第二話 叔父と甥
"彼が誰か" だけではなく、その整った美貌にである。
光り輝く金色の髪。吸い込まれそうな深海の瞳。そして、うっとりする美声。微かに香る香水が媚薬の様だった。
メリッサは間近に見た彼の姿に、思わず見惚れ心を奪われてしまいそうだった。
だが、侯爵令嬢として培った僅かばかりの矜持が、メリッサの心を叩き起こしていた。
「王弟殿下」
声が裏返りそうになりながらも、メリッサは声に出した。
そうなのだ。彼は現国王の弟、王弟アーシュレイ=エストールその人だった。
国王とは腹違いの弟で、30も離れている。そのため、まだ28歳と若く、アレク王子がいるにも関わらず、次期国王と一部の貴族から絶大な支持を得る人物だ。
「メリッサ久しぶり。見ない内に随分と魅力的で美しい女性になったね」
天使か女神の様な眩しい笑顔で、王弟アーシュレイは笑った。
王太子のアレクと婚約しているため、しばしば逢う事もあったのだ。
驚きを隠せないでいるメリッサを腕に抱きながら、王弟アーシュレイは彼女の解れた髪を優しく直していた。
「ありがとうございます殿下。ですが、何故ここに?」
アーシュレイの甘い視線を逸らしながら、メリッサは誤魔化す様に口にしていた。
婚約者以外の腕の中なのに、メリッサは全く嫌ではなかったのだ。
むしろ、アレクという名ばかりの婚約者がいながらも、胸がトクトクと打つのを止められなかった。
「愚問だね? メリッサ」
そう言って彼は、メリッサの唇に人指し指を当てた。
「あっ……た、大変申し訳ありません。愚考でした」
逃げる様にアーシュレイの腕からするりと抜けたメリッサ。
顔が火照りそうで見られまいと、慌てて頭を下げた。
そうなのだ。この夜会は王弟アーシュレイの夜会だ。国王陛下が独身の彼のために催した夜会である。
未亡人やパートナーのいる女性、招待を受けた女性は様々だが、美貌のアーシュレイ見たさや伝手を作りに、多くの人が集まっていた。
主催者は国王。だが、主賓は彼なのでいて当たり前なのである。
「でも――」
王位継承者ではあるもののアレク王太子がいるため、彼は独身貴族を謳歌している筈。
遊び相手を捜す夜会と違って、結婚相手を捜すための夜会だ。全く結婚する気のない彼が、いくら兄の国王が開いたとしても、こんなミエミエの夜会に来る訳がない。
なのに何故だと尋ねようとして、メリッサは何処からか響く笑い声に思わず唇を噛んだ。
「もぉ。やだ、アレクったら」
コロコロとした猫なで声が、テラスの下から聞こえたのだ。
「嘘じゃないよ。マーガレット、良く似合っている」
自分がここにいるのに女性を愛しそうに呼ぶ、婚約者の声が。
テラスの片隅にいたメリッサは、見なければ良かったのに目が離せなかった。
マーガレットと呼ばれた少女は、メリッサが良く知る人物。アレクは王太子で自分の婚約者だ。
その2人が誰の目にも分かるくらい、近距離で仲睦まじくしているのだ。どう考えても浮気現場である。
既成事実が見えないだけで、こんな姿は恋人以上でなければ可笑しい話。メリッサは涙ではなく、何故か溜め息が漏れていた。
それは分かっていた事実だからだ。
通っている学園でも "そう"だったし、今彼女が着ているドレスを見れば明らかだ。
マーガレットの着るドレスは、王室だけが許可されているエストールブルーと云われている色。それは、王家が継ぐ瞳の色。
そして、アレクのポケットに挿してあるハンカチは赤茶色で、メリッサの瞳の色ではなく彼女の色。
なによりメリッサの着ているドレスは一応ブルーではあるものの、アレクの贈り物ではなく母からの物だ。
メリッサも当然夜会に招待されているのを知っている。なのにドレスを贈らない。アクセサリーも贈らない。そして、送り迎えもない。最後にこの光景を見れば、さすがにおめでたい考えは吹き飛ぶというものである。
「自分より頭が弱い相手だと、自尊心が傷つけられないから楽しいんだろう」
メリッサのすぐ後ろにいた王弟アーシュレイが小さく呟いた。
愉しそうな声だが、目は小馬鹿にしている様に見えた。
「え?」
「さて、メリッサ。君を家に送って行こうか」
アーシュレイはニコリと微笑み、メリッサの前にダンスにでも誘うように、どうぞと手を差し出した。
だがメリッサは、彼が何を言ったのかの方が気になっていた。
訊いたところで彼が答えてくれるとは思えないけれど。
「あの、誤解を受けるといけませんので……」
メリッサは断ることで彼が怒らないかと、おずおずと言った。
アーシュレイの相手と誤解を受ける心配もありそうだが、自分まで浮気をしていると疑われるのは心外だった。
「イイ子だ」
メリッサがそう言うと、王弟アーシュレイは至極満足そうに頭を撫でた。
他の女達なら喜んでしなだれかかっただろう。しかし、彼女は辛くとも自分に甘えない。そんなメリッサの気丈な姿に、アーシュレイは満足していたのだ。
「やめて下さいませ。私はもう子供ではありません」
試された上に子供みたいに褒められ、メリッサは思わずプイッと顔を背けた。
10も年上の王弟殿下からしたら、自分はお子様だろう。だけど、あからさまな子供扱いはなんだか腹が立つ。
「ふ~ん?」
子供ではないのか? そう言ったアーシュレイは、視線をわざとらしくメリッサを舐め回す様に動かした。
「スケベ親父」
メリッサは堪らず身体を隠す様に捩り、両腕で覆ってみせた。
クスクスと笑うアーシュレイには、思わず見惚れそうになっていた。
男性にそんな目で見られると虫酸が走るのだけど、アーシュレイに見られると何故、こんなにも身体が火照ってしまうのだろうか。
視線だけなのに優しく触れられている様で、メリッサは胸の奥がキュンと痺れていたのであった。