第1話 これのことは母さんに内緒にしてもらえないか?
〇5月2日(火)地球
ちゅんちゅん……
目を開けて辺りを見渡す。カーテンの隙間から光が……
地球でもあちらと同じように朝日と共に目が覚めちゃうな。
うーんと一伸びして起き上がり、スマホを確認する。
天気はよさそう……よし、散歩に行こう!
近くにある川沿いの遊歩道。観光名所もあるこの場所は、僕のお気に入りの散歩コース。さすがにこの時間は観光客の姿はなくて、近所の早起きの人たちが散歩をしているくらいで……おっ! 今日は空いてる。
休憩所として作られている川沿いの東屋に向かい、お気に入りの場所に腰かける。
えーと……石垣を見ながら記憶をたどる。
あちらでの昨日は……朝起きて、仕事をして夕方にはミサフィ母さんの作ったご飯を食べて……うん、普通の日だった。
こんな話をしても仕方が……いや、二人なら喜んで聞いてくれそう。ふふ、今日も学校に行くのが楽しみだ。
〇(地球の暦では5月3日)??
ちゅんちゅん……
目を開けて辺りを見渡す。木窓の隙間が明るい。朝だ。
うーんと一伸びして起き上がり、隣の弟に声を掛ける。
「テムス、朝だよ」
スースーと寝息が……
この春10歳になったばかりだからもう少し寝かせてあげたいけど、こちらではそうもいかない。
「ほら、テムス起きて」
今度は体を揺らしながら声を掛ける。
「ふわぁぁ、朝? んー、ソル姉、おはよう」
羊毛で作られた布団をたたみ、寝ぼけ眼のテムスと一緒に台所の横にある井戸へと向かう。
「顔を洗って、仕事をしよう。今日もいい天気だよ」
中庭の洗濯物を干してないスペースに、藁で編んだ筵を敷く。そこに平たいかごをいくつか置いて、昨日収穫したばかりの薬草を並べる。天気がいいからよく乾きそうだ。
「ソル、手は空いているかい?」
中庭に繋がっている診療室の扉が開き、父さんが顔を出した。
「うん、今終わったところ。何か手伝うことがあるの?」
今は太陽が傾きかけているから、お昼を過ぎたくらいかな。地球なら学校で昼休みを満喫している時間だけど、こちらでは子供も仕事をしないと食べていけない。5歳年下のテムスも薬草畑で母さんの手伝いをしてるはずだし、私ができることなら何でもやらなくちゃ。
「隊商が来たらしい。ついてくるかい?」
隊商!!!
「行く!」
隊商とは、地球ではキャラバンと呼ばれることもある行商する人たちが集まった隊のことで、車とか列車とかがないこっちの世界で、生きていくために必要なものや情報を運んでくれる大切な存在。だから、隊商が来た時にはとにもかくにも行くことにしているんだ。さっき父さんは来たといったから、今回来ているのは他の村の隊商のはず。うちの村の隊商の時は帰って来たというからね。さてと、今日はどんなものがあるんだろう。楽しみだよ。
父さんの操る馬に乗って村の中心部にある広場まで向かうと、隊商の人たちが筵を敷いてその上に商品を並べ始めていた。
「一人で見てきてもいい?」
父さんに断りを入れ、広場を歩いて回る。
村の人がちらほらと……今ならまだ掘り出し物があるかも。
ほら、この人形なんて……えーと、人形だよね?
「あのー、これは?」
緑色が目立つ服に身を包んだ行商人のおじさんに声を掛ける。
「嬢ちゃん、目ざといね。これはほんとにおすすめだよ。なんてったってこれが一つあれば、家に盗賊がやってこないという代物だ」
「本当ですか! それはすごい!」
日本と違ってこちらの世界は治安があまりよくない。それに、国というものがなくて警察も軍隊もいないから、盗賊が出たら自分たちで何とかしないといけない。だから、もしこの人形が本物ならみんな欲しがると思うけど……この人形を置いてたら、盗賊が近づかないってことかな……原理は?
手に取って眺めてみる。
うーん、さっぱりわからない。こちらの世界も地球と一緒で魔法のようなものはない……ような気がするから……気休め?
「欲しいときはすぐに声を掛けるんだよ。早い者勝ちだから」
「はい、先に一通り見てきますね」
人形を元の場所に戻し、他の人の商品を見てみる。
……いつものように織物が多めかな。このあたりではどの村でも羊を飼っていて、羊毛を染めてそれを織って売ることが多いんだよね。もちろん、私の家でも織っているけど、違う人が織ったものは色合いや柄が違うから惹かれちゃうんだ。
でも、今回はめぼしいものはなさそう。村人も集まって来たし、そろそろ……
「お、ソルちゃんじゃねえか」
父さんのところに戻ろうとすると、後ろから声を掛けられた。
えっと、このおじさんは……この髪型に服の色は……そうだ、この隊商の、
「隊長さん。こんにちは」
「今日は村長は来ているかい?」
「父さんですね。すぐに呼んできます!」
父さんはこの村の村長。隊商の隊長さんが父さんに用事があるということは、何か伝えたいことがあるに違いない。
父さんと隊長さんは、邪魔が入らないように広場の端っこに移動した。
「村長、ちょっと小耳に挟んだんですが……」
私も近くで耳をそばだてる。情報は大事。場合によっては地球の仲間たちと相談しないといけないから。
「なんと! 水が……それで?」
み、水?
「村長、あっしらもやっとのことでここまで来てまして……」
私たちが住むカイン村は東西に延びた盆地の東の奥に位置してて、さらに標高も高いから隊商の人たちが来るのは大変だと思う。うちの村の隊商以外で来てくれるのは、この隊長さんのところと隣村の隊商くらいしかないんじゃないかな。
「おお、すまない。今日は、何がおススメなんだい?」
「そうですな……村長、すいやせんがこちらに来てください。これなんかはどうですか? この広さでここまでの細工があるものはなかなか見かけませんよ」
私たちは、若い行商人の前に広げられている大きな絨毯の前に案内された。
ほぉー、赤地にこれは羊の柄かな、模様も色鮮やかでハッキリとしていてキレイだ。かなり手間がかかっていると思うけど、これ地球で買ったらどれくらいするんだろう。こっちに機械なんてないから、当然手作りだし……
「ふむ、なかなかの出来だね。これはいくらかな」
父さん、買うの? 高そうだよ。
「村長、この広さになると運ぶのも大変で……」
隊商の人たちは馬やラクダに荷物や商品を積めるだけ積んで、自分たちは歩いているって言っていた。この広さなら馬に括りつけるのも大変だったろう。
「もったいぶらずに言ってくれ」
「わかりやした。いつも村長にはお世話になっているから、まけにまけて麦15袋でいかがでしょう」
「15袋か……」
こちらの世界にはお金がない。なら、買い物をするときにどうしているかというと、なんと物々交換!
ただ、値段というか交換するものを闇雲に決めているわけじゃなくて、一応基準になるものがある。それは麦。麦一袋が大人が食べる10日分だと言われているから、地球の重さでいったらだいたい5キロぐらいかな。それで何個分の価値があるかで取引をしているんだ。
それを15袋だからかなりの高額なんだけど、手間暇を考えたら高いとも言えないかも。
「わかった。支払いはいつもの薬でお願いしたいのだが、少し勉強してくれるかい」
いつもの薬と言うのは婦人薬。危ないのじゃないよ。うちはまっとうな薬師(医師兼薬剤師)の家系で、麦を作ってないからこういう時は薬で支払わせてもらっている。薬一袋の量を麦一袋分に調整しているから計算もしやすいしね。
「毎度あり。ちょっと待ってください」
隊長さんは若い行商人と相談をしているようだ。
「村長の薬は評判がいいから12袋でいいですよ」
うちの薬の評判がいいって言うのは嬉しい。私も月のものが来るようになってから母さんに言われて飲むようになったけど、楽になったし万一の時に安心だから。
でも12袋か……結構まけてくれているけど、また薬草を摘みに行かないといけないな。
絨毯が括り付けられた馬の横を父さんと並んで歩く。
「買っちゃったね」
手綱を引く父さんは何か思案顔。
「ああ……」
「どこに敷くの?」
家のどの部屋にも絨毯があるし、そうそう傷むものでもない。
「ま、まあそれはあとから考えるとして、いいものだったろう?」
うんと頷く。
確かに、いいものではあった。
「それに、有益な情報も得られたじゃないか」
情報か……
「ねえ、それって間違いないの?」
「ああ、あの者たちが私のような村長に伝える情報は確かなものが多い、そうしないと次から商売ができなくなるからね」
行商人は情報も商品の一つにしているみたいだけど……
「ウソをついて信用を落としたら、次から誰も相手にしてくれないってこと?」
「それもあるが、この村で行商をするためには私の許可がいるんだ」
さっきも言ったけど、こっちの世界にはまだ国というものが存在しない。村の隊商の人たちやたまにやってくる旅人に聞いても誰も知らなかったから、間違いないと思う。
ということは、村のまとめ役である父さんが一番偉いような気がするんだけど、大事なことは村の人と話し合って決めなきゃいけないし、無給だしで、どちらかと言うと日本の自治会長さんのような感じ。これもなぜか世襲になっているから、父さんが仕方なくやっているみたい。
「ねえ、父さん。この村にも盗賊が来るの?」
隊長さんは、西の方で水が枯れたせいでいくつかの村が住めなくなっていて、逃げ始めた人の中に盗賊に身をやつす者がではじめたみたいだから気を付けろと言っていた。もしそれが本当なら、武装した盗賊がこの村にやってくるかもしれないということだ。私たちが住むカイン村はこれまで平和だったのに、怖いよ……
「それはどうだろう。この村は端っこだし干ばつが起こったところからも離れている。直接奴らが来ることはないんじゃないかな」
ふぅ、安心したよ。
「しかし……」
「しかし?」
「あちらの方で、食べることに困る人たちが増えていたら……」
いたら……
「この村にも影響があるかもしれないな」
この村にも……
た、大変だ。地球の竹下と海渡に相談に乗ってもらって……いや、その前に村の人たちに伝えないと……
「わ、私、村の人を集めてくる」
隊商の市はそろそろ終わるころだけど、いまならまだ広場に何人か残っているはずだ。その人たちに頼んだら、すぐにみんなを呼んできてくれる。
「待て、ソル」
走っていこうとする私の肩を父さんは掴んだ。
「まだ情報が足りない。そろそろ我々の隊商が帰ってくるはずだ。セムト義兄さんの話を聞いてからでも遅くはないだろう」
そうだ、セムトおじさんはこの村の隊商の隊長でベテランの行商人。きっと確かなことを教えてくれるに違いない。
「わかった。しばらくは様子見だね」
「そうだな。と、ところでソル、相談があるんだが……」
何だろう。もうすぐ家に着くのに?
「これのことは母さんに内緒にしてもらえないか?」
父さんの手は、馬の背に括られた赤い絨毯の上に乗せられていた。
「あーあ、僕もバザールに行きたかったのに……ソル姉ばっかり……」
寝る準備を終えて、部屋に戻ってもテムスは不満気だ。
「ご飯の時も言ったけど、隊商が急に来たんだから仕方がないじゃん」
母さんと一緒に山の薬草畑に行っていたテムスには悪いけど、通信手段がないこちらでは連絡のしようがない。
「ソル姉がパパッと馬に乗ってさ、僕たちのところまで……」
「馬は母さんとテムスが使ってなかった?」
「うぅ……」
うちにはもう一頭馬がいるけど、急患が出た時に父さんが使えるようにしとかないといけないんだ。
「ほら、明日も早いんだから、布団を敷いて寝るよ」
「はぁーい」
布団を敷きながらもテムスはブツブツ言ってる。でもまあ、テムスの気持ちもわかる。こちらにはバザールくらいしか楽しみがないんだよね。隊商が来る日が前もってわかっていたらいいんだけど、こちらには暦がないからざっくりとしかわからない。暑くなってからとか冬になる前に、とかね。これも何とかしたいんだけど、どうしたらいいんだろう。
「姉ちゃん敷けたよ」
「それじゃ明かりを消すね」
テムスが布団に入ったのを確認して油灯に息を吹きかける。
さて、私も寝よう。
それにしても、今日の隊長さんの話……父さんは村に影響はあるかもと言ってた。私に何かできることは……うーん、あちらで二人に連絡して……そうだ、明日泊まりに来るんだった。相談してみよう。
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