第十四話 突然の来訪者
「父は、しばらく戻って来ませんが」
「勿論、知っているよ」
メリッサがまだ静養という形で屋敷にいると、突然先触れもなくアーシュレイ王弟殿下が来訪したのだ。
これには、メリッサだけではなく執事達も慌てたし、一部の侍女は卒倒しかけた。
彼が来るのに、迎える用意も何もしていないだけでなく、急に現れた美貌にである。
こんな間近で見る事がない侍女達は、想像以上の美しさに卒倒しかけていた。
「何をしに来られたのか、お聞きしても?」
彼を迎える準備のため、時間稼ぎをしなくてはならなくなったメリッサ。
頬が多少引き攣ってしまったのは、ご愛嬌としてもらおう。
「キミが心労で倒れたと聞いてね? そのお見舞いだったのだが……元気そうだね」
「知ってらっしゃるクセに」
心労でなんてただの体裁だと分かっている上で、わざとこう言っているのだ。
タチが悪い……というか、面白がっているのだろう。
「数え間違えてなければ、30だよ」
お見舞いと称して来たアーシュレイは、見事に咲いた赤い薔薇を持っていたのだ。
しかし、薔薇にはその本数により花言葉がある。
それを預かった侍女頭が目算で数えていたので、気付いたアーシュレイが笑って教えたのだ。
それを気にする人もいる。コチラ側になんの意図もなかったとしても、余計な事を勘繰る者もいる。
だから、アーシュレイは意味のない本数にして、持って来たのである。
「全く厄介な事に、花には花言葉なんてモノがある。おかげでお見舞いだの祝いだの、面倒くさくて敵わないよ」
「確かに……花言葉を知っている方は少ないですけど、面倒ですよね」
そう言うのだから、アーシュレイはそれなりに知っているのだろう。メリッサは思わず苦笑いしてしまった。
昔程、貴族の中でも花言葉を気にして花を送る男性は、いなくなったと聞く。貰う女性側も知らない方が多いせいもある。
だが、なまじ知っていると、意味のある本数を目の当たりにして、意味があるのかないのか、素直に喜んで良いのか分からない事もあるのだ。
メリッサも全てを網羅している訳ではないが、かじってしまったために困惑する時があったのだ。
「ところで、キミは花言葉を気にするタイプかい?」
そう言ってアーシュレイは、侍女頭の持つ赤い薔薇の花束から1本抜き取り花にキスを落とすと、メリッサの前に差し出して見せたのだ。
「……」
メリッサは薔薇を見たまま、黙ってしまった。
赤い薔薇にもその本数により、意味を持つ言葉がある。
アーシュレイが差し出した1本赤い薔薇。それは "一目惚れ"或いは "貴方しかいない"。
アーシュレイは知っている上で差し出したのだ。
揶揄っているとは理解している。だが、アーシュレイの爽やか過ぎる笑顔に思わず魅入ってしまい、冗談だと笑って受け取れなかった。
ここで受け取らないと不敬だろうか?
メリッサは短い時間で、アレコレと考えてしまっていた。
「キミは頭が固いね」
アーシュレイは小さく笑った。
笑い飛ばして受け取り、侍女に渡せば良かったのだ。それをすぐに出来る程、余裕がないのか真面目なのか、思わず笑ってしまったのだ。
「そんなキミにはコチラの方が良かったかな?」
そう言って、アーシュレイは赤い薔薇を侍女頭の持つ花束に戻した。
そして今度は、まるで手品の様に、上着の袖から茎を短く切った白い薔薇の蕾を出したのだった。
あまりの手際にメリッサが目を丸くしていると、アーシュレイはメリッサの右手を取り、それをポンと載せた。
「しばらく借りるよ」
アーシュレイはメリッサの手を、そのまま引き寄せ中庭へと歩き出した。
「だ、旦那様に言えぬ行動はーー」
執事長が慌てた様子で、その背に苦言を放つ。
何もしないと分かってはいるが、大事なお嬢様に万が一があっては困るからだ。
「勿論、慎むよ」
ニール侯爵は怖いからね? とそれには小さく笑って手を振った。
白い薔薇の蕾、その花言葉は"恋をするには若すぎる" である。
まだ若いのだから気にするなと、アーシュレイの優しい思いが、そこには感じられた。
似合い過ぎる2人の背を、皆は生暖かい目で見ていた……が、侍女頭だけは違っていた。
敢えて、その薔薇を選んだアーシュレイの真意が、今一つ見えないからだ。
一見慰めに思える。
だが、その白い薔薇の花言葉は実に意味深で深い。
蕾は少女時代を意味し"恋をするには若すぎる" 。
咲いていれば"私は貴方にふさわしい"。
枯れたものであれば "生涯を誓う"。
花言葉さえも熟知していそうなアーシュレイ王弟殿下。
その彼が何を思い、メリッサにあの一輪の白い薔薇を渡したのか。
その真意はアーシュレイにしか分からない。
侍女頭はゆっくりと目を瞑り、考えるのをやめたのであった。




