第二十七話 アレク王子の思い違い
アーシュレイは、苦笑いしながら器用に溜め息を吐いていた。
余りの思い込みに、どうしていいのか分からないのかもしれない。
「半年後。アレク、お前は初めての恋に浮かれ過ぎて、周りが見えないにも程がある」
アーシュレイは憐む様な目を、甥のアレク王子に向けていた。
周りにしっかりと耳を傾けていれば、半年後の結婚式はアレク王子とマーガレットではなく、王弟アーシュレイとメリッサの結婚式だと分かるのだ。
学園では、アレク王子に直接メリッサと王弟アーシュレイとの結婚話はしないかもしれない。
だが、気を配ればいくらでも耳にする話である。
アレク王子は思い込みから、自分達以外の結婚式だと思っていないのかもしれなかった。
「な、馬鹿にするのも大概にして下さい!!」
先程からずっと諭されているか、説教をされている様でアレク王子の憤りに拍車をかけていた。
「なら、陛下に直接お聞きすればいい」
アーシュレイはメリッサの肩を引き寄せると、自分からは何も言いはすまいと去るのであった。
◇*◇*◇
「父う、国王陛下!!」
アレク王子は執務室のノックもそこそこに、許可も待たず扉を開けて中に入っていた。
「今度はなんだ、アレク。アーシュレイの許可でも下りたのか?」
書類を持つ手を止め、怪訝な表情を見せた国王。
まさか、弟のアーシュレイから許可が下りたのかと、内心焦っていた。あのアーシュレイが提案を飲むとは思わないが、了承したとなれば、タダでは済まない筈だ。
「叔父上の許可なんて、今はどうでもいいのです」
「は?」
国王は持っていた書類を落とす処だった。
どうでもいいとはどういう事か、理解に苦しむ。
「陛下は私とマーガレットの結婚を、許してくれましたよね?」
「……」
「許してーー」
「許可など出してはおらん」
やはり、自分の話を聞いていなかったと、国王は酷く落胆していた。
恋愛脳とは聞いた事があるが、まさに今の息子がソレだったのだ。
「つい先日ーー」
「候補だと言ったであろう」
怒る気力が起きない国王からは、疲れきった声が漏れた。
「ですが! 半年後には私達の結婚式ですよね? 認めてくれたも同然ではーー」
「ない!!」
アレク王子の言葉尻を、次々とぶった切った国王。
やはり、息子は何も分かっていない事が分かった。弟アーシュレイが危惧していた事が、まさに起きていた。
花嫁のすげ替えで済む、王太子妃教育もしない。息子はお飾りの妃を据えるのだと、理解した瞬間であった。
「いいか、アレク。あの娘はあくまでも候補。教育課程の進み具合によれば、候補から外し新たに選出せねばならん」
この様子だと、早々に捜さなければならないと、国王は考えていた。
「新たに? 私は彼女を王妃にーー」
「王妃としての役目も出来ぬのにか?」
「まだ、始めたばかりなのに、見限るのは早過ぎるでしょう!?」
「どの口が言う? 早々にメリッサに、その役目を押し付けようとしていたヤツが」
「……」
アレク王子は押し黙ってしまった。
確かに、さっきの今である。なのに、出来ると豪語は言えなかった。
「大体、半年後に行うのは、アーシュレイとメリッサの結婚式だ。お前は結婚出来るかさえ、分からんからな」
「え? 半年後の式は、私とマーガレットの結婚式でしょう!?」
自分とマーガレットの結婚式だとばかりに、思い込んでいたアレク王子は驚愕していた。
「王太子妃教育さえも終わっておらんのに、何が結婚式だ。そんなにあやつと結婚したければ、さっさと教養を身につけさせろ」
「結婚してからでも!」
「クドイ!!」
全く引き下がらない息子を一蹴した国王。
結婚してからでは、もう遅いのだ。マーガレットが王妃としての資質なしとなったとしたら、側妃を迎えるしかない。
だが、子を生めぬ事が前提にあった上での側妃。公務もやらせ後継ぎは生ませぬ。そんな条件を呑む側妃がいる訳がない。
こちらばかりが都合の良い条件を、誰が容認するのだ。マーガレットを愛妾にしたとしても、正妃を迎える前に愛妾がいるなんて前代未聞の話だった。
「結婚した時点で王妃としての公務をせねばならんのだ。王太子妃としての教養もない娘が、どうやって王妃の仕事をする? またメリッサか? あぁそれも良いかもしれんな。彼女は王妃として、その夫アーシュレイを王にしてしまえば良い。さすれば、万事解決、万々歳だ」
「なっ!!」
「良かったではないか。あの娘は王妃の職務をする気がない。ならば、ついでに夫になるお前も全て放棄し、2人仲良く平民に成り下がるがいい」
「そ、そんな極端な話がありますか!!」
アレク王子は不味い事になったと、冷や汗を流し始めていた。
確かに、王妃の仕事をメリッサに押し付け、自分は国王の仕事。そんな条件、自分が叔父アーシュレイの立場なら容認出来ない。
「仕方なかろう。ブロークン男爵の家は長子がおる。婿入りは出来ぬのだからな」
「私は王籍を放棄する気はありません!!」
「ほぉ? だが、あの娘は仕事を放棄するのだろう?」
国王は再び問い始めた。
男で女が変わる様に、女で男も変わる。高め合う夫婦もいれば、楽な方へ逃げる夫婦もいる。息子は残念な事に後者であった。
「それは、私が」
アレク王子は、思わずマーガレットを庇ってしまった。
「唆した? まぁ、どちらにせよ仕事をしないのなら、王妃を名乗る資格などない。それでもあの娘をと望むのなら、愛妾を認めてくれる寛大な妃を捜す事だな」
「そんな」
「そんな? そもそもが職務放棄をしなければいい話だろうが。始めから遊んで暮らそうなんて甘い考えの輩は、この王家に必要などないわ」
「……」
「わしは忙しいのだ。お前の下らない戯言に耳を傾けている暇はない」
もう出て行ってくれ。
そう言われてしまったアレク王子は、返す言葉もなく執務室を後にしたのであった。




