第十三話 王弟アーシュレイ
「中々なモノだね。ニール侯爵」
フォレッド侯爵が王宮から出ようとした時、王弟アーシュレイが柱に寄りかかる様にして手を叩いていた。
抜け道や隠し通路がある王宮だ。それを使いコッソリと聞いていたのだろうと、フォレッド侯爵は舌打ちする。
「盗み聞きとは頂けませんな」
「流石にあそこでは、盗み聞き出来ないよ」
国王の執務室だからね? と戯けて見せたアーシュレイ。
ならば、話を聞き出すための小さな引っ掛けか。
フォレッド侯爵は目を細めた。
「お話しする程の事はありませんよ」
アーシュレイが、そう言って戯けて見せるものだから、お返しとばかりにフォレッド侯爵は大袈裟に呆れて見せた。
国王とのやり取りを面白がっているのなら、堪ったものではない。
「慰謝料で貴方の溜飲は下がったのかい?」
「盗み聞きせずとも、分かってらっしゃるでしょう?」
「紙面上6、いや7割。だが何かしらの便宜アリと言ったところかな」
「……」
王妃の手前、国王はこちら側が10割では頷かない。
だが、古い付き合いであるフォレッド侯爵の不興は買いたくない。
そんな処かなと、アーシュレイは読んでいたのだ。
「つい最近、ブランダで大規模な茎枯病が起きたらしいね。それで、コーダの治水工事にまで手が回らないとか。落とし所はその辺りかな」
王弟アーシュレイは、にこやかに笑っていた。
度重なる天災で、人手や資金面はかなり掛かってしまった。それを補填するという形で、話が纏まったのである。
そこまでは話していなかったにも関わらず、その全てをお見通しという訳だ。
「私の口からは何も」
是とも非とも答えないフォレッド侯爵。
だが、それは同時に答えとも取れた。
「ついでに義姉上に苦言まで言うとか、見事過ぎて怖いね?」
「どちらが怖いのか」
利いた風な口を利くアーシュレイ。
おそらくだが、アマンダ王妃が当たり散らしていた話を耳にし、予測したのだろう。
アマンダ王妃が散財しているのを、勿論彼は知っている。
だが、彼自身が今まで苦言を言わなかったのは、決して兄のためでも王妃を恐れているからでもない。
王妃自ら足を踏み外し、地に落ちるのを待っているのだ。
巧みな罠を仕掛け、敢えて落ちるのを待つアーシュレイの方が、余程恐ろしいとフォレッド侯爵は溜め息を漏らした。
フォレッド侯爵が今、苦言を呈さないにしても、いずれ彼は貴族や国民を操作し王妃を叩き落としたに違いない。
それが出来るのが、このアーシュレイ王弟殿下その人である。
「まぁ、義姉上については陛下は強く言えないから、貴方からの援護射撃というところかな」
「……」
国王陛下がいくら苦言を呈したところで、アマンダ王妃には全く響かず、今に至るのだ。
アレク王子とメリッサの婚約白紙に、便宜を図ってくれたお礼に、フォレッド侯爵が国王のために敢えて話題に上げたのだろう。
国王としては、メリッサを失う事は大きい。だが、友人のフォレッド侯爵の不興を買い、彼を失う方がもっと痛かった。
その国王が、アレク王子の父として便宜を図ってくれたので、フォレッド侯爵は友人として王妃アマンダへの苦言を呈してあげたのだろう。
何処から2人で算段していたのかと、アーシュレイも兄達に呆れていたのである。
「何がおっしゃりたいのですか?」
「いやいや、素晴らしきかな金蘭の友」
「話がそれだけなのであれば、これで失礼致します」
自分と国王の親しい関係を揶揄する王弟殿下に、フォレッド侯爵は頭を下げ立ち去ろうとした。
曲者の彼に付き合えば、食われる可能性しかない。
願わくば関わりたくなかったのである。
「女遊びなんて、陛下であれば簡単に一蹴出来てしまうよね」
不貞と云う程、彼等は深い関係でもなさそうではあるが。
万が一、男女の関係があったとしても、そんな事は捻じ伏せられる立場なのである。
だが、それをしなかったのは、フォレッド侯爵かメリッサへの贖罪か、アレクへの苦言のためか。その全てか。
或いは、何か他の目的があるのか。
「……」
フォレッド侯爵は、それには何も答えずニコリと笑い、足早に立ち去って行くのであった。
まさに、王弟アーシュレイの言う通りである。
王妃も先程言った様に、アレク王子は平民や貴族ではないのだ。
軽い火遊びくらいは、少しばかりの苦言があるくらいで不問とされるのが関の山だ。それどころか、学園にいる間くらい我慢しろと、コチラが言われる可能性しかない。
国王がそれを言わなかったのは理由がある。
そうされたらされたで、フォレッド侯爵には世論や他家を利用して、別の方向からアプローチする算段さえしていた。
しかし、それを敢えてしないのにも理由はある。
互いに含む所がありながら、一旦は婚約を白紙となったのだ。
向こうの有責で婚約を解消出来たのは、フォレッド侯爵と陛下の仲故である。
王弟アーシュレイが王妃からどこまで聞いたのか、フォレッド侯爵には量れない。
だが、彼は国王と交わした暗黙の了解としてのやり取りさえ、知っている気がした。
やはり彼は曲者だと、フォレッド侯爵は思ったのであった。
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字の報告、ありがとうございます。
あ、そうだよ…と恥ずかしい限りです。
( ̄▽ ̄)




