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姉ですが、探してる妹が魔王になっていました。しかも私は勇者らしいです。  作者: くらげmotema
第一章:ヒキニートの妹の後を追ったら異世界で魔物に襲われました
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02 騎士団長はケモ耳少女を同伴中。

 どこまでも広がる緑の草原を神の視点で見下ろしたなら、大海に白波蹴立て進む船がごとき二騎の騎兵を目にしたことだろう。

 どからっどからっと地を駆ける白い毛並みの駿馬。それを繰る軽装の青年が声を張り上げる。


「イナンナ、本当にこっちに人がいたんだな!?」


 障害物のない草原だ。軽装で急いでいるのもあり、土塊を蹴立てて進む馬速はゆうに時速40キロを超している。張り上げるほどの声でなければ風に飲まれてかき消されてしまうだろう。


「は、はいっ! 間違いありません! 魔物の足音を追っていたら人間の声が重なりました! 若い女性だと思われます!」


 イナンナと呼ばれた茜髪の少女が馬を先行させる。頭頂部からすらりと伸びた狐か狼かのような耳が一秒ごとにピクピクと動き、何かを追うように細かく向きを変えていく。


「なんで女がこんな野っぱらに! 避難民の列からはぐれたのか!?」

「不明です!」

「武装はしてるのか! 人数は!?」

「人数は一人! 武装は不明です……が、二者の足音は同方向に移動中! おそらく魔物から逃げている最中です!」

「となると丸腰か……魔物の分類はわかるか?」

「二足歩行のかなり大きいやつです! 巨怪(トロル)と推測!」

「ランクは? 一つ目ならこのまま潰す! 二つ目以上なら応援が必要だ」

「さ、さすがに馬上の音だけでそこまでは……地面から直接聞ければわかるかもしれませんが」

「よし、やってみろ!」


 二人は流れるような動きで馬を停め、イナンナは地面にへばりつくようにして耳を澄ます。が、その表情は険しい。青年はため息をついてその顔を覗き込む。


「顔が暗いな。何か気になることでもあるのか」

「団長、あの……どうして私を哨戒にお供させてくれたんですか……?」

「こんな時にどうした。まあいい……決まってるだろ、お前の耳を信頼しているからだ。現にこうして遠くで何が起きているかを報せてくれた」

「で、でもそれは私が西人だからですよね? そりゃあ東人よりはマシかもですけど、面接でもお話しましたが、私の耳は一族の中じゃ出来損ないだって……」

「昔話をしている暇はない。何が言いたいんだ」

「も、ももも、もし私が魔物の正体を間違ったら!? 本当は二つ目なのに一つ目だと誤認して団長を危険に晒したら!? 逆に一つ目なのに撤退させて助けられる人が死ん――あうっ」


 デコピン。

 かわいらしい悲鳴。目を細めながらイナンナは額を押さえる。


「いきなりなにするのお!?」

「馬鹿だな。そんな理由で顔を青くさせてたのか。いいか、難しいことは考えるな。お前が魔物の正体を間違えようが関係ねえ。決定を下すのは俺だし、命令するのも俺だし、最後に責任を取るのも俺だ。だから今はお前のできることをやってくれ。それはお前にしかできないことなんだ。後のことは忘れろ」


 青年は屹然と言い放つ。イナンナはしばし呆然とそれを聞いていた。が、ふと、


「アベル……強くなったんだね……私なんか比べ物にならないくらい……」


 アベル。それが青年の名だった。彼は一瞬だけ顔を赤らめながら立ち上がる。


「あのな、任務中は俺のことは団長と呼べよ。それより急げ! 助けられる命も助けられなくなるぞ」

「はい!」


 イナンナは両耳に全神経を集中させる。西人――あるいは獣人。獣と人間、両方の血を受け継ぐ彼女たちは、そうでない人々を遥かに凌駕する嗅覚や聴覚を有している。とはいえ能力に個人差はあった。イナンナは特に人の血が濃く、自分の能力が劣っていることを常に感じながら生きてきた。けれど、


(今は忘れろ。集中しろ私……大抵の魔物のランクは体の大きさに比例する。魔物の足音だけに意識を向けろ。巨怪の一つ目なら大人三人分。二つ目なら五人分以上……!)


 目を閉じ、風が草花を撫でる音や、虫の羽音、小動物の囁きなどを一つ一つ意識から外していく。イナンナはこの過程が苦手だった。彼女のお人好しな意識はすぐに別の音に引っ張られてしまう。草原という立地でなければ、今回もいくら集中したところで上手くはいかなかっただろう。だが、運も実力の内。あるいはそれを理解してイナンナを抜擢したアベルの機転か。

 再びイナンナは、両の瞳を開けて体を起こす。


「敵は……二つ目です」


 つまり下される判断は、撤退。魔物に追われている人間はきっと助からないだろう。何とか逃げてはいるが、徐々に距離を詰められているのをイナンナは聞き取っていた。

 しかたない。新米とは言えイナンナも騎士団として訓練を積み、何度か魔物と相対したこともあった。巨怪の二つ目。これはもう一匹で精鋭部隊が全滅するかもというレベルの相手。いくらアベル団長と言えど、哨戒用の軽装でやり合うのは無謀でしかない。


「そうか」

「はい。急いでサダム市まで戻りましょう。あの人は残念ですが、二つ目を市に入れるわけには――あうぇっ!?」


 またしてもデコピン。赤くなった額を押さえながらイナンナが涙目で吠える。


「なんなんですかあ!?」

「勝手に決めるな。言っただろ、命令するのは俺だ。お前はサダムに戻ってシャリオールの隊を呼んでこい。少しは見せ場を作ってやらねえと後でうるさいからな」

「だ、団長は……?」

「決まってんだろ。これ以上の被害は看過できねえ。二つ目を殺すのは無理でも、民間人一人助けるくらいはやってみせるさ」

「無茶ですよ!」

「俺に何かあればシャリオールに指揮を執らせろ。その時はあいつ、さぞ喜ぶだろうな。さあ走れ!」


 それ以上イナンナが何か言う前に、アベルは勢いよく馬を走らせる。みるみるうちに取り残されて、仕方なくイナンナも逆方向へと馬を走らせた。


「死なないでね……アベル……!」


 噛み殺すように呟かれた言葉は、瞬く間に風に飲まれて消えていった。


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