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王弟殿下の恋姫 〜王子と婚約を破棄したら、美麗な王弟に囚われました〜  作者: 神山 りお


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第十六話 婚約破棄の裏



「でも……父は私の新しい婚約者を探すと」

 メリッサは思わず呟いていた。

 今更、アレク王子とは無理だ。だから、父が言ってくれたわずかな希望を口にせざるを得なかったのだ。

「探すだろうね。いや、もう探しているのだろう」

「……」

「保険はいくらあっても困らない」

 メリッサは、王弟アーシュレイにそう言われ、胸がズキンと痛んでいた。

 アーシュレイがこれを聞いて、父はキミのために動いてくれているのだと確信させて欲しかったのだ。

 だが、逆に止めを刺された。父は娘の事を考えている様で、メリッサの思いなどそこにはないのだ。

 侯爵令嬢である以上、父が結婚相手を見つけるのは致し方ない。それは小さい頃から分かっていた。

 だけど、アレク王子に決まった時は、少し嬉しかったのを今でも覚えている。

 彼が好きだったからかと言われたら、それは分からない。でも、幼馴染みの彼だったからこそ、心にストンと収まったのだ。



 アレク王子と結婚するのだろうとずっと過ごしてきたのに、蔑ろにされた今、我慢してまで結婚したいとは思わない。

 だから、婚約が白紙になり、父が探すと言った時もなんの感情も湧かなかった。

 だけど、冷静になってくると徐々に現実が見えてきた。

 知らない人と結婚するのだ。

 父が選んだ人物なら安心かもしれない。しかし、自分は何一つその人物の人となりを知らないのだ。

 それは、自分にとって本当に良いのか。頭がその事実を理解していても、感情は追いつかない。




 そう思うと、胸が何故か震えた。

 知らない相手、知らない土地、知らない文化。

 友人もいない、信頼する家令達もいない。誰もいないのだ。

 そんな所に1人で嫁ぎ、馴染めるのかさえ分からない。

 だけど、今更、何もない様にアレク王子と上手くやれる自信もなかった。

 このまま、時が過ぎるのを待つしかないのかと思うと、無性に自分の存在意義は何かと考えてしまうのだ。

 父の造るレールをただただ歩くだけでイイのか?

 自分の人生なのに、自分で決められない歯痒さに心が震えていた。



 そして、今まで感じた事のない感情が湧いていたのだった。

 




「メリッサ」

 気付けば目の前にいるアーシュレイに、両頬を優しく拭われていた。

 知らず知らず、瞳から涙が溢れていたのである。

 やって行ける。出来ると思っていたが、急に不安になってしまった。

 そして、自分と違い自由が許されるアレク王子と比べると、無性に虚しかったのだ。




「メリッサ」

 アーシュレイの優しい声が、もう一度降り注いだ。

 子供をあやす様な温かい声と、頭を撫でてくれる大きな手に、メリッサは自然と甘えていた。

 アーシュレイの声や仕草が、優し過ぎて涙が止まらなかった。





「申し訳ありません」

 アーシュレイにあやされ、メリッサは段々落ち着くと、今度は彼との距離感に頬を赤らめた。

「キミの流す涙がアレクのせいだと思うと、少し妬ける」

「……っ!」

 そんな風に言われると、なんだかこそばゆくなり、メリッサはさらに頬が熱くなっていた。

 アレク王子を思って泣いた訳ではない。不自由さ、もどかしさに泣いていたのだ。

「か、揶揄わないで下さい」

 アレク王子には、基本ほったらかしにされていたメリッサに、アーシュレイの甘い言葉は糖度が高過ぎた。




「泣く程、アレが好き?」

「違います!!」

 アーシュレイが慰める様な優しい口調で、そう言うものだから、メリッサは慌てて否定した。

 彼に愛や恋心はない。ただ、王族も貴族も婚姻に関しては変わらないハズ。なのに、しがらみを気にしないで自由にしている王子に、メリッサは憤りを感じたのだ。



 メリッサは思わず、誰にも言った事のない愚痴を、アーシュレイに漏らしてしまった。

 貴族に生まれただけで、恋愛結婚は難しい。

 同じ条件である彼が、こんなに自由だなんて理不尽過ぎると。




「キミは頑張っていたよ」

 アーシュレイは、その全てを優しく受け止め聞いてくれていた。

 時には同調し、時には同じく怒ってくれたのだ。

 それが、メリッサには何より嬉しかった。自分を唯一理解してくれた人だから。



 メリッサは一度は抑えた感情を抑えきれず、生まれて初めて人の前で、声を上げて泣いていたのだった。






 ◇*◇*◇






 王弟アーシュレイはメリッサが落ち着くまで何も言わず、ただただ傍にいてくれた。

 時折、頭を優しく撫でてくれるアーシュレイの温かい手が、メリッサの心を癒してくれていたのだ。


「確かに貴族である以上、惚れた相手と結婚するのは難しい」

「はい」

「懸想する男でもいる?」

 アーシュレイにそう言われてみれば、悲しい事にメリッサの頭には誰の顔も思い浮かばなかった。

「……いいえ」

「本当に?」

「はい」

 思い浮かばなかったが、何故か目の前にいるアーシュレイを見ると、胸がドクンと早鐘を打った。

 こんな風に頬が熱くなるのも初めてで、メリッサにはその意味さえ分からなかった。




 メリッサは思わず目を逸らし俯いていると、驚く様な言葉が投げかけられた。

「ならば、少しの時間と自由をキミにあげようか?」

 アーシュレイが、メリッサの頭から手を離し、にっこりと微笑んだ。

「え?」

「多少の制限や制約はあるが、キミ自身で結婚相手を探す時間と自由、そして権限をあげよう」

 アーシュレイの言葉に、メリッサは時を止めた。

 一瞬、彼が何を言っているのか理解出来なかったのだ。

 結婚相手を探す時間? 自由? 権限?




 貴族に生まれた自分が、自ら結婚する相手を探せるなんて思わなかった。

 なのに、彼がその自由と権限をくれるという。

 メリッサは、突然過ぎる提案に頭が働かない。



「価値観や考え方、趣味や食べ物、そのどれか1つでも共感出来る人と過ごしたくはない? 例え、相手に恋や愛を感じなくても、せめて尊敬出来る男と一緒になりたいとは思わないか?」

「……っ」

「キミの人生だ。例えそれが茨の道であっても、キミが自身の手で道を切り開きたいというのなら、私はキミの支えとなろう」

「……アーシュレイ……殿下」

「父が切り開いた道を黙って進むか、振り払って自分で切り開いた道を歩むか、ゆっくり考えてみなさい」

「……はい」

 一生を一緒に過ごすかもしれない相手。

 その相手と、同じ目線で見られれば、どんなに楽しいか。メリッサには痛い程伝わっていた。

 アレク王子の考え方や価値観、共感を出来る事も探せば確かにあった。だけど、自分という存在がいるのに浮気出来る。その感覚は決して共感出来ない。

 一緒になったとしても、また浮気すると思うと不安しかないのだ。そんな不安を抱えたまま、結婚生活や公務をこなせる自信はなかったのだ。

 アーシュレイの言葉が、メリッサの心に響いていた。




 制約とは何か、何を引き換えにされるなんて、全く想像もつかない。だが、訊く価値はあるし、望みがあるならそれに縋りたかった。

 こんな風に自分の将来を憂いてくれる彼との制約だ。自分に不利になる事はないと思った。

 



 アーシュレイの甘美な言葉は、メリッサにとって暗闇に差す小さな光に見えたのであった。


















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