本文② ~激闘編~
「僕と……戦えっ!!」
悪魔のような顔面とオーラと化した勇者が、手に豆を補充した。
恐れおののく、周りのギャラリー。
「アンタ……どーして鬼に!?ワケわかんないんだけど!」
自分の周りの子供達を優しく避難誘導しながら、ギャルちゃんが叫んだ。
そっか、あれが“鬼”なのね。あんなお面みたくかわいくないよね。
ていうか、異世界では、あんなのがうようよ居るの……!?そりゃあんな過激な祭りになるわね……。
「では始めようか、そして願いを叶え給え!!」
勇者が、掌を上にし突き出した独特の構えを、ギャルちゃんに向けた。
「てゆーか!周りに!まだ人が……」
「うん?僕の言う事を何でも聞くのが怖いのか?」
「……ほ~う、勇者ふぜーが?このあーしを?挑発?」ゴゴゴ…
「よかろう、やってみろ!このギャルに対して!」
ノリ良すぎなギャルちゃんが、両手を大きく振り上げた。
なんか魔王っぽくなってるんですけど。
「行くぞォォォ!そして僕と付き合ってもらうっ!!」
「……へ?」
「ずっと前から好きでしたと言っているんだ!!!」
ラブストーリーが突然に始まった。
ダメだ、もうあの片手を前に出した構えが「お願いします!」にしか見えない。
「……////」カァッ
ギャルちゃんはギャルちゃんで、片手で真っ赤な顔を覆ってるし。純情か。
そして戦いも、唐突に。
「ぱららっ」ビスビスビスッ
勇者の左掌にあった豆が、右手のニ三四指により弾き飛ばされた。
3つの弾丸となり、ギャルちゃんに襲い来る。
だがギャルちゃんは、
少し体を半身にし、
少し頭を傾け、
少し弾道の側面を撫で、
ただそれだけ、本当にごく僅かな動作で全ての豆をいなした。
こんなにも画映えしない最小限の動き、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。
そして一瞬のスキを突き。
ギャルちゃん、真っ直ぐに突撃。蹴った大地が跳ね飛んだ。
勇者が手元最後の一発を放つも、屈みこみながら回避。
超速で懐に潜り込むや否や。左手に掴んでいた多数の豆を、ガラ空きの腹から顎にかけて掌底気味に突き上げた。直接豆を叩きつけるつもりかー?
寸でのところでスウェー、勇者が回避に成功した。滴る冷や汗。
ギャルちゃんの左掌の豆が、慣性に逆らえず宙空に舞った。
勇者、のけ反りながらも弾丸装填を怠っていなかった。
その左手から、反撃の打ち下ろし指弾を発射……
を、ギャルちゃんが読んでいた。
右手に掴んでいた豆を、超握力・超瞬発で粉砕。上方に巻き上げた。
撒き上がる粉塵。
その目くらましにより、指弾の照準が合わない勇者。
!!
ギャルちゃんが、居ない。何処へ……
……上!?
気配にいち早く気付いた勇者が天を仰いだ。
ギャルちゃん、
粉塵により視界を遮った、その一瞬で、
“時を止め”、跳躍していた!!
一瞬で。粉塵を、勇者を、宙空に舞う先程の豆を追い越し、
頭上に舞い上がった彼女が……!!
「豆のシャワーだッ!」
ばららららららっ!!
勇者に向かい、上空から豆を全弾弾き落とした!!
広範囲に降り注ぐ散弾が、勇者を襲う!
勇者、刹那の所要時間で不可避と理解し、撃退を判断。
無詠唱で呪文を準備。光る両掌を、天に突き出し……
「広大澄空呪文ッ!!」
半径1m程の光の盾が現れ、それに触れた豆一切が漂白。
残りの豆が、地面に音を立てて落ちた。
その向こう、宙でクルッと回転したギャルちゃんが着地し、
それを見た勇者が不敵に笑った。
「フフフ、やるな……さすがだね」
「ジョーダン、このてーど?」
クルッと振り向くギャルちゃんの、言葉がやけに様になっている。
その周りで、私もおじさん達も完全に置き去りだ。
「す、スゴイ……!これが勇者の戦いなの……!?」
「ていうか受付さん、アンタ全部見えてたのか。俺にはさっぱり」
「受付たるもの、この程度実況できなくてどうするんです」
「……アンタも十分すげぇよ」
「ああ、確かに。こんな手加減して勝てるとは思ってないさ」
「はァ?あーしに手加減?」
「君だってそうだろう?だから“豆を投げない”」
「……あーしは、アンタほど器用じゃないからね」
え?どういうこと?
「“え、どういうこと?”とかお思いの外野に説明しようか。
僕達が、全力で豆を投げたら。一瞬で粉砕するか燃え尽きてしまう。
だから僕は、そーっと、壊れないように撃ち出す。彼女はできない」
ムカつくなこの勇者。説明ありがとうございましたねぇ!
でも、そういう理由か。ギャルちゃんが豆を投げずに直接ぶつけに行ったのは。
「だから?その“豆鉄砲”じゃ、あーしには勝てないんじゃね?」
「だから。本気を出すのさ!」
そう言った彼の指先が光った。まさか……
「豆を……魔法で極限まで “硬化”したならばッ!!
一撃だけは……!!耐えるはず!!!
ならばこの一撃に、最高の技術!魔力!膂力!僕の全てをッッ!!!」
いや私、豆にバフ使う人なんて初めて見た。
でも……!
撃ち出さんと突きつけた指先に、凄まじい魔力とエネルギーが……!!
冷や汗が流れるギャルちゃんの表情からも、緊張が伝わってくる。
「君に届けッッ!!!!!
『極大消滅呪文』ッッ!!!」
ぱりっ。
想像よりも遥かに地味な、一筋の光が放たれた。
これまでの豆弾なんて、比較にならない程の速度と威力。
なんて……美しい軌道。
まっすぐに、ギャルちゃんの胸元に吸い込まれていく。
避…否…死……!!
ヂッ!
ギャルちゃんの額を掠めた豆弾は、真っすぐ奥の建物を貫通していく。
スウェーバックしながら、膝から下を一気に完全脱力することで。
下方向に最速で“落ち”、何とか致命を免れたようだ。
「よく躱した!だがこの勝負、僕の勝ち……」
「……くも、」
ぽたっ。
「よくも、あーしの顔に、キズをつけたな……!」ゴゴゴゴ……!!
のけ反る上体を起こした、その顔は。
額から流血した、二本角の赤鬼だった。
「ちょ、ちょっと落ち着け!僕が悪かったから!
ほらもう血も止まってるじゃないか!流石は治癒能力のスキル……」
「じゃかしいわぁああ!!!」
ギャルちゃんが発症しちゃった!!何?このあたりヤバめのウィルスでも舞ってるの?!しかも、どう見ても勇者より病状のステージが上だし!!
「もう、勇者なんか知るもんか!」
絶叫しながらギャルちゃんが、高く飛び上がりながら、
「それに!前から言いたかったけど!!」
凄まじいオーラとともに、両手に一杯持った豆を合体し始めて……
手毬くらいの大きさの、圧縮された豆塊が出来上がっている!
阿鼻叫喚と化した一帯。
「何をしてやがるてめぇら!早く避難しやがれ!!」
「そうだそうだ!“おはし”の避難の心得を忘れるな!!」
あらくれさん達が住民を避難誘導始めた。
「アンタのクソダサ呪文名、
オ カ ン の ニ オ イ が す る ん だ よ ォォォ!!」
ズァッ!!
ギャルちゃんの絶叫とともに、発射された。
豆と正論の混合が、理不尽の塊となって勇者を襲う!
そのあまりのエネルギーの強大さを察した勇者。
このまま、大地に着弾したら……周囲は消し飛ぶは必至!回避は不能……ッ!
そう瞬時で判断。キャっチングに行くが……!
「な、なんという威力……ぐわあああああああっっ!!!」
勇者、ふっ飛ばされたー。
その塊は、
表面を大気との摩擦でチリチリと己を破壊しながら、
大地に近づいていた。
皮肉にも、ゆっくり、ゆっくりと。
ああ、あれが私達を滅ぼす炎ね。
ううん、あんなものが落ちてきたら、きっとこの町も……
「何をやっていやがる!おめぇも早く避難しやがれ!」
あらくれさんが、私に声をかけた。
黙って、首を横に振る。
「ありがとう。でもね……
私は、あの子に依頼されたんだ。『カントクして』って。
だから、ここで全てを見届けるわ。プロとして───」
「……」
あらくれさんが、私の前に立ちはだかった。
「!貴方達、何を……早く避難しなきゃ!」
「バカヤロウ!てめぇだけにいい恰好はさせられないだろうが!」
「そうだそうだ!平和より自由より正しさより君だけが望む全てだ!」
あ、あらくれさぁ~ん……泣
「あらあら、まぁまぁ」
そんなとき、後ろから声が聞こえた。
「!ロビーに居たおばあちゃん!どうしてここに!?」
「向こうに居たら豆がとんできたから、懐かしくて来てみたら。
こんなヤンチャをしてるとはねぇ~」
見ると、手元に魔力で輝く豆が。
「ダメよおばあちゃん!ここは危ない、離れてて!」
「でもねぇ……あんなにも優しくされちゃったからねぇ」
おばあちゃんが、あらくれさんを見て頬を染めた。現役か!
…
懐かしく……!?
「まさか!おばあちゃん、“セツブン”を知ってるの?」
おばあちゃんは、何も答えず迫り来る塊を見ると。
「“鬼は外”ばっかりじゃぁ、ダメよぉ。
しっかり“福は内”してあげないとねぇ」
淡いグリーンの光を放ち始めた。
その光に導かれるように、中和されるように。
滅びの炎は……
おばあちゃんの元へ……
「年齢の数だけ、豆を食べたら、はい御終い」
◇ ◇ ◇ ◇
「ぐすっ、ごべん……なざい……」
地べたに座りこんだギャルちゃんが、泣きじゃくっている。
鬼の気は、すっかり抜かれてしまったようね。
「ま、まぁまぁ。町にはほとんど被害が無かったわけだし……」
必死に宥める私。
「でも‶っ‶……
結局…、鬼だったのは……あーしで、ぐすっ……」
向こうに、地面に頭から突き刺さっている勇者が見える。
あんな見事な犬神家、初めて見た。
「誰の心にも神様がいらっしゃるように、鬼も住んでるもんさぁ。
だから毎年、“セツブン”するんだよぉ」
おばあちゃんが、世界一優しいトドメを刺した。
「うえぇーん、ごべんなざいぃーー!」
まるでマンガのように、噴水みたいな号泣をし始めたギャルちゃんが、
「あーしが、悪かっだでずーー!!」
どこからともなく、巨大なタライを取り出した。
……まさか。
「お‷に‷は‷そ‷と‷ぉ‷ぉ‷お‷お‷ーーー」
ズザザザザザァ
『転生ギャルは異世界で如月の邪鬼を滅し祓う』
完