第二十二話 閑話 アレク王子の早計
王弟アーシュレイとメリッサの婚約発表がされる数日前。
「お前とフォレッド侯爵令嬢、メリッサとの婚約が破棄された」
アレク王子が帰城すると、父である国王ガナンがそう言ったのである。
「メリッサとの婚約を破棄……ですか?」
アレク王子は目を見張り、しばらく固まっていた。
最近、彼女は学園には通って来ないので聞いていなかったからだ。
「あぁ、わしとしてはお前との婚約を破棄などしたくはなかったが、フォレッド侯爵に言われ仕方なく」
父王はあからさまに肩を落として見せた。
だが、息子アレク王子には全く響かなかった。
「破棄ですか」
「そうだ」
「破棄となれば、メリッサは次を捜すのは大変でしょうね?」
自分が原因なのに、まるで他人事の様子のアレク王子。
その様子に国王はさらに、溜め息を吐いた。
「あぁ、大変だろうな。結婚の打診が多くて」
有責はコチラだ。
優秀なメリッサには、さぞ欲しがる貴族から打診が来るに違いない。
王弟アーシュレイとの婚約が発表されるまでは。
「は?」
国王の言葉にアレク王子は、唖然としていた。
何故、自分と破棄したメリッサに結婚の打診が多くあるのだと。
「婚約を破棄されたのに、打診が多くある訳が……あぁ、宰相の娘ですからね」
「お前、もしかしなくとも何も分かっておらぬな?」
あくまでも、非が向こうにあると思っている発言に、国王は呆れ返ってしまっていた。
「何も? いえ、婚約破棄は分かりましたよ? 私に何もなく決められたのは驚きましたが」
婚約もそうだが、自分に一言くらいあってもイイだろうと思ったのだ。
「はぁ。本当に分かっておるのか? こちらが破棄された側だと言う事も」
「は?」
「は? ではない。破棄されたのはこちら側。お前の有責だ」
「……え?」
アレク王子はやっと、自分が破棄した側ではなくされた側だと理解したのだ。
しかし、理由が分からず眉を寄せていた。
「何故、こちらが有責なのですか!?」
「お前の浮気が原因だからだ」
「……浮気?」
それでも分からず、アレク王子は顎に手を置いていた。
浮気とは一体?
「マーガレット=ブロークン」
「……っ!!」
「学園で知らぬ者がいないそうではないか。お前は王子という立場を、分かっておるのか」
「え、いや、でも、彼女とは遊びではなく。大体、結婚前の浮気の一つや二つ」
「その一つで国が傾く事とてあるのだぞ!?」
まるで分からない息子に、父である国王は声を荒げてしまった。
こんな事まで、自分に似てしまったと内心嘆いていたのだ。
「そんな大袈裟な」
だが、アレク王子は笑って返した。
浮気をしたつもりはないが、たかが浮気くらいで大袈裟過ぎると。
「ならば、このわしが妻アマンダ以外と浮気しても国は傾かないと思うか?」
「……」
「お前の婚約者は宰相の愛娘だったのだぞ? 宰相の怒りを買って国に利があると思うのか?」
「……」
父に言われ、やっと事の重大さを知ったアレク王子は、口を噤んでいた。
苛烈な母を知っている。その母に浮気がバレたりしたら、相手は殺される可能性しかない。
メリッサはそんな事はしないと思うが、メリッサの父は顔も見合わせる宰相である。
国の重鎮と言われる彼を敵に回しても、自分に利などなかった。
「まぁイイ。マーガレットやらとは、どうするつもりだ」
重大性が分かったのならヨシと、国王は話を変えた。
浮気について深く言及されても、自分も強く言えない部分があるからである。
「王妃に迎えられたら……と思っております」
どの道、メリッサとは別れるか側妃にすれば良いと考えていたアレク王子は、丁度良いとばかりにマーガレットの事を口にした。
「身分が低いが、まぁそれはどうにかなるだろう。本気でその女を妃に迎えたいと思っておるのだな?」
「勿論です。父上」
アレク王子は晴々とした笑顔で言った。
隠してしまった罪悪感は、もうなかったのだ。バレて良かったとさえ思っていた。そして、父もこう聞くからには、マーガレットとの事を認めてくれたのだと、勝手に解釈していた。
「ならば、試しに王太子妃教育を行う。明後日から始める旨をブロークン男爵に出す。お前も彼女にかまけておらんで、勉学に励み首席で卒業しろ」
「ありがとうございます!!」
アレク王子は深々と頭を下げ、国王の書斎から出ようと踵を返した。
だが、その背に父の声が掛かった。
「結婚は、マーガレットとやらの教育が終わり次第とする。それまでは婚約、或いは候補止まりだという事を肝に銘じておけ」
「分かりました」
この時、アレク王子は何も考えていなかった。
ただ、マーガレットと結婚出来るという事だけに、浮かれていたのであった。




