第十五話 婚約は
「屋敷から見える庭で、少し話でもしようか?」
王弟アーシュレイは、わざとらしく屋敷側をチラッと見て含み笑いを浮かべた。
いくら王弟とはいえ、メリッサと2人きりである。チラチラと屋敷の窓から、確認、いや監視する侍女や使用人達が見えたのだ。
「不躾な者達で申し訳ありません」
あからさま過ぎて、メリッサも苦笑いが漏れる。
「可愛いお嬢様だからね。仕方がない」
全く気にしていないのか、ガゼボに向かう途中にちょうど良くあった切り株にアーシュレイは腰を下ろした。
メリッサもそれに倣い、2m程離れた切り株に座る事にした。
「この木はどうしたのかい?」
脚を組むのをやめたアーシュレイは、諦めて伸ばしていた。
少し低い切り株に、アーシュレイの長い脚では座り辛そうである。
「先の強風で倒れました」
いずれは根こそぎ抜くらしいが、現状は切り株状態である。
「共倒れか。倒れるなら勝手に倒れればイイのに」
コチラは巻き添いで折れたのだと、メリッサが説明すれば、それに対し意味ありげに呟くアーシュレイ。
一体どこの誰と重ねて口にしているのやら。
ところで、屋敷からは屋根の一部しか見えないが、離れた所にガーデンテーブルと椅子が置いてある小さな憩の場ガゼボがある。
そこに行かないのは、使用人達に配慮しているのだろうか? 妙なところで真面目だ。
侍女達もテーブルもないので、お茶をどうしようか迷っている。
「すまないね? キミ達の目の届く範囲内で、会話の漏れない場所が見つからなくて」
侍女達はとうとう痺れを切らし、テーブルと椅子、お茶まで持って来たのだった。
流石に何も出さない訳には、いられなかったらしい。
アーシュレイは、わざとらしく肩を竦めて見せた。
侍女達もここまでするなら、あちらでと勧めれば良いのに、余程に彼女達はメリッサを目の届かない所には行かせたくないのだろう。
「こちらこそ大変申し訳ありません。王弟殿下であらせられる前に1人の男性ですので」
侍女頭はにこやかに跳ね返した。良い度胸である。
「なるほど。良く出来た侍女だ。その精神、甥にも少し分けて貰いたい」
「えぇ、えぇ、本当に分けたいくらいですわ」
「サリー」
余りの物言いに、メリッサは堪らず口を慎む様に注意した。
いくら怒らないとはいえ、彼は王弟である。口さがないのは問題である。
「構わないよ。キミを思っての言葉だからね」
用意してくれた席に座り、アーシュレイは侍女達にお礼を言う。
途端に侍女達の頬は、赤く染まっていた。
これで侍女達はアーシュレイの味方に付くだろう。
赤く染まった頬を押さえながら、侍女達は去って行った。
「斬新な場所だよね」
アーシュレイは辺りを改めて見回した。
手入れの行き届いた綺麗な庭。だが、寛ぐには意外性がある場所である。
「そうお思いなら、サロンで宜しかったのでは?」
無理にここで寛がなくても、とメリッサは思う。
「人の耳があるからね」
アーシュレイは長い脚をゆったりと組み、屋敷の方に向い笑顔で手を振った。
思わず手を振り返す侍女達を、侍女頭や執事長が叱っている様子がなんとなく見えた。
「人払いをさせてまで、一体何の話を?」
不安がないと言ったら嘘になるが、アーシュレイ王弟殿下から何の話があるのか想像も出来なくて眉根が寄った。
「アレとは婚約を解消したみたいだね」
「えぇ、まぁ」
アレとは勿論アレク王子の事だろう。
耳が早過ぎる上にこうもハッキリ言われると、表情をどうしたらいいのか分からない。
「だけど、アレ自身にも世間にも、まだ伝えていないのを知っているかい?」
「え? いえ」
学園どころか、この屋敷から一歩も出ていない。
友人達は見舞いに来た気配はあったが、父にしばらくは会うなと言われていたので会っていなかった。
当のアレク王子は、自分よりマーガレットに夢中なので来る気配どころか、心配する仕草さえ見せないが。
それも、婚約が解消になったので来ないのかと思っていたが、アーシュレイから聞く限りそうではないらしい。
まだ、仮にも婚約者なのに、蔑ろにするにも程がある。
「何故でしょうか?」
メリッサは首を傾げた。
晴れてマーガレットと堂々と関係が作れて、良いではないか。
「何故だと思う?」
アーシュレイに訊いたのだが、爽やかな笑顔で質問返しをされたメリッサ。
不貞を疑われるくらいなら、もう浮気でないのだと、アレク王子側も言える環境にしてあげない理由が分からない。
「泳がしているのでしょうか?」
婚約者がいるにも関わらず、関係を続けるあの2人が、これからどうするのか。
「半分正解」
だが、半分は間違いなのだろう。
さらに答えを求める様な視線をメリッサに向けた。
「え? まさか、完全な白紙ではないのですか?」
メリッサは目を見張った。
世間に公表しないという事は、そういう事だ。国王と父の間で白紙にはなったが、世論の出方次第では白紙の撤回もある?
アレク王子に1mmも想いがないメリッサからしたら、白紙が撤回されるのは苦痛でしかなかった。
「少し、目先を変えてみようか」
それには答えず、アーシュレイは微笑み紅茶を一口飲んだ。
「浮気相手と結婚させるなんて、まず世論の反発がある。だが、そうだな……例えば身分で仕方なく諦めていた"真実の愛"。困難や苦境を愛の力で掴み取る"シンデレラストーリー" って話に変えてみるとどうだろうか?」
「……」
「王族や貴族に憧れる庶民から見れば、王道のラブストーリー。アレの浮気に憤慨した者達も、こぞって応援側に回るだろう。キミには悪いけど、あの2人の浮気なんて簡単に払拭されてしまうね? あぁ、ヘタをしたらキミの方が悪者だ」
「……っ!」
メリッサは思わず服を握り締めていた。
浮気した方が悪いのに、された方が悪くなるなんて理不尽過ぎる。だけど、それが出来るのが王族である。
だから、そう出来るのだと敢えて教えてくれているのだ。
「だが、聞いてみればアレの相手は、身分云々以前に学がない。勉強が出来ない者をバカにするつもりは毛頭ないが、学ぶ気がないのは論外だ。では、どうなるか?」
「……」
「キミが華やかに返り咲く……という訳だ」
せめて、アレの見染めた相手に学と常識があれば、とアーシュレイが皮肉を込めて笑った。
だから、国王側からは敢えて公表しないのだ。
フォレッド侯爵も父としては、娘が嫌がるのならアレク王子とこのまま結婚させたくはない。
だが、父である前に、彼は国王の右腕と言われる宰相なのである。
次期王妃となる人物がアレでは、流石に知らぬ存ぜぬとは言えないのだろう。
だから、今は何もアクションを起こさない様にしているのだ。
時間を置く事で、もしかしたらアレク王子がマーガレットを見限るかもしれないし、またはその逆か。
はたまた、娘メリッサがアレク王子の浮気を許すかもしれないと。
メリッサはその話に愕然としていた。
アーシュレイの言いたい事が、手に取るように分かってしまったからだ。
今から王妃教育をするのであれば、最低限の教養を持った女性となる。
こうなってしまった以上、アレク王子の浮気相手がなるのが一番無難だが、言動からも分かる様に、マーガレットは身分がどうこう以前に良識、常識に欠けるのだ。では、どうなるのか。
メリッサは目の前が真っ暗になってしまった。
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