第二十一話 両親の思い
【1週間後】
アレク王太子と侯爵令嬢メリッサの婚約白紙。
アーシュレイ王弟殿下とメリッサの新たな婚約は、瞬く間に王都を駆け巡り国全体に広まっていた。
王都以外では王弟アーシュレイの純愛だと噂されていたが、王都では根強くアレク王子の浮気が原因だとされていた。
何故なら、学園に通う貴族の多くは2人の婚約の白紙の原因が、アレク王子とマーガレットの事だと知っているからだ。
学園での事を、子供から聞いた大人達が社交場の噂として話し、それが使用人から庶民へと流れたためである。
今や貴族でも恋愛結婚は多い。それ故に、アレク王子の浮気は世の女性からは大ひんしゅくものであった。
勿論、原因の一端であるマーガレット家も渦中にあり、社交場では白い目で見られている。
だが、それも一時的なもの。
下級貴族マーガレットが射止めたのが、この国の王子。良識を問う者、妬む人も多いが、次第に身分を越えた愛だとすり替わっていくだろう。
何故ならば、あのアーシュレイ王弟殿下が、やっと迎えた婚約相手が甥の元婚約者メリッサである。
アレク王子より人気がある彼の話の種が、瞬く間に成長を見せ大きな花を咲かせたからだ。
庶民は、くだらない醜聞より人気のある話が、尾やヒレを付け一人歩きする。
愛する者が、アレク王子の婚約者に決まってしまった憐れな王弟。
しかし、愛の力で取り返した純愛。
王都では劇まで上演され、アレク王子の浮気より、2人の結婚を祝福するムードになっていたのである。
劇では、王子の浮気性に苦しむ令嬢が王弟に慰められ、次第に本当の恋を知るラブストーリーになっているらしい。
くしくも、アーシュレイの思惑通りに、事が運んでいるのである。
「王都はもう凄いですわよ。お嬢様!!」
「まだ婚約ですのに、結婚ムードですわ!!」
「お嬢様の侍女をやっていて本当に良かった。なんだか嬉しくて」
「アレク殿下なんて捨ててしまって大正解!!」
「王都は今、お嬢様と王弟殿下一色です」
街を見て来た侍女達が、メリッサに事細かく説明をしてくれたのだ。
王都は華やかな雰囲気で、フォレッド侯爵の使用人というだけで、お祝いのメッセージと花や菓子を貰えるのだと。
アレク王子との婚約が決まった時にはなかった、お祝いムードに侍女達は嬉しそうな表情をしていた。
「そ、そう」
メリッサは苦笑いしていた。
アーシュレイは嫌いではないし、好きか嫌いかと言われれば好きである。アレク王子と比べるまでもない。
だが、自分の結婚を皆にここまで喜ばれると、内心複雑である。制約結婚だと知らない侍女達には、申し訳なくて仕方がなかった。
自分がこの状況で、他に好きな人が出来たりしたら、落ち込むだろうと心配である。
「この状況を読んでいたのか」
王城から帰宅した父が、開口一番に言った言葉がそれだった。
陛下と王妃に、アーシュレイとの結婚を了承した旨を伝えれば、2人は既に知っていた。
メリッサの両親に許可を貰うより、先に手を回し断れない状況にしていた様である。
メリッサを息子アレクの妻に出来なかった事を、王妃アマンダは嘆き惜しみ、国王陛下は終始渋い顔をしていたそうだ。
「ここまで騒がれてしまっては、当分の間はメリッサの相手など探せる訳がない」
隣国にしても結婚式が終わり、大分経った後でなくては打診さえ出せない。
それが国内であれば尚更である。王弟の妻を下賜されるにしても、ある程度熱りが冷めない限り、受け口などある筈もなかった。
「食えない」
父は、堪らず舌打ちをしていた。
アレク王子相手なら多少自分が優勢な立場を取れるのに、あの王弟アーシュレイ相手では、取るどころか取られる未来しか視えない。
父が1番嫌いなパターンであった。
「……」
そんな父を見てメリッサは思う。
やはり、アーシュレイとの結婚を決めて良かったと。
どう転んでも父は宰相である。国が1番、娘は良くて4番か5番だ。
アーシュレイと結婚をしていなかったら、アレク王子との婚約は白紙にならなかった可能性大だし、政治の駒として隣国へ行かされたかもしれない。
妻の手前は一応、メリッサを阻害しない人物を探しただろう。だが、全く知らない相手と、愛を育めるかと言われたらノーである。
『共感や尊敬出来る人とーー』
アーシュレイの言葉が耳に残っていた。
確かにそこに愛がなくても、相手を敬う気持ちがあるとないとでは全然違う。それがなければ、妻として支える気になれないのだから。
「殿下と添い遂げても良いと思うわよ? メリッサ」
そんな父を愉しそうに見ていた母が、メリッサの肩をポンと叩いた。
殿下とは勿論、アーシュレイの事だろう。
「あの方にも確かに思惑はあるけれど、貴方の事を大切に思う気持ちに嘘はなかったわ」
「……はい」
「幸せになるのよ? メリッサ」
「はい」
そう言って、母ローズはメリッサを優しく抱きしめた。
もうすぐ嫁ぐ娘を、名残惜しむ様に。




