第九話 メリッサのひとりごと
――数日後。
メリッサは自室のソファに座り夜会の招待状の束を見て、溜め息を漏らしていた。
結婚相手を捜す者。伸し上がるための人脈を探す者。コネを作る手段に開く者。ただ財力を自慢したい者。目的は人各々。
それら色々な思惑を抱いた者達が開くのが夜会だ。
下は子爵から上は公爵まで、100以上はいる者達が何処かで開けば、毎夜の様になる訳で……今日も何処かの邸宅や会場では夜会を開催しているのだろう。
「憂鬱でしかないわね」
侯爵家の令嬢ともなれば、招待状は毎日山の様に来る。
仲良くしたい人達や侯爵令嬢との繋がりがあるのだと、他家に自慢したい者からの招待状だ。
すべてに目を通していたメリッサは、疲れた様な溜め息を漏らしていた。
侯爵家には、優秀な侍女や使用人達がいる。本来ならメリッサがそのすべてに目を通す必要はない。精査しメリッサにとって必要なモノだけを渡せば良いのだ。
だが、メリッサは出来る限り目を通していた。使用人達に価値なしと判を押されても、メリッサにとっては何か価値がある事もあるからだ。
「どういう意図なのかしら?」
メリッサはとある招待状の1つを見て、呆れた様に呟いた。
【マーガレット=ブロークン】
メリッサの婚約者であるアレク王太子の浮気相手、その人である。
封蝋は取れている。
執事長か侍女頭あたりが確認しているからだ。
そして "問題なし"とされているモノだけが、メリッサの元に届く。ちなみだが、この2人が問題なしとしているのは、メリッサにとって有益か……ではない。
すべてに目を通すというメリッサのために、直接害がないか調べている程度。招待状の顔をした手紙。ガラス片や毒、色々と仕込まれているケースがあるからだ。
それらを排除した上の問題なし。もし、父に送られた招待状ならマーガレットの招待状等、火にくべられて届かない事だろう。
「挑戦状とか?」
メリッサは中を開かず、招待状の封筒をクルクルと回して弄んでいた。
人の婚約者と、浮気している自覚はあるのかさえ分からない。理解していないのなら、ただの招待状。それでも厚顔だが。
浮気している自覚があるなら、挑戦状。又は、果たし状?
アレク王太子は行くのだろうか?
仮に招待状を送ったとしても、何の接点も利益ももたらさないブロークン男爵家の夜会など、補佐官か侍女頭の誰かに破棄されている事だろう。目に触れる事もない筈。
――あぁ、手渡し? 口頭?
その可能性の方が高いと、メリッサは渇いた笑いが漏れていた。
「熱い紅茶を御入れ致しましょう」
「えぇ。ありがとう」
マーガレットの招待状に唖然としていたため、侍女頭が入室していたのをスッカリ忘れていた。
「甘い物も少し御持ち致しましたので、気分直しに御召し上がり下さい」
「気を遣わせてしまったわね」
「次期王妃ともなられる御嬢様。気苦労は計り知れないと存じます」
熱い紅茶を淹れ直し、クッキーの皿を用意してくれる侍女頭サリー。彼女の優しさが、紅茶と一緒に身体を温めてくれた。
ふぅと小さく溜め息を1つ吐き、メリッサは思いを吐露し始めた。
「その王妃だけど、ならないかもしれないわ」
それは呟きにも似た小さな小さな声。
「何故でございますか?」
サリーは驚愕してはいる様子だったが、表情は常に冷静だ。
「私の……意欲の問題かしら」
正直、何のために王妃になるのかが分からなくなっていた。
初めは王命。その後にアレク王太子の人柄に惹かれ、今は何のためなのか。王妃は意地でやるモノではない。
まだ愛が残っていたのなら頑張れた。だが、マーガレットとの逢瀬を見せつけられ、苦悩していた。王になる王太子に愛されてもなく、それ処か蔑ろにさえする彼を支えられるのだろうか。
王命である以上マーガレットがいてもいなくても、このまま王妃にはなれるだろう。しかし、なりたいかと聞かれたら否。
「意欲……ですか?」
サリーは、返答に困っていた。
メリッサに気の利いた言葉を掛けたい。だけれども余計な言葉を放つのは、無責任な気がして憚られたのだ。
「私の独り言として聞いてくれるかしら?」
「はい」
「アレク殿下は今、私以外の女性に懸想していらっしゃるの」
「……っ」
「以前の私なら胸が痛んだかもしれない。だけど、今の私の胸には何の感情も湧かないのよ。いてもいなくても……ただ」
「ただ?」
「私の時間は返して欲しいと思うわね。やりたい事も我慢し、友人との交遊も制限を掛けられ、不自由したのだもの」
「……お嬢様」
独り言と言って初めて愚痴を吐露したメリッサに、侍女頭サリーは胸を痛めていた。
王太子の話はしなくなったとは感じていたが、ここまで蔑ろにされているとは想像していなかったのだ。もとより、贈り物の少ない王太子ではあったが浮気までしていると知り、サリーの腸は煮えくり返っていたのだった。