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優しい


 一人ぼっちの昼休み。

 俺は教室から一歩も外に出ない。歩いていると誰かに見られている気がして嫌だ。

 自分で作ったおにぎりを食べながら漫画を見る。食事はお腹が満たされればなんでもいい。


 どこのクラスも一人ぼっちで過ごす生徒がいる。うちのクラスは俺以外に一人の女子生徒が一人ぼっちでご飯を食べていた。


 その子は最初はクラスの輪の中に溶け込んでいた。だんだんと周りから人がいなくなり、いつしか一人で過ごしているようになった。

 自分の話ばかりで人の話を聞かない。そんな陰口を聞いたことがある。


 喋れるだけすごい。俺はクラスメイトと喋ることさえ出来ない。

 なんとか喋ったとしても誰かを傷つけてしまう。


 今朝の出来事以来、木下さんは俺に喋りかけてこなかった。

 関口たちと一緒のグループで馬鹿騒ぎをしている。

 すごく楽しそうに見える。だけど、俺とは住む世界が違う。


 授業中に先生から当てられただけで緊張してうまく喋れない。

 必要最低限の言葉を発するときつい物言いになってしまう。


 友達、いつかできるかな……。幼馴染の麻友ちゃんの事が頭に浮かんだ。彼女は隣のクラスにいる。中学から派手な格好になってすっかりギャルと言われる存在になっていた。


 怖くて近寄ることさえできない。

 それに俺にすごく冷たい。




「おっ、今日も一人じゃん。あんたはいつもぼっちよね。けけ、マジでいい気味じゃん」


 タイミングが良いのやら悪いのやら……。麻友ちゃんはたまにこのクラスの女子友達に会いに来る。その時は必ず俺に絡んでくる。

 みんなに注目されるからすごく嫌だ。


「……う、ん」


「あんたまともに喋れないの? いっつもそればっかじゃん。てかガキの頃は超仲良かったのにね」


「そ、そんなことは――」


 こんな言葉をいいたくないのに言ってしまう。うまく言葉を喋れない。

 なんでギャルになったか聞いてみたかった。テストはどうだったか聞いてみたかった。

 仲が良かったね、っ普通の会話をしてみたかった。

 普通の事が俺には出来ない。


「はぁ、あんたうざ。てかさ、私この前男子に告白されちゃってさ、返事悩んでるんだ……。ねえ、どうしようか?」


 汗が全身から吹き出す。麻友ちゃんは色んな事があったけど、きっとあれは俺の初恋だ。

 一緒に遊んでいてすごく楽しかった。麻友ちゃんの笑顔を見るのが好きだった。

 そんな麻友ちゃんから言われた一言。動揺が吐き気を催す。


「え、なに? 付き合って欲しくないって? あんた昔っから私の事大好きだもんね。マジキモいって」


 それでも幼馴染に彼氏ができることは良い事だ。

 俺に関わると彼に誤解されるかも知れない。ならはっきりと言わなければならない。

 緊張と感情を押し殺せば少しは話せる。


「ん? なによ」


「――も、もう話しかけない、で」


 麻友ちゃんは俺の言葉を聞いて顔を真っ赤にした。

 俺はなんて言ったんだ? 俺と関わらない方がいいよっていいたかったんだ。それなのにうまく言えなかった。


「はっ? あんたマジで言ってるの……、そう、ね。あんたの事ずっと無視してたもんね」


 何故か麻友ちゃんが暗い顔になっていた。俺にはわけがわからない。

 麻友ちゃんは俺と違って友達が沢山いる。

 許すもなにも、麻友ちゃんは俺の事を嫌っているんだから。

 俺は彼女にとって必要ない迷惑な人間。


 彼女にとって俺は「嘘つき」。

 はっきり物事を言えなかった俺の間違い。


「お、俺は、「うそつき」だから、迷惑かけ――る」


 かろうじてその言葉を伝えられた。通じるかどうかわからない。俺が全部悪い。

 麻友ちゃんは俺にもう構う必要なんてないよ、そういいたかった。


「……柊、ごめん」


 麻友ちゃんはそう言って暗い顔をして教室を出ていった。


 俺はその顔を見て、また自分が間違えた事に気がついてしまった……。










 学校に忘れ物をしてしまった。

 宿題をするために教科書が必要だった。

 俺は家に帰ってから気が付き、学校へ向かう事にした。

 この時間だったらまだ学校は開いている。



 この時間の放課後はクラスには誰もいないはず。それなのに教室には一人の女子生徒がいた。俺の同じ一人ぼっちの女の子。

 名前はたしかやなぎさんだ。


 柳さんはノートにメモをしながらブツブツと喋っている。勉強しているのかな?

 教室に入っていいか迷ってしまう。教科書がないと困る。俺は教室の外で柳さんがいなくなるまで待ってみることにした。


 十分待ってもいなくなる気配はない。

 覚悟を決めて教室へ入ることにした――




「わ、私、関口君の事が、大好きです。つ、付き合ってください……」


 教室には柳さんしかいない。柳さんは誰もいない空間に小声で喋っていた。

 思わず足を止めてしまった。

 随分と印象的な顔をしていた。いつも教室で一人でいるときの柳さんとは大違いだ。



 その時、柳さんは俺に気がついた。


「――あっ……、な、なんで、ここに? あ、わ、わたし……」


 ……柳さん顔を真っ赤にして大量の汗をかいている。俺の目を見ようとしない。チラチラと俺の様子を伺っている。


「俺は、教科書を」


 やり過ごすのが一番いい。俺は何も見ていない。下を向くと柳さんのノートが目に入ってしまった。

 柳さんの机の上に開いてあるノートには文字でびっしりと埋められてあった。

 そこには人との喋り方や、例文が書いてある。

 告白の方法まで書いてある。


 俺がノートを見ていたら、ノートの文字に水滴がこぼれ落ちる。

 ふと顔を見上げると柳さんがすすり泣いていた。


「ひっく、なんて言ったら、いいか、わからないの。うまく喋れないの……。なんで、こんなに難しいの……」


 そうか、この子が一人ぼっちにいるのにはそれなりの理由があるんだろう。

 クラスの女子同士のいざこざは俺には理解できない。

 うちのクラスは平和な方だ。みんな大人しくて優しい生徒が多い。

 それでも……俺や柳さんにとって学校生活は生きづらいんだよ。


 俺は柳さんを見ないようにして自分の机の中に入っている教科書を取る。

 どうせ俺がなにか言ってもうまく伝えれない。


 柳は椅子に座ってまだ泣いていた。俺と違って初めは友達がいた柳さん。段々とみんな柳さんをさけるようになり、今は一人ぼっちだ。


 時折クラス委員長である関口君や木下さんが話しかけているのを見かける。

 その時の柳さんの姿はまるで自分を見ているようであった。

 うまく喋れなくて混乱して、思ってもいない事を喋ってしまう。

 その言葉を放った自分が嫌いになる。相手に嫌われていないか気になってしまい目が泳いで挙動不審になる。


 最後には諦めにも似た気持ちになり、極力喋らないようなってしまう。


 違うんだ。本当は仲良く話したいんだ。気の利いた冗談をいいたいんだ


 緊張なんてしたくないんだ。人の前に立つと全身から汗が吹き出すんだ。鼓動が早くなるんだ。頭の中が真っ白になるんだ。

 言葉を選んでも選んでも相手が嫌な気持ちにならないか感合え過ぎちゃうんだ。もうこんな自分は嫌なんだ――



 心の叫び。誰にも言えなかった言葉。

 そんな想いを一言に乗せて言葉を発する。



「――俺も……」



 わからない、柳さんのノートを見て俺は胸が締め付けられる思いになったんだ。

 多分、あれを普通の人が見ても意味がわからないと思う。


 俺は自分の事のように胸が痛くなった。

 だって、「おはよう」の言い方が書いてあるんだよ? 相手の目を見てどもらず、深呼吸をして初めの「お」の部分を大きな声で言う、って書いてある。


 俺も「おはよう」をまともに言えたことがない。挙動不審になり言葉がどもる。緊張で足がすくむ。イメージと程遠い「おはよう」になってしまう。


 何度何度も俺の喋り方を馬鹿にされた。気持ち悪いって言われた。

 そのたびに、俺の心は傷ついていた。更に喋ることができなくなりコミュ障を悪化させる。


 俺は喋らないという選択肢で心を強く生きようとした。

 ……柳さんは喋る練習をする道を選んだんだ。


「私……、子供の頃、色々あって、うまく喋れなくて……。あ、怒ってる? ひっく、ごめん」


 謝る癖は治らない。謝れば会話が終わるからだ。

 胸がきゅうっと更に締め付けられる。


「俺、は、木下さんの事が……き、気になってる……」


「えっ……?」


「お、おあいこ」


 俺は何故かよくわからない事言っていた。多分、彼女の好きな人を知ってしまってフェアじゃないと思ったんだろ。

 だけど、そんなことを説明できない。だから結果だけを言ってしまった。


 柳さんは俺の顔を見つめていた。

 恥ずかしいから顔を下に向ける。俺のいつもの視点。足元が見える。


「ス、スマホ、見て」


 よくわからないけど、俺は恐る恐る顔を上げて柳さんの方を見た。

 握られているスマホ画面を見るとメモアプリが開かれてあった。


 そこには――


『わたし、文章だったらちゃんと喋れるかもって思ったの。ありがとう、私の事慰めてくれようとしたんだね? 初めて話したけど、柊君って優しいんだね』


「や、さし、い?」


 そんな事を言われた事がなかった。

 気持ち悪い。無愛想だ。何を考えてるかわからない。人を殺しそう。ムカつく。どもってキモい。態度が悪い。頭がおかしい。お姉ちゃんが可哀想――


 俺はみんなからそう思われている。


【優しい】なんて今まで生きてきた中で言われた事がなかった。

 柳さんの文章で書かれている文字を見ていると涙が溢れてきそうであった。


 泣くのはいつからか止めていた。

 だって、俺の人生はどうせうまくいかないと思っていた。

 好きな子とは絶対結ばれない。何をしても失敗する。


 そんな俺が――優しい―と言われた。


 嗚咽がこらえきれなくなった。

 俺は滲んだ視界の中、自分のスマホを取り出して文字を書き込む――

 スマホで誰かにメッセージを送ったことなんてなかった。メッセージアプリには両親しか登録されていない。

 慣れない操作に戸惑いながらも、涙で滲む視界で見えづらくても、柳さんはじっと待っててくれた。




『ありがとう。俺、初めて言われて嬉しかった。あのさ、少しここで喋ってもいいかな?』




 柳さんは歪んだ笑顔でそれに答える。うまく笑えないんだね。それも俺と一緒だ。

 気がつくと俺も引きつった笑顔をしていた――




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