第十話 このままで良い訳がない
侍女頭サリーにはそう言ったが、実際メリッサはどうしようか悩んでいた。
父と母は事情を話せば婚約を白紙、或いは解消に動いてくれるかもしれない。
でも、何もアクションを起こさないで鎮まるとも思えない。
王命で娘がアレク王子の婚約者となり、教育を受ける事になったのだ。娘の人生が一変したのである。
メリッサはアレク王子の婚約者であるのと同時に、次期王妃となっていたのである。
それが、新しく懸想する女性が出来たから、ハイ其方に代わりますとはいかないのだ。そんなにすぐ、すげ替えが出来るのであれば、幼少から婚約者等選出しない。
そして、婚約が白紙になり痛手を受けるのは、どう考えてもコチラ側。メリッサを含むフォレッド家である。父の事だから可愛い娘かはさておき、家名に傷を付けた王子に何か仕掛けるだろう。
はたして、それはメリッサにとって吉と出るか凶と出るのか……。アレク王子の出方によれば、さらに面倒な事態になる事必至だった。
◇*◇*◇
「何故、私が知り合いでもない方の夜会に、行かなければいけませんの?」
それから数日経った休み明け、メリッサは生徒会室で首を傾げていた。
何故、メリッサがその様な事を口にしていのかと云うと、放課後生徒会室に来てみれば、普段いる筈のないアレク王子がいたのだ。
珍しいなと驚いていれば、彼がこう言ったのだ。
「何故、マーガレットの夜会に行かなかった」と。
はて? 彼女は友人処か赤の他人。その彼女の夜会に何故行かなければいけないのか、理解が出来ない。
余程の有益でもない限り、男爵の開く夜会に行く理由がない。
「招待状が来ていたであろう。何故来なかったのだ!」
声を少しばかり荒げて、アレク王子はもう一度言った。
「何故とおっしゃっても、行く理由がありませんわ」
改めてメリッサは、首を傾げた。
「なっ!」
憤慨したのか、シレッと返されて絶句したのかアレク王子は黙り込んでいた。
「むしろ何故、私に招待状が来ていたのをご存知なのかお聞きしても?」
マーガレット令嬢の婚約者であるならば知り得るかもしれないが、何も関係のない筈の彼女の夜会の招待客を、何故アレク王子が知っているのか。
「マーガレットが教えてくれたからだ」
「赤の他人の殿下にですか?」
「赤の他人ではない。ゆ、友人だ」
バツが悪いのか、急にしどろもどろになるアレク王子。メリッサが何も知らないとでも思っているのだろうか?
「ご友人ですか?」
「そうだ」
「そもそも良く分からないのですが、殿下のご友人のマーガレット様が何故私に招待状を? 大体、殿下とマーガレット様はいつ何処でどの様な接点を?」
平民と接点を持つ事は悪い事ではない。だが、特定の人物と、必要以上に懇意にするのは良くないのだ。
それが、異性ともなれば余計である。
「お前には関係のない事だ」
「えぇ、そうですわ。ですから私も行きませんでした」
「っ!」
同様に自分も "関係がない" のだから行く理由がない、そうメリッサはニッコリと微笑んでみせた。
「アレク殿下。今日はコチラにいましたか。目を通して欲しい書類があるので良かったです」
ちょうど扉を開けた時にアレク王子が目に入り、マークが嫌みも含めて軽く頭を下げた。
メリッサにわざわざ、訳の分からない苦情を言いに来たために他の人達が集まって来てしまっていたのだ。
「書類は預かっておく。私がいないと何も出来ないのか役立たずめ」
メリッサに思わぬ反撃を喰らい、怒りが収まらないアレク王子。
たまたま来たマークに八つ当たりの様な言葉を放ち、書類を奪う様に取ると去るのであった。
「何あれ?」
少しイラッとしたマークが、目線だけを足早に去るアレク王子に向けた。
仕事だと来てみれば、とんだとばっちりであった。
「私が、マーガレットさんの夜会に行かなかったのが気に食わないのよ」
「あぁ、俺宛にも来てたな」
マークが呆れた様に口にした。
どうやら、夜会の招待状はマークにも、マークの婚約者マリアンにも届いたらしい。
「どんだけ厚顔なんだってな」
「無神経なだけですわ」
そう言ってマリアンが生徒会室に入って来た。
アレク王子とマーガレットの所業に、マリアンは苛立っている様だった。
「祖父や曽祖父の時代ならまだしも、今は愛人や妾を持っていい時代じゃないのよ? なのに、堂々と浮気なん――」
メリッサに気付き、マリアンはゴメンなさいと、謝罪した。
アレク王子の悪口を、婚約者の目の前でなんて無神経だったと。
「構わないわよ。私もそう思うから」
メリッサは溜め息を吐いた。
マリアンの言うように、王族といえど、今や昔のように愛人や妾を簡単には持てない世なのだ。
何十人も持った王が、後に後継者争いに巻き込まれ、何人かの王子共々亡くなった例があるからである。
もし、王妃に子が出来ないのなら、代理として産む女性を用意するか側室を持つ事になる。
しかし、それはあくまで例外処置。
基本は、浮気なんて有り得ないとされている。
「大体、浮気するくらいなら、先に婚約を解消しろよ。それが最低限のマナーとケジメだろ」
吐き捨てる様にマークが言った。
軽そうに見えて、マークは根が真面目でこういうのを嫌う人だった。
なのに、幼馴染みであり友人でもあるメリッサにしている。マークの憤りは深かった。
「そう言ってくれる人がいる。それだけでも良かったわ」
メリッサは心底からそう思った。




