼ぐつもりはないから、そこまでじゃないと思うぜ」
竹下のところは呉服屋で、若い人に着物への関心を持ってもらうためにカフェを始めたと聞いている。たくさん来てもらうために、価格を抑えているんだろう。
「着物の方は売れてるの?」
「まあ、ぼちぼちな」
この様子だと予定通りにいっているみたい。
「さてと、今のうちにあちらのことを話し合う?」
いつもは朝の散歩のときに済ませるんだけど、今朝は昨日の夜から降り始めた雨が残っていて中止にしたんだ。
「だな。で、リュザールたちの方はもう着いたのか?」
「うん、昨日の夕方にタルブクに到着したよ」
昨日までの風花は、道中に盗賊の姿は見えなかったって言っていたけど……
「どうだった?」
「着いたのが遅くて、暗くなる寸前だったから隊商宿に潜り込むのがやっとでさ、村の様子まではハッキリとわからないんだ」
周りを警戒しながらの移動だから、移動するのに時間がかかるって言ってた。
「隊商宿に責任者はいなかったのか?」
小さな村の隊商宿は普段使われないことが多いから、宿の店主がいないことがある。そんな時には、宿の隣の人に人数分の料金(麦だったり塩だったり)を支払って使うことになっているみたい。隊商宿だけやっていても暮らしていくことができないからね。ちなみにカインの隊商宿は、野菜を作っている農家さんが兼業でしてくれているんだ。
「いたよ。受付だけして帰ろうとしたから呼び止めて聞いてみたらさ、シュルトまでの間の治安が悪くなっていて隊商の行き来が少なくなっているんだって」
治安が……
やっぱり干ばつの影響が出ているのかな。
そうだ。
「チャムには会わなかったの?」
幼馴染のチャムはよく気が利くし、セムトおじさんの娘だから必要なことを的確に教えてくれるはず。
「樹、落ち着いて。遅かったから会ってない。でも、セムトさんが村長さんのところに行ってそのまま泊まってきているから、どういう状態なのか明日教えてくれるはずだよ」
いけない。思わず風花の腕を掴んでいた。慌てて離す。
「ゴメン、風花。明日わかったら教えて」
タルブクの村長さんはセムトおじさんの実家だ。それにチャムの嫁ぎ先でもあるから、きっと詳しいことを知らせてくれるに違いない。
〇10月9日(日)地球
いつもの時間、いつもの場所に集まった僕たちは、いつものように散歩を始める。
「もうそろそろ開始の時間を遅くした方がいいかもしれねえな」
今の時間は6時30分。明るくなってきているけど、さっき朝日が昇ったばかりだからか、散歩している人も夏に比べて少なくなってきている。
「樹先輩はこれまでどうしていたのですか?」
「だいたい朝日と共に起きるでしょ。一人の時はそれに合わせて散歩してたよ。ただ、冬場は休んでいるね。散歩する時間が取れないもん」
僕たちが住んでいる町は西の方にあって日の出の時間が遅い。太陽に合わせて散歩していたら学校に遅れちゃうんだ。
「それなら、今月一杯にしとくか」
それが無難かな。
ということで、みんなと話し合って11月から2月までは散歩をお休みすることに決定。
「でさ、チャム元気にしてた?」
早速本題に入る。昨日から気になって仕方がない。
「うん、元気そうだった。初めて会ったけど気さくで、お姉ちゃんって感じだね」
ふぅ、ホッと一安心だよ。
「それでね。今お腹の中に赤ちゃんがいるんだって」
「ほんと!!」
すごい、春に嫁いだばかりなのに、もうできたんだ。
「なあ、樹、チャムさんっていくつ?」
「一個上だから、16歳かな」
「16……すげえな。高一か高二で母親か……ん? そういえばチャムさんの旦那って……」
「えーと、名前はなんだっけ…………そうそう、思い出した。エキムといって、僕たちと同い年だったと思う」
会ったことは無いけど、結婚が決まった時にチャムが楽しそうに話していたんだ。
「マジか、俺たちの年でパパ……それもすげえな」
チャムは、エキムくんが子作りできるようになるのを待って嫁いでいった。それで早速授かったんだから、チャムも喜んでいるだろう。ん、喜んでいると言えば……
「セムトおじさん、どうしてる?」
風花は両手をあげて、肩をすくめた。
「まだ生まれてもいないのに、普段の威厳がどこに行ったのかってくらいでれでれしてるよ」
はは、あちらの世界でも初孫は嬉しいんだ。
「それで風花、他に何か気付いたことはなかった?」
「えっとね。いろいろあるよ。これから順を追って話すから、聞いてくれる」
散歩のあと一度解散し、お昼前に再び風花の家に集まった。
「何時の出発?」
「お上りは昼過ぎの1時からですので、ここからだと5分前に出たら大丈夫です」
今日は、風花の家がお上りの通り道に近いということで集まることにしたんだ。
ちなみにお上りというのは、海辺の御旅所にいらっしゃっていた神様が、再びお神輿に乗って山にある神社に戻る儀式のこと。これが終わると三日続いたお祭りも終わりだ。と言っても、出店は夕方まで残っているけどね。
時間がないので、早速、風花の家のリビングで朝の話の続きを始める。
「つまり、タルブクの隊商がこっちにやってくるってことだね」
「うん、やっぱりシュルトに避難民が溢れているらしくて、あの方面の治安が良くないみたいなんだ」
タルブクでは、先日戻ってきた隊商からシュルトの方が危なくなっていると聞いて、どうしようかと悩んでいる最中だったらしい。そこに、今回リュザールたちがタルブクに行ったことでカイン方面に盗賊がいないことが分かったから、しばらくの間、物資の補給はカインで行うことに決めたみたい。
「タルブクは寒くて麦が取れねえんじゃなかったか。これから冬の時期が来るし、困ってただろうな」
冬になったら隊商が出せなくなる。その前に物資を補給しとかないと、村の人の命に関わっちゃうよ。
「あ、そろそろ、焼けそうですよ」
トースターを覗き込んでいる海渡が報告してくれた。
今日のお昼は、簡単に近くのコンビニで買ってきた食パンを焼いて食べることにしたんだ。たまにはこういうのもいいよね。
「あ、そうだ。このジャム美味しいよ」
風花が冷蔵庫からジャムを取り出してきた。
「これうちにもありますよ。最近こちらのスーパーでも売られるようになったんですよね」
「うん、東京で食べていたんだけど、こっちにないなって思っていたらこの前見つけて思わず買っちゃった」
へぇ、試させてもらって、美味しかったら僕も買ってみよう。
チーン!
香ばしい匂いが漂ってくる。
「まずは竹下くんと海渡くんね」
「ありがとうございます。次を入れときます」
海渡は焼きあがった二枚のパンをそれぞれのお皿に乗せ、次のパンをトースターの中に入れた。
「お先に、これも勝負だから悪く思うなよ」
さっきじゃんけんをして、二人が勝ったんだから仕方がない。
「それでね、タルブクからカインに隊商を出せるのも年内は一回が限度だと思うんだ。そこで、さっきも言ったけど鉄と銅をありったけ持っていくように伝えるから、工房の麦を使わずに取っておいてほしい。少なくなった分は、ボクたちが戻ったらコルカに行って補充してくるからさ」
カインとタルブクとの間には高い山がそびえている。11月に入ると雪が降り始めて歩けなくなってしまうから、その前になんだけど……
「出発はいつ?」
「明日僕たちと一緒に出発することになった。時間との勝負になるから、行きは馬に乗って帰りは歩きになるのかな」
ということは、一週間ほどでカインに到着するはずだ。みんなに気付かれないように準備をしないといけないな。