第1話 私は私であるが私ではない
エミリー・オルティス
とある乙女ゲームの所謂噛ませ役というもので、主人公に邪魔と言う名の嫌がらせをしてエンディング付近で罪を暴かれ追放される。主人公が誰のルートを選んでもエミリーの追放イベントは必ず発生するのだ。
「絶望するしかないっしょ」
私の名前はエミリー・オルティス。ヒロインと攻略対象の愛を深めるために存在する噛ませ役。何度でも言うが私の名前はエミリー・オルティス。つまりその噛ませ役が私だ。この世界が乙女ゲームの世界だと気がついたのはついさっきの事で、原因は段差に躓いて額を打ったことによる脳への衝撃。我ながら原因が阿呆すぎる。
学園モノである乙女ゲームのシナリオが始まるのはヒロインが満16歳になってからの4月。ちなみにヒロインと私は同い歳だ。私は今16歳で、カレンダーを見ると今月は3月・・・うん、来月からシナリオ始まるね!
普通ならシナリオの知識を利用して、ヒロインと関わらずに平穏に過ごすルートを模索すると思う。ところがどっこい私は知っている。そう、原作補正の存在だ。イレギュラーがどれだけ頑張っても勘違いやら周りの人間やらのせいで結局同じ道筋をたどるであろうことは容易に想像出来る。
そこで、今この瞬間私は考えた。3秒くらい考えた。最初から入学しなければいいんじゃね、と。
「アリシアー!アリシアはどこ!」
「は、はい!アリシアはここにおります!」
「今すぐ私の荷物を纏めてちょうだい。私はフォクサー学園には入学しないことに決めたわ。将来のため、見聞を広げるために地方へ学びに行くから入学取り消しの手続きもお願い」
「し、しかしエミリー様!」
「座って学ぶだけなら何処でも出来ることよ。わざわざ学園という閉鎖空間に閉じ篭もる必要はないわ。お父様もお母様も放任主義だから許してくださるでしょう」
なんていうのはぜんぶ建前だけどな!取り敢えず私はヒロインにさえ会わなければ幸せに暮らせる筈なんだ。どうして私がこんな苦労をしなくちゃいけないのか理解に苦しむが、まあいい仕方ない諦めよう。
アリシアに頼んで荷物を纏めてもらっている間、私は書斎にいるであろう父親の元へ向かった。中にいる父親から許しを貰って書斎に入り、先程の内容を伝えたらあっさり過ぎるほど簡単に許しが出た。が、条件があるという。
「初期費用は出してやろう。だが、生活基盤は自分で整えて自分の力で生活するように」
「自分の力で、とは・・・?」
「簡単なことだ。働き、金を稼ぎ、その金で生きていく。初期費用以上の金銭は私達からは出さない。音を上げるようならその時点でここに連れ戻して学園に入り直してもらう」
「分かりました」
「・・・お前が1人で生活していけるとは思えないがな」
最後の言葉は私に聞かせると言うよりも、本心が漏れだしたようでかなり小声だった。確かに、今までのエミリーを知っている人ならばエミリーが1人で暮らしていけるとは思えないだろう。我儘三昧で、好き嫌いが激しくて面倒臭がりでヒステリックで。うわ、自分で言うのもなんだけどこんな人間普通に嫌われるでしょ・・・。
そういえば、父親は「自分の力で」とか「1人で」とか言っているからきっとお付きの人は無しなんだろう。そっちの方がありがたい。1人で悠々自適に暮らしてやんよ。
思い立ったら即行動という考えは親子で一緒なようで、数時間後にはもう馬車に乗り込んでいた。目的地は今いる屋敷から遠く離れた片田舎だ。山と山の隙間にある村らしいが、歩いて行ける距離にそこそこ栄えた街があるとのこと。私が暮らすのはリピル村で、近くの街がアフドラシティという名前らしい。うん、知らない。
その名前を聞いた時にアリシアが少し顔を顰めていたのが気になったが、何も聞かずに馬車を出した。見送りに来てくれていた父が「1日も持たないだろう」と呟いていたのも少し気になるけど・・・まあいいか。
ガタゴトと馬車に揺られながら夜が暮れて朝が来た。途中で眠ってしまっていたが、御者に「もうすぐリピル村でございます」と声を掛けられて寝ぼけ眼を擦りながら周りを見渡した。見渡す限り、山、山、山そして森だ。この時点で本当のエミリーだったら音を上げているだろう。エミリーは虫が嫌いなのだ。
「到着しました。こちらがエミリー様がこれからお住まいになられるお宅でございます」
「2階建ての一軒家・・・」
「狭苦しいとは思いますが、旦那様が御用意された物です。それでは荷物を搬入させていただきます」
そういうと、御者は馬車に戻って荷物を家の中に運び始めた。あ、なんか勘違いされてるぞ。2階建ての一軒家って呟いたのは小さくて有り得ないって意味じゃなくて、一人暮らしにこんなん要らないだろって意味だから!普通にワンルームの小屋とかで良かったよどうやって掃除すんのこれ。1人ぞ?我1人ぞ?
あれよあれよという間に御者は荷物の搬入を終えて、私に一言二言話しかけてから馬車に乗り込み帰って行った。あ、お疲れ様でしたーありがとうございますー。
御者を見送ってから回れ右をして我が家に向き直る。うん、でかい。普通に持て余すわこれ。まずは中に入るかと思いながら視線をずらすと、我が家の外壁の角から顔だけを出してこちらを伺っている少年が見えた。
「・・・え、誰?」
「あ゛っ」
「なにしてんの?」
「あ、いや、その、珍しいなー、と」
「珍しい?ちょっと取り敢えずこっちおいでよ、なんで隠れてるの?」
「いや、えっと、そのー」
「ああもういいや私が行くから」
ハッキリとしない態度に早くも痺れを切らした私は少年に向かって早足で近づいて行った。少年は逃げる素振りはしないが姿を表そうともしない。一体なんなんだ、もう。
ものの数秒で少年の元にたどり着き、家の角を曲がった。当たり前だが少年の姿が全て目に入る。まず最初に目を引いたのは顔。そして体、最後に頭頂部のケモ耳。・・・ケモ耳?
「あなた獣人なの?」
「えっこの村のこと知らずに来たのか?」
「え?」
「え?」
先程は髪の毛と同化して気づかなかったが、少年の頭には黒い猫耳のようなものがついていた。ついでにお尻には細くて黒い尻尾も生えている。獣人という存在がいること自体は知っていたが、少年の言葉が引っかかったためどういう意味か聞いた。すると、このリピル村はすべての世帯が獣人や鳥人だという。そして少年はこうも続けた。「この村は獣人や鳥人の逃げ場なんだ」と。つまり。迫害された獣人や鳥人が集まりこの村を作ったらしい。
その話を聞いて思い出したのだが、例の乙女ゲームの攻略対象に獣人がいた。この世界では獣人や鳥人は迫害されていて、何処に行くにも普通に生活をする事が出来ない。その為攻略対象は何とか頑張って人型を長時間キープ出来るようにし、獣人である事を隠して学園に通うがヒロインの前でうっかり獣人の姿を表してしまう。恐怖で絶望する獣人をヒロインが受け止め抱き締めて優しい言葉をかけるのだ。そういうイベントがあった。よし、私にしてはよく覚えていた!
あともう1つ思い出したけどエミリーは大の獣人・鳥人嫌いだ。見るだけで顔を顰めるし暴言を呟くような人間だった。マジでエミリー最低かよ。いや、私だけど。これで出発する時のアリシアと父親の反応に合点がいった。私程ではないにしてもアリシアも獣人・鳥人嫌いだし、私の獣人・鳥人嫌いを知っている父親はこの村で私が耐えることは出来ないと思ったのだろう。
でも残念だったな、エミリーはエミリーでも私は本当のエミリーじゃない!なんならケモ耳とか大好き人間だ、この村はご褒美だ!ありがとう世界!
「なるほどね、ありがとう少年。あ、自己紹介遅れたけど私はエミリー。少年は?」
「お、俺はルカ。ルカ・フェーレース」
「オーケー、私今日からここで暮らすからよろしくねルカ」
「・・・よろしくしてくれるのか?」
「えっしてくれないの?」
「い、いや、してくれるなら嬉しけど・・・俺、獣人だぞ?」
「そうだねー。よっしゃ、友達ゲットだぜ」
「軽すぎないか・・・?」
ルカが困惑している様子が分かったが、敢えて空気を読まずに両手を取って上下にブンブンと振った。握手握手ー!
今更だけど、ルカは凄くいいビジュアルをしていると思う。黒い髪、黒い猫耳、黒い瞳に黒い尻尾。しかも黒いタンクトップと長ズボンを着用しているから全身黒ずくめだ。でも素肌はキメの細かい白い肌だしコントラストの差が最高。しかも筋肉凄い細マッチョ。なんだなんだただのイケメンか。爆ぜろ。