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3.理由

今回少し短いです

与えられた部屋に戻り紙袋の中身をベッドに広げる、薄水色のワンピースに日よけの大きな白い帽子。

避暑地に遊びに来たお嬢様のような組み合わせに着替えようとする手が止まりかけるが私に他の選択肢はない、普段スカートを履く事などない為足がむきだしになっているのが心許なかった。


「うん、よく似合ってるよ。」


目を細めて言われるもお世辞としか思えず視線を下に落とす、当たり前だが靴まで用意されているらしい、帽子と同じ真っ白なサンダルが広い玄関にポツンと置かれているのが目に入った。

いざ履こうとすれば留具がうまく扱えず手間どってしまう、スッと崇臣が私の前に屈み躊躇いなくストラップを私の足首に合わせて縮めパチンと止めた。


「はい、出来た。」

「……ありがとう。」


きっと幾度となく同じ事をしたのだろうと思わせる手慣れた動きだった。

妙齢の男だ、むしろそういう経験がない方がおかしい。そんな事を思案しながら立ち上がればサンダルは私の為に誂えたかのようにぴったりだった。






ーーーーーー






銀色に輝く数多の影、それが右へ左へと指示を受けているかのように並んで動く。

その後ろを何十倍も大きな黒い影が悠然と横切っていった。

その他にもカラフルだったり不思議な形をしていたりと見慣れない形がたくさん漂っており、それらが織りなす光景は綺麗だ。



「サキ、そんなに面白い?」



へばりつくように水槽を見上げている私に、連れて来た当の本人が困ったように聞いてくる。嘘をつく必要もない、こくりと頷いてまた視線を戻した。

水族館、話を聞いた事はあったものの生まれてこのかた訪れた事はなかったし、これからも訪れる事はないと思っていた。

何がここまで私の心を揺さぶるのかは分からない、だがしかし中央部にある大きな水槽に釘付けになって早十数分が経っていた。

崇臣はそれ程興味がある訳ではないのかしばらくして私から少し離れたベンチにすわっていたのだが、業を煮やしたのか声を掛けられたのだ。


「気に入ったんならまた来ればいいよ。」

「……いいの?」

「もちろん。」



また、の言葉に勢いよく振り向けば肯定が返ってきた。どういう意図で連れて来られたのかは分からないが、私が求めれば何度でも連れて来てくれるらしい。

これは年パス買わなきゃかな、と小さく呟いているのを聞きつつ気持ちが浮足立つのを感じてまた水槽を見れば、ガラスに反射する自分と目が合った。



「っ!」

「えっ、ちょっ!」



慣れないヒールで長時間立っていたからだろうか、後ずさろうとしたところでたたらを踏んだ。

驚いた崇臣が慌てて腕を取ってくれなければ無様に転んでいたかも知れない。

だがその事実さえ些末なことだと思えるほど、私は混乱していた。


「サキ、どうしたの?」

「……何もない。」


「なら、いいけど……。」



心配の声に気のない返事をする、その言葉とは裏腹に崇臣は全く納得していないようだったが構う余裕がない。


ガラスに映る私は、口許を緩めていた。

そう、間違いなく、笑っていたのだ。


私自身、笑えるということを知らなかった。だからこそ、驚いた。

そして同時に失望した。

たかだか出会って数週間の依頼主に連れられ、初めて水族館を訪れただけで気持ちが緩むなどプロとして言語道断である。

気を引き締めなければ、そう決意して小さく息を吐いた。



「お腹減ってない?そろそろお昼にしようか。」


俯いたままの私を気遣ってか崇臣はことさら明るい声で言うと、掴んだままの私の腕を引いて歩き出した。

その横顔をチラリと見るが何を考えているのかは分からない。

ただ私はいつの日か、彼を殺す、それが私達がこうして過ごす理由なのを忘れてはいけない、そんな気がした。

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