第四話 王立学園
あれから、アレク王太子がメリッサを送る事もなく、メリッサはアーシュレイ王弟殿下の護衛によって、屋敷に送られた。
具合が悪い事になっていたにも関わらず、アレク王子はメリッサに声一つ掛けずにマーガレットの傍にいたという。
◇*◇*◇
次の日、精神的に疲れたメリッサだったがサボる訳にもいかず学園に行く事にした。
この学園の名は【エストール王立学園】。
国の名 "エストール"を掲げた王立学園である。その名の通り、国が未来の政務に携わるだろう優秀な者だけを選出し、勉学に励ましている。
それは市井であろうと、貴族であろうと優秀なら差別なく入れる。だが、それはエリート部門だけの話。
一般部門は、ある程度の資金が必要だ。寄付金という名目の運営資金を払った貴族や市井の者達が入る部門。いわばお金持ちの集まり。
名目は "賄賂" ではなくあくまでも "運営資金"。
学園に必要な資材や教材、人件費。それに加え、選出された市井の人達の生活費に充てられたりしていた。
「はぁ」
テラスから眼下に見える光景に、メリッサは深い深い溜め息を吐いた。
エリート部門と一般部門。棟が違うため通常ならば安易に入れない。しかし、食堂や中庭の一部は共同の部分があるため、夜会とは違い生徒達の "健全な"社交の場になっていた。
一般部門の人達は、未来の重鎮達に近寄れる様に共同場に行くのだ。自身のコネやツテを作りのしあがるため、玉の輿を狙うためと理由は様々である。
勿論純粋に皆の憩いの場であるから、情報や意見交換の場として利用している者達もいる。
人各々の思惑も入り交じる "楽しい場"である。
「はぁ」
メリッサは手すりに肘を突きながら、もう1つ溜め息を吐いた。
生徒会室のテラスから、共同ではない庭が見える。静かに過ごしたい人達の庭である。
名目はそうなのだが、生徒会室の近くにある "真下" はあまり使われていない。生徒会の目に触れる事もあるからだ。
大抵の生徒達は、ココからもう少し遠くの噴水広場にいる事が多かった。
しかし人気のない場所は、それなりに需要がある。
そうなのだ。今まさに、メリッサの眼下にその "需要"とやらを教えてくれる人達がいた。
「この間は怖かったですぅ」
「あぁ、すまなかったなマーガレット。叔父上には私から注意しておいたから」
そう、アレク王子とマーガレットであった。
マーガレットが先日の夜会の事を言えば、アレク王子はその手を撫でながら甘く囁いていた。
実の処、叔父アーシュレイに注意等出来る訳もなく、それを部下から耳にした父国王に、逆に叱責されたのをメリッサは知っている。
「叔父上の遊び場に君を連れて行くのではなかったな」
すまないと謝るアレク王子。
「もぉ、でも許します」
上目使いのマーガレット。
草や木しかない場所でも、何故か周りにハートが飛び交って見えるから不思議だ。メリッサはすべてを諦め、溜め息で誤魔化していた。
もう生徒会室に戻ろうとした時、後ろから呆れた声が聞こえてきた。
「何が許しますなんだよ」
その語尾にはバカじゃねぇの? と聞こえそうだった。
「マーク」
振り返ったメリッサは、困った様な表情で言った。
仮にも婚約者なのである。賛同しにくい言葉は止めて頂きたいのだ。
「婚約者がいるのにあんな堂々と……」
メリッサと同じ侯爵家のマークは、王子相手だが完全に呆れ蔑んでいた。
立場やお役目を理解している彼からしたら、王子のしている事は馬鹿の極みでしかない。
「お飾りだもの」
メリッサは自嘲気味に笑った。
別に愛があった訳ではない。知らない間に婚約者とされ、自身は王妃見習いとして教育されていた。
「飾りとか言うなよ。始めは皆そうだ。それでも仕方なくと普通は歩み寄る。まぁ、それでも上手くはいかねぇ事もあるが」
マーク自身も親同士が決めた婚約者と、しっかり歩み寄りが出来ているかは分からない。だが、努力はしているし、まして浮気などはしていない。
「あれで次期国王とか……」
"嗤える"とマークはかろうじて飲み込んだ。
どんな理由があるにせよ、メリッサは彼の婚約者だ。悪口は嫌な気分だろう。
「メリッサ、"会長"のサインどうする?」
休憩を終え戻ってきた生徒会の仲間達が、副会長であるメリッサに判断を扇いだ。
「どうしようかしら」
本来なら会長のアレク王子の仕事だ。だが、メリッサがお飾りの婚約者だとしたら、アレク王子はお飾りの会長である。
サボるのが仕事とばかりに、生徒会のすべての業務はメリッサ達がこなしていた。
メリッサは先程のあの姿を見てもなお、代わりに職務をまっとうする気分にはなれない。
「どうしようか、ではなくやるべきでは?」
生徒会の中で唯一、アレク王子達に心酔しているサーチが、さも当然とばかりに言った。
アレク王子の言った【真実の愛】という響きと言葉に、何故か感動し貫いて欲しいと願っているのだ。
目の前に婚約者のメリッサがいるのに。なんなら自身も婚約者がいるのに……だ。
「「「……」」」
メリッサ達は目を見合わせていた。
サボるヤツのために、何故身を削らねばいけないのか。相手がさすがに王子でも限界はある。
「会長がサボってんのに?」
もうヤル気のないマークはお手上げとばかりに、両手を上げ降参のポーズ。仕事を放棄し、それもイチャコラしているヤツのためになんてゴメンだ。
「愛を育んでおいでです」
「「「……」」」
サーチがさも当然の様に言えば、一同唖然である。
誰が "誰"と愛とやらを育んでいるのかは、問題ではないのだろうか?
「育む相手が違いませんこと?」
マークの婚約者でもあるマリアン子爵令嬢が、呆れた声で言った。
普通に考えたら婚約者と育んでいくもの。自分もそうだからだ。
「【真実の愛】なれば仕方がないのかと」
「「「……」」」
さらにサーチが言えば、またまた一同唖然である。
何が "真実の愛"だ?
ただの浮気の方便だろう?
「んじゃ訊くけどよ。お前の婚約者のリースちゃんが、お前以外の男に【真実の愛】を見つけたら許すのかよ?」
どうなんだとばかりにマークは言った。
真実の愛と言えば浮気も許すのかと。
「僕以外に真実の愛はあり―――」
「例えばの話だっつーの!!」
「痛っ!」
頭の固いサーチの頭を、マークは堪らず殴っていた。
例え話を聞いて置き換えてみろと。
「リース嬢が、お前以外の男とイチャイチャしていても許せるのかよ」
書記であるフランツが、もう少し噛み砕いて問う。
逆の立場ならどうなのか……。
「彼女は浮気など、しま――」
しませんと、言い切るサーチを皆が睨んだ。
する、しないではなく、どうなのかと訊いているからだ。
「…………婚約を破棄、或いはそれなりの報いを」
サーチは皆に促されたので仕方なく考え、渋々答えた。
どうやら彼は報復をする派らしい。
「なら、王子さんがまさにその状態だって分かったか?」
マークは今度こそ理解出来たかと訊いた。
これでもまだ【真実の愛】とやらをほざくななら、もう1発お見舞いしようと拳を用意する。
「メリッサ嬢がお前。アレク王子がリース」
理解が遅いサーチに呆れつつ、フランツがさらに噛み砕いて説明する。
メリッサの心情は複雑だ。自分で置き換え説明されたからだ。
だが、それでアレク王子のしている事が分かったのか、サーチはみるみる内に形相が変わっていた。
「…………コロス」
サーチがフルフルと拳を握り呟いた。
「「「……」」」
例え話を出してやっと理解してくれたのはイイが、それはそれでドン引きな返答だった。
サーチの愛とやらがとてつもなく重く深い事だけが、皆には良く分かった瞬間であった。