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本文①

 暦は今日から春だというのに、まだまだ冬のような空のにおい。

 でもこの町は。お天道様に微笑まれ、今日もぽかぽか昼下がり。



 ここは役場の1階はずれ。

 町の人々からの仕事依頼と、それを引き受けるのを生業とする方々、その斡旋を受け付ける課“町民職務一課(通称;ギルド)”。


「おいてめぇ!順番抜かすんじゃねぇ!」

「うるせぇ!このババアに先に入れてやれや!」

「そうだそうだ!レディを待たせる気か!」

「あ‟ァ?ならこの椅子に座ってやがれっ!」

「おやおや、やさしいねぇ」


 いつものように。仕事を求めて、あらくれさんの怒声が飛び交う。



 今日も私は、受付としてほんのりのんびり、人を仕事を捌く。

 そんな朗らかな初春。




 ぅぉぉぉぉおおおおお!!

 廊下から走り迫る声が、部屋の前で止まり。


 バァン!

 観音扉が、勢いよく両側に飛び開くと。


 扉を蹴破りながらミニスカをひらめかせたギャルが、

 両手で持ったタライにぎっしり入った炒り豆を、


「おーにはそとぉぉおおお!」


 ズザザザザァというまるで土木工事のような効果音とともに、豪快に頭から被った。





『転生ギャルは異世界で如月の邪鬼を滅し祓う』





「……」

「……」

「あらあらまぁ」

 ドン引きの室内。ひとり、おばあちゃんだけが動じてない。



「えへへ、驚いた?」

 ギャルちゃんが、大量の豆の中で笑った。何が“えへへ”よ可愛いな。

 受付カウンターから駆け寄り、私は彼女についた豆カスを掃った。

「何してるのよ……もう、こんな散らかしちゃって」

「だいじょぶだいじょぶ、あーしが全部食うし」

 ギャルちゃんが床の豆を一粒、ポリポリし始めた。食うな。

「じゃなくて!何の真似なの、このイカレたパフォーマンスは!」


「あ、コレ?

 あーしの故郷の、魔よけ行事。“せつぶん”って言うんだ~。みんなで豆をぶつけ合うと、鬼っていうアクマが逃げてくんだって!

 ほら、あーしって『転生勇者パーティー』ぢゃん?だから、それっぽいコト?おはらいイベントで町を元気に?チョットはこの町にコーケンしよっかなーって!」

 全く意味がわからないけど。本気でかわいいニコニコを向けてくるあたり、貢献の気持ちは本当みたい。全く意味がわからないけど。


 そう、このギャルちゃんは“異世界”からの転生者なのだ。

 なにやら“ニホン”とかいう別の世界から復活したらしい。その際に神様から特殊能力スキルを与えられていたので、『転生勇者パーティー』という名のチームを組んでギルドの仕事を助けてくれている。

 特に、魔物退治とか危険な依頼を引き受けてくれるのは、本当に助かってる。なお彼女は魔法が使えないので、勇者は他の人に任せて自分はゴリゴリの前衛やってるとか。うん、魔法、使えなそう。


「だからさー。受付のおねーさん、カントク?引率?おねがい」

 え、私?そもそもあんなクレイジーなこと、やられたら困……

「てか、もう町中でやってるし」

 ちょ、っと行動力!何てことしてくれてるの!

 あああ、もう……


「行くわよ、急いで!!」

「やた!ありがと~!あ、もうちょいで全部食い終わるから待って」

 食うの早いな!




 ◇ ◇ ◇ ◇




「まてまてー!おにわそとー」パラパラパラ

「ハハハハ、こりゃぁまいったまいった」


 町の片隅。

 子供達が、お面をつけた青年に向かい豆を投げている。


 一瞬で理解した。これが本当の“せつぶん”とかいう行事なんだろう。

 そしてあのお面。可愛くデフォルメされた、角が特徴的な青顔の悪魔。きっとあれが“鬼”なんだろう。

 だとすると、さっきのアレ(ズザザザザァ)は何だったんだろう。


「まてまてー、あっ」どてっ

「あー、Aちゃんがころんだー」

「ほらほら、見せてごらんよ、……『回復呪文マキロン』!ほらもう大丈夫」

「ぐすっ、……すごい!もう痛くない!」



「コラコラ、な~に勇者を追い回してんの!」

 そこに歩み寄ったギャルちゃんが、子供達を見回しながら目と口を尖らせた。


「ハハハ、いいっていいって。これも僕の責務さ」

「も~!あーしが代わるって、迫害される勇者なんてジョーダンでも笑えないよ!」

「ふふっ、優しいね君は」


 そう言いながらお面の青年が、お面を額にずらす。優しい笑顔が覗かせた。

 彼が、ギャルちゃんとチームを組んでる“勇者”。

 魔法も武術も修めてる、強くて優しい好青年。ルックスもイケメンだ。



 その勇者と、色違い?赤顔のお面を。

 どこからか取り出したギャルちゃんが、長い紐で首からかけ。


「さ~て。あーしは勇者ほど甘くないし、ヤバ強だよ!?ホンキで来な」

 犬歯をキラッと覗かせながら、強気の笑顔で胸元のお面をトントン。


「えーホント?おにわーそとっ」パラパラパラッ

「フツーの味」ポリポリポリ

「うそっ、おねーちゃんにたくさん投げたのに!」

「キャッチも描写もめんどいから、直接食ったし」ポリポリ

「「「すげー!!」」」


 子供達がキラキラした目で見てる。ホント子供って単純。

 でも確かに凄かった!どうやったらあんなことできるの?!


「へへ~!あーし“武芸十八般”ってスキル持ってるからね~」

「いいなー、それがあれば何でもできる?」

「できんじゃね?」

「そらもとべる?」「火もふける?」

「余裕っしょ」

「「「すげー!!」」」


 いや、それはおかしい。




「んじゃ、オジサン達もやってみる?」

 ギャルちゃんが、周囲に声をかけた。

 気づけば周囲に人だかりができてる。まぁ目立つもんね。


「いやー、いくら勇者様達でも、女の子にモノ投げるのは……」

「もし1粒でも当てられたら、何でもゆーこと聞いちゃおっかな~」

「……何、でも?」

「いや~、全力で頑張るオトナのオトコって、あーしグラッと来ちゃう か も~」

「……」


 ギャラリーが、包囲陣に、変わってく。

 大人達がギラギラした目で見てる。ホント大人って単純バカ



「なら!おじさんからいっちゃうぞー!お‶に‶は‶そ‶と‶っ‶っ‶!」

 ガンギマリ充血眼の一人が、至近距離から大きく振りかぶり、投げつけた。

 あの人には後で、大人とは何か問いたい。


「ん~、よく炒ってあるね」ポリポリ

 ゼロ距離で豆をキャッチした。


 唖然とする周囲。


「それなら、これでどうだっ!!」ババババッ

 後ろから、別の一人が。単発てんで駄目なら散弾めんで制圧とばかりに、器からむんずと大量に掴み、投げつけた。


「おお、甘~!コレ糖衣だ!」

 散弾は、背中を向けたままのギャルちゃんをすり抜けたかのように通過していた。


 いや、違う。私は見た……!


 散弾を投げつけられた瞬間……

 一瞬……何もかも静止したように見えることに始まった……。

 最初は幻覚だと思った……。

 訓練されたボクサーや事故に遭った瞬間の人間には、

 一瞬が何秒にも何分にも感じられるというあれだと思った。

 だが……ギャルちゃんは、

 その静止している空間を、散弾をまわりこんで体全体で動くことができた。

 そして……豆を一粒、つまんで口に入れた。



 大人達が、催眠術だとか超スピードだとかそんなものじゃ断じてない恐ろしいものの片鱗を目の当たりにして、凍りついている。


「なに今のなに今の!どうやったのー!?」

 その一方で、子供達は大はしゃぎだ。


「ん、ちょっと時を止めてみた」

「それも“ぶげーじゅはっぱん”ってやつなの?」

「そ」

「「「すげー!!!」」」


 いやいや、だからそれはおかしい。



「……っ!総員、」

 何とか正気を取り戻した大人達が。

 もう『俺が俺が』とか言ってる場合じゃない、とにかく1発当てろ。その精神に達した大人達が。


「総員!一斉発射ァァ!!!」

 包囲陣の中心に向け、一心不乱に投げ始めた。

 だから大人の意味。


 だけどその結果は。


ほんはほん(そんなもん)?」ボリボリボリ

 中心に立ち、リスのように頬袋を膨らませて咀嚼するギャルちゃんと、

 その周囲にて、力尽き崩れ落ちる大人達だった。



 歓声を上げ、駆け寄る子供達。

 得意げにVサインしながら、応えるギャルちゃん。


 あー、“せつぶん”って、こんな行事なのね。

 みんなも盛り上がってるし、楽しいし、やってよかっ……



 チュンっ!!



 一筋のせんこうが、ギャルちゃんの頬を掠めていた。

 寸でのところで避けたけど……流石に彼女も戸惑っている。

 だって、この場にこんなことできる人って……一人しかいない。


「ちょ、みんながいるところに何で撃ってんの、勇……」

 発射地点に向け声を荒げる彼女の、言葉が失われた。



「……“何でも”、って、本当……ダろうな?」



 狙撃が終わった、その青年の顔から。はらり、と、お面が落ちた。


 その顔は、

 額の中央から角が生え、人に非ざる牙が生え、赤々と目が血走っていた。



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