第十八話 プロポーズ
「花だと、妙な勘繰りをされるみたいだからね? 菓子にしてみたよ」
そう言って、3日後。アーシュレイ王弟殿下が来訪した。
メリッサは慌てていたが、母も使用人達も今回は慌てた様子はなかった。
「ご多忙の中、我が家にお越し戴き一同感謝致します」
母が頭を下げれば、使用人達総出で挨拶をしていた。
この様子からして、母はアーシュレイが来るのを知っていたのだろう。
だが、父は知らない。メリッサはそんな気がしてならなかった。
「堅苦しい事はいい。皆も私の出迎えに来なくとも叱責などはしないから、各自仕事に戻ってくれていい」
アーシュレイは、出迎えてくれた侍女や使用人達に感謝の言葉を述べると、手に持っていた菓子折りを侍女頭に手渡した。
途端に、侍女や使用人達は顔が綻んだ。
アレク王子が来た時には、絶対になかった配慮であるからだ。
しかも、王都では有名な店の菓子。そして、多く用意されているので、確実に全員に回るだろう。
「家令達にまでご配慮、主人に代わり御礼申し上げます」
母が頭を下げれば、また一同深々と頭を下げていた。
「本当に配慮の足りる人間なら、主の不在を狙ってわざわざ来たりしないと思うけどねぇ?」
アーシュレイは、意味深な笑顔を見せていた。
彼の言う言葉に一理ある。王城勤めの父に、いくらでも会う機会があるのだから、一言断りを入れてもイイのだ。
だが、それをしないのは知られたくないのか、父を揶揄っているのか両方か。どちらにせよ、思惑があるのだろう。
なのに、それを隠しもしない彼。それどころか、敢えて匂わすのだから、タチが悪い。
「今日は、ローズ。キミに話がある」
「え? わたくし……ですか?」
母は目を見張っていた。
誰もが、当然の様にメリッサに会いに来たのだろうと、思っていたのだ。だが、用があったのは母だった。
思わず母ローズとメリッサは、顔を見合わせていた。
互いに何か知っているのかと。
「実は先日、貴方の大切なお嬢さんであるメリッサ嬢に、求婚をさせて頂いたのですが……悲しい事に、彼女に返事を保留にされてしまってね。ならばと、母君である貴方の許可を先に頂きたくて」
アーシュレイは、まるでダンスを誘う様な仕草で頭を下げると、母の前に右手を差し出した。
「まぁ!!」
母は、満更でもない表情をしていた。
娘が王弟から求婚されたのは初耳だったが、彼なら申し分ないと母は喜んでいたのだ。
そして、まるで自分が求婚でもされた様な気分で、その右手に自分の右手を添えた。
「「「きゃあぁっ!!」」」
侍女や使用人達から黄色い声が上がった。
絵に描いた様な仕草に、皆がポッと頬を赤らめていた。あのアーシュレイが、我が家のお嬢様に結婚の打診。
それの許可を得に来たのだと、目の前で起きた事に胸がときめいていたのだ。
「メリッサ」
「はい」
「母君から許可が下り次第、改めて求婚させて貰うから待っていて」
アーシュレイは、メリッサにウインクして見せた。
侍女達はその仕草に、撃沈である。
奇妙な悲鳴を1つ上げ、腰が砕けて床に張り付いていた。
メリッサは顔を真っ赤にさせていた。確かに、この間の制約では結婚の話は出ていた。だけど、改めて求婚すると言われ、利のためだと頭で分かっていたが、胸がときめいてしまったのだ。
「アーシュレイ殿下。わたくしはまだ許していませんよ?」
と母は注意をしてはいたが、"まだ"なんて言っている辺り許可する可能性大である。
「大変失礼致しました。ローズ夫人。よろしければ、庭でも歩きながらなんて如何でしょう」
「そうね。屋敷では人目がありますもの」
母はチラッとメリッサを見て、意味深な笑みを浮かべアーシュレイと庭に消えたのであった。
◇*◇*◇
ーー小1時間。
母が王弟アーシュレイと戻って来ると、母は上機嫌の様子だった。
おそらくだが、アーシュレイはメリッサとの制約の全てを話し、許可を得たに違いない。
「メリッサ。貴方の思う様にしなさい」
メリッサの前に来ると、母は優しく微笑んだ。
アーシュレイとしっかり話し合った上で、母はメリッサに決めさせる事にしたのだ。
自分の人生である。精査はするが、最終的に決めるのは娘であるべきだと尊重したのである。
「殿下の申し出は、貴方にとって良いと思うわ。だけど、最終的な判断は自身で決めなさい」
「お母様」
「お父様はさぞ反対するでしょうけど、あんな浮気性の男の意見なんて、耳を貸す必要はないわよ」
「……はい」
結果、母は父の浮気を未だに許せないらしい。
にこやかに笑っているが、目は笑っていないのだから。
それもそうだろう。父は今までずっと隠していた上に、知られた今も、母にしっかりフォローした様子がないのだから。
そんな母に苦笑いしていると、不意にメリッサの視界にアーシュレイの影が落ちた。
「メリッサ」
「え?」
アーシュレイは不意にメリッサの右手を包むと、足元にゆっくりと跪いて見せたのだ。
その仕草に、メリッサの胸はトクンと跳ね上がり、周りからは吐息が漏れた。
アーシュレイの、まっすぐで真剣な瞳がメリッサを捉えると、意志の強い声が響いた。
「貴方を幸せにすると誓う。どうか私と結婚して欲しい」
アーシュレイの口から出たのは、メリッサへの求婚だった。
母ローズは満足そうに微笑み、侍女達からは歓喜の声と、バタバタと腰を抜かす音が聞こえた。
目の前で起きたアーシュレイの求婚劇に、女性陣は心臓を鷲掴みされてしまったのだ。
メリッサは、正直ズルイなと思った。
彼はすでに母を説得し、先に承諾を得てしまった。オマケにこのシチュエーションである。
皆はすでに、メリッサが受けると信じている姿勢だし、母も涙目で頷いている。
もはや、メリッサが断るには、相当な理由が必要だ。もし断る様な事があれば、侍女達や使用人からはブーイングさえありそうだし、母からは理由を問われるだろう。
アーシュレイは早くも、屋敷中を味方に付けてしまっていた。
「はい」
頭を軽く下げて、メリッサはその求婚を受けたのである。
アーシュレイの事は嫌いではない。むしろ好きな方である。そして断る理由がない以上、この状況で断れる訳がない。メリッサの答えは1つしかなかったのである。
「「「きゃぁぁぁーーっ!!」」」
侍女達の歓喜の声は、もはや絶叫だった。
アレク王子との婚約が決まった時とは、雲泥の差なくらい喜んでくれている。
アーシュレイは最近来るようになっただけなのに、この喜び様。彼の人気が絶大な証拠でもあるが、なによりもそれだけ、アレク王子がメリッサを蔑ろにしていた証拠でもあった。
メリッサとしては内心複雑である。
「アーシュレイ殿下。このまま、夫の帰りをお待ち下さい」
すでに娘は受けると想定していた母は、そう言ってアーシュレイに微笑んだ。
この勢いのまま、父の承諾も得ようとしているのだ。
今なら、興奮の勢いそのままに、屋敷中の者達がメリッサの味方だ。気持ちが冷めない内にすべてを、取り付けようとしているのだろう。
「しかし、いいのですか? ニール侯爵は、さぞ驚かれるに違いない」
とは言いつつ、アーシュレイは愉しそうに微笑んでいる。
普通だったら、娘との結婚の許可を貰う話など、父にするのは緊張する場面だ。だが、彼はそれすら愉しんでいるし、余裕があり過ぎる。
メリッサはこの時、結婚を承諾したのは間違いだったのかも……と頭を過った。
「ふふっ。ご自身の浮気を知られた時よりは、驚かないでしょう」
母はほくそ笑んでいた。
娘の結婚話で、父への意趣返しをする気である。
「愛妻家の彼が」
アーシュレイは一瞬驚いていた様子だったが、メリッサはそんな彼を見て、知っていた様な気がした。
むしろ、知らない訳がないとさえ思う。
「アーシュレイ殿下。浮気は屑ですわ」
「肝に銘じさせて頂きます」
アーシュレイは、母に深々と頭を下げて見せた。
そして、顔を見合わせて笑っている2人を見て、メリッサは思う。
この2人からは、似た匂いがする……と。




