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【短編集】あなたシリーズ

あなたの為の未来シミュレーター

作者: A-T

「これに入れば、理想の未来を体験できるわけ?」


 青年は、室内に設けられたコンテナ状のものを指し、案内役の女性に訊いた。


「はい、そうです。この中に入り、望む未来を伝えますと、お客様の情報をスキャンし、望んでおられる未来を疑似体験できる仕様となっております」

「そいつは凄いな。これ、本当にタダで?」

「はい、無料でご利用いただけます」

「じゃ、ちょっと試してみようかな」


 コンテナ状のもののドアを開け、青年は中へと入った。


「ようこそ、未来シミュレーターへ」


 シミュレーター内に、ガイド音声が響く。

 中に入ってドアを閉め、前後左右を確認する。どこを向いても巨大なモニターがあり、青年の姿が反射して映っていた。


「あなたは、どんな未来を望まれますか?」

「えっと……ちょっと待って。今、考えるから」


 青年は右斜め上を見ながら、ぶつぶつと独り言を言い始めた。


「欲しいものを集めた未来……。いや、そんなのは見終わったら物がなくて、かえって虚しいだけだな。モテる未来も、同じようなものか。何より、わかりきった未来じゃ、面白くないし。せっかくシミュレートされるんだから、“もしも”が叶ったら何が起こるのか見てみたい……」

「未来シミュレーターでは、選びやすいように幾つかの“サンプル未来”を用意しています。ご利用になりますか?」


 シミュレーターが急かしてくる。


「そんなのは、いいよ。もう決めた。俺は“容姿に言及するのを禁止”した未来を見てみたい」

「了解しました。その未来に関する条件や、より細かな設定をお願いします」

「うわぁ、面倒くさ……。そんなの適当でいいよ。俺はさ、見ての通りブサイクだから、あれこれ言われて嫌だったんだよね。でさ、思うわけよ。容姿を指摘されない世界になったらって……」


 青年が目を閉じて自分語りをする間、シミュレーター内では赤い光が照射されていた。青年の身体が複数の方向からスキャンされ、モニターに青年のワイヤーフレームが表示される。

 続いて、青年の顔の画像、身長や体重の数値、推定年齢が表示され、『行動履歴検索』が始まった。

 監視カメラに映っている青年の姿と、その時刻が次々に表示されていく。複数の映像が連なっていき、主な行動範囲と時間傾向がマップ上に表示される。

 また、行動履歴は年代別に分けられ、古い映像は病院のベッドで寝ている赤ちゃん姿にまでさかのぼった。

 そこまでの情報を元に履歴書が作成され、氏名、生年月日、現住所、学歴・職歴、免許・資格、趣味・特技といった項目が、次々に埋まっていく……。

 本人希望記入欄には『容姿に言及するのを禁止』とあり、補足として幾つかの映像が付けられていた。

 その映像は『行動特性』と題され、知人の陰口に悩む青年の姿、学生時代にからかわれている姿などがあった。どの映像にも『ターニングポイント』と書かれたマークが付いている。


「それでは、理想の未来を始めます」


 モニターが白く光った後、青年がよく行っていた街が表示される。ただ、ところどころ今の街にはない要素も見受けられた。


「ここは……?」

「5年後の未来です。あなたが足踏みすれば前に進みますし、ものを取ろうとすれば、そのように反映されます」


 青年は、その場で足踏みしてみた。

 街の景色が前へと進んでいく。

 車の音、人の話し声……。様々な音が聞こえてくる。


「街は、あまり今と変わらないような……」


 青年は立ち止まり、行き交う人の姿を見比べた。

 どの人も、同じ色の服を着ている。全身を覆う服にはファンが付いていて、頭部は透明なフィルムを被る形になっていた。


「何だよ、あの恰好……」


 そう言った瞬間、周囲の視線が一斉に集まった。

 ピーッという音とともに、筒状の物体が複数近づいてくる。大きさはポストくらいで、地面と接する箇所にはタイヤが付いていた。


「今の発言は、容姿言及罪に違反します。3ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金の対象となっていますが、身体スキャンを行い、一定期間中に反則金を支払えば、前科はつきません」


 筒状の物体から発せられる音声に、青年は口を開けたまま立ち尽くす。


「では、身体スキャンを行います」


 筒状の物体に付いているレンズが青年に向けられ、ブウゥンと作動音がする。


「終わりました」


 そう言い終わる前に、青年の目の前の空間に青い用紙が投影される。そこには『容姿言及違反告知書』とあった。


「これと同じものを、あなたが登録されているデータベースに送信しました。確認の上、反則金をお支払いください」


 それだけ言うと、何事もなかったかのように、筒状の物体は去っていった。

 青年を見ていた人々も、散らばってゆく……。


「何なんだよ、ここ……」

「お望みになられた“容姿に言及するのを禁止”した未来です」


 ガイド音声が聞こえてくる。


「思っていたのと違う……。これじゃ、怖くて外も歩けない」

「では、室内に移動します」


 一瞬にして、青年は室内に移動していた。

 6畳ほどのスペースに、テレビ、テーブル、冷蔵庫、パソコン、本棚などが置かれている。床はフローリングで、幾つか凹みがあった。


「この凹み、うちと同じ……って、ここって俺の家?」

「はい、そうです。5年後のあなたの自宅になります」

「なんだ、あまり変わんないなぁ……。ちょっと、テレビでも見てみるか」


 付けられたテレビ画面に表示されたのは、モザイク処理された人々だった。


「容姿言及罪には、反対です。容姿も個性の一つなのに、それに気づく機会を失い、活かせないのはナンセンス!」

「自分が醜いと気づけないまま生きてきて、それを知ったときには愕然としました。なんで恋人ができないのか気づけていたら、こんな想いはせずに済んだのに!」


 モザイク処理された人々が発する言葉に、青年は呆然とした。


「この人たち、何を言ってんの? 変な番組を見せるなよ……。そうだ、好きな作品があるんだ。そのシリーズの続きがどうなってるか、見てみたい」

「行動履歴検索した際、そのシリーズが何であるかは特定できましたが、該当する作品群は見られません」

「どうして?」

「視聴禁止になっているからです」

「なんで?」

「容姿に言及するシーンがあるからです」


 青年は本棚を見た。好きな作品のDVDを並べていたはずだが、今は何も置かれていない。


「あの作品は、俺が好きだからいいんだよ! 容姿に言及してても!」

「そのような条件は、設定されていません」

「もう、いいや……。こんな未来なんか、見たくない」

「かしこまりました。以上で、未来シミュレートを終了します」


 一瞬、真っ暗になった後、徐々に明るさが戻っていく。

 青年の目に、モニターに映った自分の姿が映る。


「……見なきゃよかった」


 肩を落とし、青年はドアを開けてシミュレーターから出た。

 そこへ、案内役の女性が駆け寄ってくる。


「いかがでしたでしょう?」

「最悪だよ。容姿に言及するのを禁止した未来を希望したら、ディストピアが待っていた。何でだよ……。容姿であれこれ言われないって、理想的な良いことだろ?」

「あの、どのような条件を設定されました?」

「条件? そういう面倒なのは、一切してない」


 案内役の女性は、少し困ったような顔をする。


「どんな理想も、目標設定を誤れば、手段やルールが暴走するもの……。場合によっては、目的がない行動は、その行動自体が目的になります。それが、今回の結果でしょう。明確なゴールを提示しないと、人は自分にとって都合の良い解釈をし、“好きなものはOK”“嫌いなものはダメ”となる傾向がありますので……」

「そんなこと言われても、細かいことを決めるのって苦手だし……。それ以前にさ、幾つもある選択肢から選ぶのも、嫌なんだよね。だってほら、選ばなかった選択肢の方が良かったんじゃないかって、後で後悔するじゃん?」


 それを聞いた案内役の女性は、満面の笑みを見せて資料を取り出した。


「こちらをどうぞ」

「何これ?」

「弊社、未来天国ネットワークのパンフレットです」


 青年がパンフレットを開くと、中には『ゆりかごから墓場までの人生プランニング会社』と書かれていた。


「人生プランニングって?」

「文字通り、人生設計の代行会社です。人生の選択を弊社に委ねていただければ、最適と思われる選択をお伝えします。契約していただければ、何かに悩むことなく、少ないストレスで人生を送れるでしょう」

「費用は?」

「人生プランニングは無料です」

「なんだって!?」


 驚く青年をよそに、案内役はパンフレットのページをめくって見せる。開かれたページには、『多種多様なサービス』と書いていた。


「ちなみに、弊社では未来天国ネットワーク経済圏として、通販サイト、コンビニ、スーパー、ホテル、通信事業、金融業など、様々な事業を展開しています。契約しますと、弊社サービス利用時にポイントが貯まりますので、非常にお得となっています」

「それは凄い!」

「ですから、通販サイトもコンビニもスーパーもホテルも、未来天国ネットワークで。まず、これで買い物や宿泊先の選択で悩むことが無くなります。弊社のサービス一択になるので。さぁ、こちらにサインを……」


 差し出された用紙に、青年は嬉々として自分の名前を書き始めた。

 氏名欄の上には、『人生の選択を未来天国ネットワークに委ねる』という項目があり、既にチェックが入っている。


「これで、選ぶ悩みから解放されて、俺も少しは幸せに?」

「ええ。人は、考えるのをやめれば、幸せになれますので」


 にっこりとほほ笑む案内役に、青年は笑顔で返した。

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