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小人さん

 いわれのない偏見や、誹謗中傷に苦しんでいる人に読んでみてほしい作品です。

 私たちの心の中に、もしも小人の世界があったら――?

 そうやって考えると、心ってどんな『感じ』なのか、イメージしやすいかも――?

 


      〇   〇   〇



 僕の名前は加瀬(かぜ) クラト。(みさき)小学校の四年生。

 実は僕、秘密組織のメンバーなんだ。

 秘密組織の名前は『わわわ会』。

 わわわ会? ナニソレ? って思うかもしれないけど、わわわ会ってすごいんだ!

 わわわ会の三つの『わ』には、それぞれ違う意味がある。

 一つ目は『和』っていう字。これは調和しようって意味なんだって。

 調和っていうのはね、『自分』と『他の人』を混ぜ混ぜすること。自分にとって利益になるかどうかは考えないで、自分も含めた、みんなにとって利益になるのはなんなのかを考えること。

 みんなにとって利益になるのはなんなのかを考えていくと、その結果、『思いやり』が生まれるんだよ。

 二つ目は『輪』っていう字。これは輪っかを表すんだって。輪っかっていうのは、人と人とが繋がりあって、影響し合って生きていること。人との繋がり。それを忘れちゃダメだよ、っていうのが、二つ目の『輪』。

 人と人とは繋がってる。人にひどいことすれば、自分も人からひどいことされる。人にやさしくすれば、自分も人からやさしくしてもらえる。人と人とは繋がってるから、人にすることは、自分に還って来ることになる。

 だったら?

 人のことを考えることは、自分のことを考えるってことなんだ。人のために人のことを考えるんじゃない。自分のために人のことを考える。人が抱えている問題は他人事じゃない。自分の問題でもあるんだよ。そうやって、人と人とは繋がっていくんだって。

 思いやりと人の繋がり。

 一つ目の和と二つ目の輪が合わさると、みんなが人を思いやり、助け合える、やさしい世の中になるってことを意味してるんだよ。何か困ることがあっても自分でなんとかするしかないような世界じゃなくて。誰も助けてくれない世界じゃなくて。人が自分のことを考えてくれる、助けてくれる、そういう世界になるんだよ。

 『和』を『輪っか』にするんだ。

 ひとりの『和』では終わらない。この世界のみんながそれぞれ『和』を大事にしていけば、『和』で繋がっていけば――。

 そうすれば、人にも自分にもやさしい世の中を作ることができるってことなんだ!

 すごいでしょ!

 それから『わわわ会』のわ、三つめは『話』っていう字。

 これは、暴力や武力はご法度! 力づくで言うことを聞かせるんじゃなく、どんなときでも話し合いで問題を解決していくぞ! っていう意思表示。

 つまり、『わわわ会』は『和』で『輪』で『話』を大事にしている秘密の組織ってこと。


 メンバーは僕の他に、リーダーの保志(ほし) 天平(たかひら)くんと、副リーダーの宇美(うみ) (ゆう)()くん。二人は小学六年生。そして、ミヤくんこと護宮(もりみや) ()(れん)くん。ミヤくんのこと、僕はくんづけしてるけど、みんなはミヤって呼んでいる。ミヤくんは僕の一学年上で、小学五年生。桐内(きりうち) 伽耶子(かやこ)ちゃんもミヤくんと同じ五年生で、(だい)智院(ちいん) ()太郎(たろう)くんと醍智院 小春(こはる)ちゃんは僕と同じ四年生。それから、()(なみ) (つばさ)、通称『かっつん』は小学三年生。今のところ、僕をふくめて八人で活動中! 


 ミヤくんは自分の名前が好きじゃないらしく、アレンって呼ばれるのを嫌がるんだ。アレンって名前、ミヤくんにはぴったりなんだけど。薄茶の髪や、薄茶の目は、日本人離れしていて、僕よりよっぽどハーフっぽい外見をしているんだ。

 それに比べて、僕は髪も目も黒いし、「言われないとハーフだってわからない」って言われることが多い。

 僕を産んでくれたお母さんはバングラデシュという国の人で、僕を産んで間もなく死んじゃった。だから僕は自分を産んでくれたお母さんのことをほとんど何も知らない。

 お母さんはいなかったけど、僕はおばあちゃんが大好きだから、さみしい思いをしたことはほとんどない。仕事で忙しいお父さんとおばあちゃんと僕。僕の家族。

 そこに新しいお母さんが加わったのは、最近のこと。お父さんが再婚したんだ。もうすぐ赤ちゃんも生まれるから、僕はお兄ちゃんになる。

 新しいお母さんは日本人だから、僕の家族の中で、僕だけが、半分、日本じゃない国の人間ってことになる。――そのことに気がついて、僕は急に自分だけが家族になれない気がして、心が落ち着かなくなった。

 そんな僕に、家族と向き合う力をくれたのは、リーダーの天平くんだった。

 天平くんやミヤくんたち、わわわ会のメンバーは、僕にいろんなことを教えてくれる。

 僕の大切な宝物――。



      〇   〇   〇



 僕の方がミヤくんより年下だけど、身長は僕の方が高くって、二人で並ぶと、僕がミヤくんを見下ろす状態になる。ちょっと凸凹な僕たち、二人の影が歩道を動く。

 僕もミヤくんも、「とろい」とか「マイペース」とか「ゆったり」とか言われることの方が多いタイプで、二人で歩くペースものんびり。

 八角堂からの帰り道、ミヤくんがお父さんたちと離れておじいちゃんたちと暮らすことになったのが、ミヤくんのお母さんがミヤくんにつらくあたっていたせいだって話を聞いたところなんだけど――。

 ミヤくんによると、お母さんにつらくあたられても、そんなにしんどいカンジではないらしく、そこには――なんとかニンとなんとかのバンニンというのが関係しているらしいんだよね。

 そのなんとかニンの話を教えてくれると言うので、僕はミヤくんの言うことに耳を傾ける。

「んーとさ、人ってさ、頭でものを考えるのと、心が何かを感じるのって、同じじゃないやん? なんていうか、頭で考えるときは、言葉を使って文章を作って考えるけど、心には言葉がないっていうかさ?」 

 ミヤくんは、もどかしそうに言う。

 自分の頭の中にあるものをそっくり僕に伝えるのが難しいようだ。伝えたい何かがあるんだけど、言葉というカタチにするのは簡単なことじゃない。

 簡単じゃなくても、ミヤくんは伝えようと言葉にする。

「心の中に生まれるのは、言葉じゃなくて『感情』で。いいコトがあるとうれしくなるし、イヤなことがあるとしんどくなるし、大切なものを失くしたら悲しくなるし、誰かにそっぽ向かれたらさみしくなる。そういう『感情』って、心が軽くなったり、重くなったり、弾んだり、ドキドキしたり、痛くなったりすることで、感じてるワケでさ。逆に言うと、人って、わくわくとかズキズキとかを感じることで、自分に心があることを自覚できるっつーか? わくわくとかズキズキとかなかったら、心って存在してない状態っつーか? そういうものだと思うんだけど」

 僕は少し考えてうなずいた。

 心なんてあるの当たり前だとしか思ってなくて。心があるかどうかをどうやって感じているかなんて、まじめに考えたことなかったけれど。心って、胸の奥の方がざわざわしたり、きゅーんってなったりするから、心を心って感じてる。うん、それはそうかもしれない、って、言われてみてそう思った。

 ミヤくんは、僕がうなずくのを見て、話を続ける。

「とまあ、そんなカンジで。心って、自分が誰に何を言われるか、どんな目にあうか、何を経験するか、とかとか、自分がどんなことに直面するかによって、ぎゅーってなったり、もやもやしたり、スキッてスッキリなったり……いろんな風に変化するワケだけどさ? 心が変化するときに、心の中で何が起きているか、心ってどう動くのか、わくわくするときの心の中とズキズキするときの心の中で起きていることの違いってどんなカンジなのか、っていうのを、ひいばあが、タカ兄に教えてくれたんだって。そんで、それをオレがタカ兄から教えてもらったんだけど――」

 ミヤくんが「タカ兄」と呼ぶのは、天平(たかひら)くんのことだ。

 天平くんは、僕が思いもよらないことを考えている男の子で、人の持つ心についてもすごくいろんな考えを持っている。誰かが落ちこんでいても、適当なことを言ってその場限りのはげましを言うようなことはせず、ぽとんと心に落っこちてじわじわ広がっていくようなことを言うのが天平くんだ。

 その天平くんの師匠のような存在が「ひいばあ」だ。ひいばあは、天平くんにとって、本当のひいおばあちゃんじゃないけど、本当のひいおばあちゃんみたいな人なんだって。

 天平くんはよくひいばあから聞いた話をするけど、天平くんから聞くひいばあの話は、いつだって奥が深くて、僕が気づかなかったことを教えてくれる。自分の心が広がっていくみたいになる。ひいばあは、僕たちの心に魔法をかける魔法使いみたいって思う。

 魔法使いなひいばあは、天平くんに、いったいどんな魔法の話をしたんだろう?

「あのな、人間の心の中には、小人さんたちが住んでいるんだって。そんで、その小人たちが心の中でいろんなことをすることで、小人たちが住んでる心の持ち主が、いろんな感情を感じるんだって」

 ミヤくんは楽しそうに言う。

「……小人さん?」

 僕は目をぱちくり。

 これまた、変わった話がやってきた。

「そうそう。小人さん。小人さんの世界をイメージすると、人の心の動きがわかりやすいだろう――って話なんだ」

「小人さんの世界……?」

 わかりやすいだろうと言われたものの、僕には小人さんの世界がすぐには想像できない。

 ミヤくんは僕のとまどいにかまわずに、話を続ける。

「とにかくさ、心の中には小人さんがいっぱいいるんだって。っつても、ふだんはどっかに隠れてて、別になんてことしてないの。そういうときは、心の持ち主は別になんも感じてないってこと。だって、オレらさ、いっつも胸がドキドキしたり、イライラしたり、悲しくてしゅーんとなってたりするわけじゃないやん?」

「……うう? それはそうかも……?」

「で、なんもなければ小人たちは動かないんだけど、何かがあると小人たちが動き出すの」

「動き出す?」

「例えば、教室の中にハチが入って来てぶんぶん飛び回ったりとか、オレらがパニック起こすようなことに直面しちゃうと、そんとき、オレらの心の中では、小人たちが、あちこちにある引き出しをひっくり返して中身をぶちまけてごちゃごちゃに散らかしちゃうのな? そうやって小人たちが心の中を散らかすと、心の持ち主は、胸の奥がザワついて落ち着かないって感じる。そんで、そういうごちゃごちゃを小人たちが片付けて、ついでにぞうきんがけしてキレイに拭き上げると、心の持ち主は心がスッキリして落ち着いた状態になる――みたいな? そういうイメージなんだけどさ?」

 わかっかな? とミヤくんが僕をうかがう。

 わかるような、わからないような……?

 わかるよとハッキリうなずけないでいる僕に、ミヤくんが説明を加える。

「タカ兄の場合はさ、心の中のどっかに、小人さんのお祭り部隊の控え室があるって言ってた」

「おまつり……えっ? お祭り部隊?」

 僕は聞き返す。

「そうそう。はっぴ着て、はちまきしめてる小人たちが、タカ兄の心の中で、自分たちの出番を待ってるんだって」

 はっぴを着たお祭り部隊……?

 うまく想像できずに首をかしげる僕に、ミヤくんはお祭り部隊についての説明を続ける。

「例えば、タカ兄がやりたがってた企画が学校の委員会で通ったり、タカ兄の行きたかったとこに遊びに行けるってなったりすると、タカ兄の脳から、タカ兄の心の中のお祭り部隊の控え室に、『お前たち、出番だぜ!』って呼び出し放送がかかるんだって。そしたらお祭り部隊の小人たちが『オッシャ! 出番だぜ!』って控え室を飛び出して、心の中にある広場に向かうんだって。そうやって()いて出てきた小人たちが広場にわらわら集まって、お神輿(みこし)かついで『まつり』を歌っていっせいに騒ぎ出すの」

「心の中で、小人がお祭りする……?」

「そうそう。つまりさ、うれしいことがあったとき、やったやった! ってなったとき、『心が浮き立つ』とか『心が弾む』とか表現されるような状態のとき――心の中ではそうやって、小人たちがお祭り騒ぎしてるような気がする、って、タカ兄は言ってたんだけど」

 ミヤくんに言われて想像する。

 小人はうまく想像できなくて、胴体に頭がのって、先の丸い手足がにょきにょき生えているだけの、のっぺらぼうの小人になった。全身まっ白だ。その小さな小さな小人たちが、胸の奥でお祭り騒ぎをしている――?

 お神輿かついでワッショイワッショイ。祭りばやしのリズムに乗って、ぴょこぴょこ飛び跳ねて、くるくる回って。

 あ。心が弾むときって、そんなカンジかも……?

 大好きなマンガの最新刊をゲットして、さあ読むぞ! っていうときとか。今日の夕飯はハンバーグだって知ったときとか。ハンバーグに目玉焼きがのってて、卵の黄身がつやっと光っているのを目にしたときとか。心の中が「わーい!」ってなるときって、自分の頭の中が楽しくなっているんじゃなくて、自分の胸の奥、心の中でちっちゃな自分が騒いでるみたいになっているかも? あれは小人さんがお祭り騒ぎしてるのかな?


 心っていうものはカタチがないし、目に見えないから、人の心を理解するのはすごく難しい。みんながみんな、同じものに目を向けて同じように見て同じように感じるわけじゃないから、人の心の()(よう)を、人と共有するのは難しい。

 カタチがなくて、目に見えない、一つとして同じものがない、心っていう厄介(やっかい)なものを理解するのに、小人という、形あるイメージが作られた。ここがちょっとした魔法。

 けど、それにしても、なんで小人さんの話になったんだろう?

 ミヤくんの話だったはずなのに……?

 なのに、小人さんがお祭り……?

 考えることに没頭していた僕は、チリンチリン! という軽快な音にびくりとして立ち止まる。

「おーい、クラト~、聞いてるか~?」

 隣を見ると、ミヤくんも足を止めていた。ミヤくんは僕を見て苦笑している。僕がぼんやりしているのに気づいたミヤくんが、チリンチリンと自転車のベルを鳴らして、僕の意識を現実に引き戻してくれた。

「あ、ごめん。小人さんのお祭りってどんなカンジか考えてた」

 さくっと謝ると、ミヤくんは僕を責めるでなく、軽く笑って歩き出す。僕も歩き出すと、

「タカ兄の心の中の小人さんのお祭りって、ド派手そうやない? 花火師な小人もいて、ドッカンドッカン、打ち上げ花火あげてそう」

 ミヤくんが言う。僕は想像してみる。きっとミヤくんも想像したんだろう。僕たちは一緒に「ぷっ! ぷぷぷ!」と吹き出した。

「オレの想像では、打ち上げに失敗した小人がいて、大騒ぎになっちゃったよ」

「ははは! 僕の想像では、誰かがねずみ花火に火をつけたよ。そのねずみ花火がすごく元気であっちでくるくるこっちでくるくるするから、みんな大騒ぎだよ」

 僕たちはお互いの想像した想像を想像して、また笑った。

 ひとしきり笑い合って、「それで、なんの話だったっけ?」と、ふと我に返る。

 僕のつぶやきに、あれ? なんだったっけ? という間があいて、次の瞬間、ミヤくんが弾けるように言った。

「――仕分け人と針の番人!」

                                                つづく




 お読みいただいてありがとうございます。

 次から、いよいよ、仕分け人と針の番人が登場します。仕分け人と針の番人がいったい何者で、どんなことをしているのか、書いていくので、ぜひ、お読みいただければと思います。

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