第八話 豆菓子
「メリッサも1度同じ事やってみれば? 反面教師的な?」
そうすれば、もしかしたらサーチみたいに嫉妬してメリッサの大切さに気付くかも……とマークは窓の外を見た。
「コレ幸いと、婚約を破棄する未来しか見えないけど?」
メリッサは腰に手を当て、呆れていた。
残念な事にあのアレク王子。自分が浮気をしていながら、非がないと公に云える様に、メリッサの弱味を探している様子が窺えた。マーガレットとの正当な結婚を模索しているのだ。
万が一にでもメリッサに何かがあれば、喜んで断罪するに違いない。
「それな……っ痛ぇ!」
「 "それな"じゃないわよバカ」
マークの頭を軽く叩いたマリアン。
親友の未来を潰さないで欲しいと、婚約者マークをひと睨み。マークは肩を落としていた。
「マーガレットさんは、そんなに魅力的なのかしらね?」
アレク王子がそんなに熱を上げる程に。
メリッサは溜め息混じりに呟くと、気分転換にテラスに向かった。少し風にあたれば気分も変わると思ったのだ。
「あっ」
そんなメリッサを止める様な声が、背後から聞こえた。
「アレクさまぁ。こんな所でダメですよぉ」
「ならば、どんな所なら良いんだ? マーガレット」
テラスから見えない聞こえないと思っているのか、少し離れた木陰から声が聞こえた。恋人の密会の様な、甘い声がだ。
相変わらず、人目を憚らずそこでデートを重ねている様子だった。
背後から聞こえたのはそこにいるだろうと、薄々気付いていたマークが止め様とした声だった。
メリッサは2人の姿を確認すると、無意識にスカートの裾をギュッと握っていた。
それは、嫉妬からなのか、婚約者としての誇りを傷つけられた悔しさなのか、本人さえも分からなかった。
ただただ、無意識に掴んでいたのだ。
「メリッサ」
マークとマリアンは言葉を掛けていいのかさえ、憚られた。
安易な慰めは、余計に彼女の心を傷つける恐れもあるからである。
「もぉ、やだぁ~」
「逃げるなマーガレット」
見られている事を気付かないのか、見せつけているのか。アレク王子達は、気にもせずイチャイチャしていた。
そして、抱き合うと――
――キスをしていたのである。
「……っ!」
その瞬間、メリッサの頬が瞬間的に熱を帯びた。
2人の浮気に対して、怒りや嫉妬から顔が熱を帯びた――
――のではない。
何故かアーシュレイ王弟殿下の顔が浮かんだからだ。
あの時の掠める様なキスが急に、しかも妙に鮮明に頭に思い出したのだ。
メリッサは感触までもさえ思い出し、恥ずかしさに堪らず扉に走り出していた。絶対に今、頬が紅いに違いない。そんな姿を見られたくなかったのだ。
「「メリッサ!!」」
顔を覆って走り出したメリッサを、マーク達は慌てて呼んだ。
顔を覆っていた事で泣いていたのではと、勘違いしていたのだ。
あの気丈な彼女が、涙を見せた。その事が心配で仕方がなかったし、同時にバカ王子とマーガレットに怒りを覚えたのだ。
マークとマリアンは目配せすると、マリアンはメリッサの後を追って生徒会室から出て行った。
残ったマークは、苛立ちを隠さず舌打ちをしていた。
メリッサに対する仕打ちは許せない。マーガレットと婚姻を結びたいのなら順序がある。節度を守り、順を追って婚約を解消すればいいだけの話だ。
王子だからといってこんな形で不誠実に、彼女を傷つける権利はない筈だ。
将来あんなヤツの下に就くのかと思うと、マークはヘドが出ていたのだ。
マークは今までの所業をも思い出し、さらに苛立っていた。そして、テーブルの上の皿にあった豆菓子を見つけると、アレク王子とマーガレットのいる木陰に、迷わず向かって振りかぶった。
木陰の上、木に向かって豆菓子を思いっきり、日頃の恨みを込めて投げつけたのだ。
バシッと豆菓子が木に命中すると。
「きゃあぁぁぁァァ~~っ!!」
「うわぁぁァァ~っ!!」
マークの耳には心地良い悲鳴が聞こえていた。
「いやぁァ~。なんなの~!!」
あの2人の頭上からバサバサと鳥の羽音が聞こえた瞬間、無数の毛虫や鳥の糞が落ちてきたのだ。
そして、騒ぐ2人の足元に向かって、無数の鳥が我先にと突っついている。落ちた豆菓子や毛虫を探して突っついているのだ。
あの木の周りは毎日の様に、鳥の集会所と化しているのを知っていた。だから、マークは鳥に裁きを任せたとばかりに、豆菓子を投げつけたのだ。
「アハハハハ!!」
マークは毛虫や糞まみれになって泣き叫ぶマーガレットと、アレク王子の様子を見て腹を抱えて笑っていた。
そして、親友の心を傷つけた事を少しは後悔すればイイと叫んだ。
「ざまをみろ!!」