97 ダリエル、さらに厄介者を押し付けられる
新たに選抜された三勇者。
『剣』の勇者ピガロ。
『弓』の勇者アルタミル。
『鎚』の勇者ゼスター。
それぞれ武器の名が冠されているのは、勇者が二人以上に増えたことにより混同を避けるための呼び分けだろう。
実際新登場の三人は、各自の呼び名に合った武器を携帯しているし。
ただ、人間族に伝わるオーラ特性に照らし合わせればスラッシュ(斬)=剣、スティング(突)=弓矢、ヒット(打)=ハンマーで、もう一つガード(守)特性が残っている。
ピッタリ対応させるならガード(守)を司る、さしずめ『盾』の勇者がいてもいいはずだが……。
やっぱりみずから攻撃することのできない盾では勇者=主役になれないということか。
世知辛いな。
「三人がそれぞれそんな風に呼び分けられたら、私はどうなるんでしょう?」
レーディが素朴に言った。
たしかにレーディはこれまでただ単に『勇者』と呼ばれてきた。
彼女以外に正式な勇者がいなかったから、それでまったく問題なかった。
「うーん、元祖勇者とか? 勇者オリジナル?」
「なんか偉そうで嫌です……!?」
と愚にもつかないことを語りあっていると……。
「とにかく!」
新参の人たちが押し気味に話に割り込んできた。
「レーディ、これでアナタへ挑戦状を叩きつけたわ! まさに今からがスタートよ! 誰が最初に魔王城に辿り着いて魔王を倒すかのね!」
だから無理だって。
「それを告げるためにここまで来てくれたのね。アルタミル、アナタは高潔ね」
「かっ、勘違いしないでよ! 私はアナタと公正な競争をしたかっただけよ! 私が見事魔王を倒したあとで『抜け駆けされた』とか難癖をつけられないようにね!」
わかりやすい娘だなあ。
あと、しつこいようですが魔王様は絶対倒せません。
「公平を期したいだけではない」
巨漢の勇者ゼスターが言った。
「アランツィル様より条件を出されたのだ」
「条件?」
「一世代に複数の勇者を乱立させる。前例なき決断を下すのにアランツィル様が条件を提示された。我ら三人揃って現勇者レーディの下を訪れ、決定された事実をありのままに伝えよと」
それでこちらに……?
「理事会全体は承諾を渋っていたのだが、アランツィル様がその条件の下賛成に回ってくれたため、我々は晴れて勇者として認められたのではないか。現役を退いたといえど、膨大なる実績を有するアランツィル様だからこそ理事会の決定に大きな影響力をも持つ。何よりアランツィル様が賛成に回ってくれたのは我らへの期待の表れ、その期待に応えるためにもまず、あの御方が定めた条件を果たそうと我らはまかりこし……!!」
はいはい。
さらに前髪の長い『剣』の勇者ピガロが言う。
「ふんッ、やる気のない者など放置しておけばよかったのにお節介なことだ。だがこれで用事は済んだ。オレは独自に魔王討伐の偉業を始めさせてもらう」
そう言っていそいそと踵を返す。
「待ちなさい」
それを『弓』の勇者アルタミルが止めた。
「アランツィル様が定めた条件は、レーディに通告し、その返答を聞くことまで含まれるのよ。勝手にフライングしないで」
「チッ」
苛立たしげに振り返るピガロ。
「そんなヤツに聞くだけ無駄だ! コイツは勇者であることから逃げドロップアウトした。脱落者だ。それでいいではないか!?」
「それは彼女の答えと聞くまでわからない。それにレーディはドロップアウトなんかしてない。彼女の直近の大功績を聞いてないなんて言わせないわよ」
「ッ!? ……くッ」
大功績?
レーディなんかしたっけ?
「火の四天王を倒したという!!」
「ええッ!?」
言われたレーディ本人が一番ビックリしていた。
「聞いたわよレーディ。アナタこんな田舎にいながら四天王の一人を倒したんですってね! とどめまで刺して! さすが私のライバルだわ!」
「いやいやいやいや、ちょっと、ちょっと待って!!」
慌てるレーディ。
こないだのバシュバーザ襲撃がそんな風に伝わっているのか。
中央に報告したのはギルド幹部のベストフレッドさんかな?
バシュバーザの操る魔獣に担当地を壊滅させられたわけだし支援を要請するためにも報告は必要だろう。
でもまあベストフレッドさんは避難していて戦いの模様を直接見たわけでもないし。
レーディが全部倒したってまとめてくれてていいかな?
「レーディ。アナタは決して情熱を捨ててなんかない。四天王の一角を崩すだけの闘志と実力を備えている……!」
またアルタミルがレーディの肩を掴んで言う。
「だから、雌伏の期間は終わりにして一緒に旅立ちましょう! そして私たちと共に魔王を倒すのよ!」
「アルタミル。私を激励してくれるのは嬉しいけど……」
レーディが、真っ直ぐ相手を見返す。
「ごめんなさい、私はまだここから離れることはできない」
「レーディッ!?」
アルタミルが絶望した表情になり、さらに『剣』の勇者ピガロがほくそ笑む。
「私にはここでやることがあるの。自分を鍛えて、今よりもっともっと強くならなければ……!」
「必要ないわ! アナタはもう充分に強いじゃない!」
「そんなことない。私はこの村に来て、自分より遥かに強い存在にいくつも出会った。そして自分が大海を知らないカエルだと知った」
「レーディより、遥かに強い……!?」
「その一人から学び、自分を一から鍛え直さないことには私は旅を再開できない。再開しても絶対魔王の下へはたどり着けない……!」
いや、旅立ってもらってけっこうですよ?
「何言ってるのよ? アナタより強い戦士なんているわけないじゃない? アナタは最初の勇者選抜式で、私たちを押しのけ勇者に選ばれたのよ? そんなアナタを上回るなんて……!?」
「それがしも同意見だ。悔しいことだがレーディ以上の戦士ともなればそれこそアランツィル様以外にいるわけがない」
巨漢ゼスターも話に乗る。
ここでレーディ、ついに大発表。
「いいえ、今の私では逆立ちしても勝てない。それがこの人です」
俺のことをグイと引っ張る。
「ダリエルさんです」
「「えええええええええええッ!?」」
驚く勇者たち。
「ば、バカ言ってんじゃないわよ! こんなどこにでもいそうなオッサンがアナタより強い!? ありえないわ!!」
「そういえば……、この御仁さっきからここにいて『なんでここにいるんだろう?』とは思ったがそういう意味があったのか?」
好き放題言いやがって。
俺としてはあのまま背景の一部に徹したかったんだけど。こうしてレーディが引きずり出してくるという展開も予想していた。
「バカじゃありません。ダリエルさんは間違いなく私より強い。四天王のバシュバーザを倒したのもこの人なんですから」
「なにいッ!?」
あまり興味のなさそうだった『剣』の勇者も段々こっちに引き寄せられる。
どうしよう、好ましい展開になる予感がしない。
「ダリエルさんは、今現在人間族の中でも最強です。アランツィル様より強いかもしれない」
「アランツィル様よりも!?」
その言葉に、一際『鎚』の勇者が反応した。
「この方に教えを乞うことこそ強くなれる最短の近道。ダリエルさんから学べることがまだまだたくさん残っているからには、私はラクス村を離れることはできない」
「待て、ちょっと待ってくれ!!」
堪らず話を制止してくる巨漢。
「今の話、本当か!? この御仁が、アランツィル様より強いだと!? ホラにしても度が過ぎているであろう!?」
『鎚』の勇者セズターは受け入れられないとばかりに、レーディの言葉のその部分にだけ食い下がる。
仕方ないので俺自身から訂正を加える。
「落ち着いてください。もちろんそんなのウソに決まってますよ」
「そ、そうか……!?」
「全盛期のアランツィルさんはそりゃもう凄まじかったですから。正直あれに追いつける気がしませんね」
「じゃあ、今のアランツィル様ならどうです?」
レーディからの質問に何げなく答える。
「引退した人と比べちゃダメだろ? 弱くなったので引退するんだから。逆に引退した人に負けるようじゃ現役の意味がないだろ?」
老いて故障までした状態には勝って当然。
それより重要なのは、その人のもっとも輝いていた時期を主眼に置くことで……、と言おうとしたところ……。
なんか不穏な闘気が巻き起こった。
「……アランツィル様に勝って当然だと?」
そう呟いたのは、三人の新勇者の中でももっとも体格のいい男だった。
たしかゼスターといったか……。
「いや、そういう意味ではなく……」
「そこまで言うなら、実際に証明するしかない。言葉ではなく実力でもって。『鎚』の勇者ゼスター。貴殿に決闘を申し込む!!」






