2.契約内容
あれから3週間が経つ、その間私はひたすらベッドの住人と化していた。タカオミはと言えばまるで私がその場から動かないか監視するかのように、隣にある椅子に座り他愛もない話をする。
その中でタカオミは崇臣と書くこと、現在28歳で在宅で仕事をしていること、たまに来るおばあちゃんはお手伝いさんでアキコさんと言う事を知った。
「おはよう、サキ。気分はどう?」
「……悪くない。」
「そう、ならよかった。」
ようやくベッドから解放され心が少し浮つく、変わらない笑みでこちらを見てくるのを黙殺しつつ促されるまま初めてリビングに入る。
わ……と思わず感嘆の声が漏れた、大きな窓に映るのは青と緑、風に乗ってくる潮の香りに近いのは感じていたがここまでとは思っていなかった。
少し高台に建っているのか海を見下ろす形になっていて、日の光りに水面がキラキラと輝いている。
「気に入ってくれたみたいだね。」
「……悪くない。」
素直に認めるのも何だか癪でさっきのリピートみたいな返答になってしまった、それにしても崇臣は一体何の仕事をしているのだろうか。
リビングダイニングと言えばいいのか、小さい子であれば運動会が出来るんじゃないかと錯覚する程広い。
私が過ごしていた部屋も大きなベッドとがあり、毎日清潔で触り心地のいいリネンに取り替えられ、与えられた服も質がいいものだった。
崇臣は自身の事を話すもののそれを深く掘り下げていく事はなかったし、私もまたそれを追及する気はなかった。
外の景色を目に映したままぼんやりと考えていれば名前を呼ばれた、どうやらアキコさんが朝ごはんを準備してくれていたらしい、すっかり餌付けられてしまっている私は大人しくテーブルについた。
「そう言えば契約の詳細、詰めてなかったよね?」
崇臣が食後に淹れてくれたコーヒーに砂糖とミルクを入れてくるくる回しているところで投げられた内容は、ふわふわのオムレツとベーコンの幸せに浸っていた私を現実に引き戻した。
「あなたを殺すってやつ?」
「そうそう、それ。」
僕が幸せに笑えたその時に、僕を殺してくないか。
ガラス玉の瞳とともにその言葉が蘇る、あれから崇臣が触れてこなかったので私からは何も訊ねていなかった。
依頼人には依頼人の事情がある、こちらからは何も訊かない、それが鉄則だった。
「サキにはこれから僕と一緒に暮らしてもらう、そしていつの日か僕を殺して?」
「いつの日かは、あなたが幸せに笑えた時?」
「うん、その判断はサキに任せるよ。」
何だったら今すぐ殺してくれてもいいよ、冗談なのか本気なのか分からないがまた空っぽの笑顔でこちらを見つめてくる。
無論出来なくはないが吟時に反する、私は黙って視線を受け止めた。
「報酬は僕の全て。僕が死んだらこの家も土地も僕が持つ全ての財産は君のものだ。」
破格の待遇に瞠目する、私は一緒に暮らしていつの日か手を下すだけ、そうすれば崇臣の遺す全ての物が手に入る。
郊外だろうとこの家を欲しいと言う人はたくさんいるだろうし、この言い方だとそれ以外にも財産と言えるものがあるに違いない。
余りにも私に有利な内容に他に何か条件があるか後ろ暗い事があるのではないかと訝しんでしまう。
「そしたら君は殺しから足を洗えばいいよ。好きでやってる訳じゃないんだろ?」
一体、彼に何の利点があると言うのか。ただ他者を殺すことでしか生きながらえない可哀想な私への哀れみなのだろうか、その真意は全く分からない。
だが確かに、私は好きでこの手を染めている訳ではなかった。
沈黙を了承と取ったのだろう、それ以上何も言う事はなく話は終わった。
ごちそうさまの挨拶と共に席を立った崇臣がこちらを見る。
「じゃあ今日は出掛けようか。」
「……分かった。」
私も手を合わせて立ち上がる、従う理由もないが断る理由もなかった。
詳細を聞いてはいないが何かしら考えがあるのだろう、さすがに部屋着のままでは不味かろうと思っていたら目の前に紙袋が差し出された。
「アキコさんに頼んで買って来てもらったから着てくれる?」
「……分かった。」
今日の私はオウムのようだなとくだらない考えが浮かんだ、まるで私の逡巡を読んだようでまともな返事が出来なかったのだ。
言い訳めいた事を考えながら紙袋を受け取った。
不定期更新と言っていましたが
できるだけ毎日更新したいと思います




