95 勇者レーディ、尻にダメ出しされる
村長で忙しい俺なのに、加えて面倒な仕事がある。
ラクス村に滞在中の勇者レーディに稽古をつけてやることだ。
剣が振り下ろされるので、俺も同じもので受ける。
「やっとう」
勢いのままに受け流し、同時に体勢を崩すよう誘導してから反撃。
しかし相手もさるもので、完璧に体勢を崩される前に飛びのいてかわす。
「いいぞ、反応が前より早くなった」
俺は素直に相手を褒める。
「ダメです。かわすことや逃げることばかり得意になって、ダリエルさんに一太刀も浴びせられない……!」
相手……、剣をかまえるレーディは汗を滴らせながら言った。
今、俺はレーディを相手にぶつかり稽古中。
真剣にて。
『なんて危険な』と思われるだろうが仮に木剣などを使用してもオーラをまとわせれば充分人を殺せる凶器となるのだ。
それならば最初から実戦用の武器を使い、緊張感MAXで臨む方が必死さも増す。それだけ得られるものが多いだろうという判断だった。
「……俺が、キミら冒険者を見て思うことは……」
切っ先をレーディに向けながら言う。
持っているのは普通の鉄剣。実戦形式を謳ってもさすがにヘルメス刀は使わない。
「皆、自分の体を上手く使いこなせていないということだ」
「自分の体を……? 使いこなせない……?」
レーディは意味がわかっていないのだろう、ただ俺の言うことをそのまま唱え返す。
「腕や足、肩や腹や胸や背中それら人体を構成する筋肉。キミら冒険者がちゃんと使えているのは、その中の二~三割がせいぜいだ。その他はまったく使えていない」
「そんな……!?」
まったく自覚がなかったのだろう。俺からの指摘にレーディは愕然とした。
素直なまでのリアクションだった。
「半分も使いこなせていないって言うんですか? 自分自身の体を!? そんなバカな……!?」
「オーラ能力の弊害だろうな。駆け出しの頃から超パワーに恵まれては、自分の体使いも疎かになる」
基礎の訓練も、体を鍛えることよりオーラ能力の強化に注目されるだろう。
俺などは前半生を人間族ではなく魔王軍の一兵士として生き、オーラ能力も開放されず魔法も使えない落ちこぼれとして戦場を駆け回ってきた。
それこそ己が五体のみしか頼りがなかった。
だからこそ自分の体の隅々まで神経が通っているし、その末にオーラ能力が発動されれば……。
「……歴然たる差が生まれる」
跳躍する。
足の筋肉だけでなく背中や肩、腹筋の力まで利用したから予備動作もなく、レーディの不意を打つには充分だった。
その上にオーラの強化も加わっているので加速は過剰。
それでもレーディは何とか反応、迎え撃とうと剣をかまえる。
勇者としての意地が食い下がらせただろうが……。
俺はレーディの直前で足を踏ん張り、急ブレーキをかける。
停止。
「ッ!?」
相手に認識させるより前に方向転換。
標的であるレーディを中心に円を描くように回り込んで、瞬時のうちに背後へ立った。
「キミの負けだ」
背中に刃を突きつけられれば、さすがにもう打つ手ない。
後頭部しか見えないが、レーディの悔しげな表情が見えるかのようだった。
「……これも、自分の体を使えるかどうかでできた差なんですか?」
「そうだ」
練習とはいえ負けて相当悔しいのか、レーディの声が刺々しい。
「オーラは結局力を強化するものでしかない。だから強化する大元の武器とか自分の体がしっかりしていないと雑な動きにしかならない」
それが俺と彼女の決定的な差となって実戦に現れる。
彼女が一動作を意識している間に、俺は五~六動作ぐらいできるイメージだ。
「オーラに頼り過ぎず、もっと自分の体を隅々まで意識することだ。気と体が一致して初めて冒険者は最凶の闘士になれる」
俺が知る限り、最初からそれができていた冒険者はアランツィルさんぐらいのものだ。
オーラと同様、自分自身すら万全に使いこなせているからこそ『ゴースト歩法』のような妙技を駆使できる。
「キミの場合は特に……」
バシンッ!
と子気味のよい音。
「きゃいんッ!?」
「この尻をもっと使いこなせ。今はただの飾りにしかなっていない尻の筋肉を動かせば、俺に負けない速さで走ることもできるぞ」
レーディのお尻は大きから、さぞかし重大なポテンシャルを秘めていることだろう。
もちろん他にも意識して動かすべき体の箇所はあるが……。
しかしレーディは叩かれたお尻を押さえつつ、顔を真っ赤にして……。
「ダリエルさんは女の子の扱い方を学ぶべきです!!」
「へッ?」
「女の子のお尻は大事なんだから叩いちゃダメです! いいですか! 勉強してくださいね!!」
「す、すみません……!?」
なんかこっちが勉強させられた?
こんな感じで、仕事の合間を縫って稽古をつけてやっている俺なのである。
正直言えば勘弁してほしい。
ただでさえ村長としての仕事が目の回るくらい忙しいというのに、その合間にとれる余暇がレーディとの練習に消費される。
俺の時間を使いたい対象はもっと他にいるというのに。
生まれたばかりのグランくんと遊んであげたいし、マリーカと二人目を作るために励みたいのに!
なんで俺は赤の他人のレーディのために貴重な時間を費やしているのだろうと時々悩む。
まあ、去り際のアランツィルさんから『レーディをしっかり鍛えてくれよ』と念を押されているし。
あの人の頼みは断れないなっていうのはあるけど……。
「……ねえ、レーディちゃん?」
俺は恐る恐る彼女に問いかける。
レーディは「お尻の筋肉ってどう使えば……!?」とみずからの臀部を撫でさすっているところだった。
「稽古はこれぐらいにして、そろそろ旅立ってはいかがかな? 勇者の仕事は魔王様を倒すことだし……!?」
「そのために強くならねばならないんです!!」
反論の力強さだけが勇者っぽい。
「私は、ラクス村に来て自分の未熟さを思い知りました!! 一時はアランツィル様に迫るなどと言われ、浮かれていた自分が恥ずかしい! 井の中の蛙!」
「はあ……!」
「ダリエルさんの強さを目の当たりにし、自分には足りないものがあると痛感しました! ましてそのダリエルさんですら『魔王には絶対勝てない』と言ってるんです」
……言ったなあ、そんなこと。
今思えば、余計な言葉だったか。
「だからこそ私は強くならなければ! 魔王を倒すことを使命にする勇者が、魔王に一撃で倒される程度ではお話になりません! だから私は、ここでもっともっと強くならなければいけないんです!!」
俺が言った一言のおかげで無駄に焚きつけてしまっていたとは。
俺もまだまだ言葉遣いが迂闊だったようだな。気遣わなければ。
「と言うわけで、まずはこのラクス村で、ダリエルさんと同じぐらい強くなりたいと思っています。今後ともご指導お願いします!」
「この村に永住するってこと?」
「そんなに無茶なんですか!?」
不可能とまでは言わんが……。
そうまでいうならレーディの指導方針をもっと厳しくしないといけないかな。
成長するか死ぬか、ぐらいに。
でないと、今のペースじゃウチのグランが立って歩いて喋る方が確実に先になる。
「仕方ないなあ、じゃあ今日中に何としても尻のちゃんとした使い方を叩きこむか」
「そんなに大事なんですかお尻ッ!?」
大事だよ?
では、本格的にレーディの尻を鍛えてやるかと思い立ったところへ……。
「……それは困るな」
何者かの声がした。
誰だ?
何が困るんだ? レーディの尻が鍛えられることがか?
「お前にはとっとと魔王討伐に向かってもらわなければ張り合いがない。新たに勇者に選ばれた我々にとっては」
「ッ!? アナタたちは……ッ!?」
突如現れた人影に、レーディは表情を変える。
明らかに相手が誰か知っている反応だった。
人影は三つあった。
それぞれの人影が名乗り出す。
「『剣』の勇者ピガロ」
「『鎚』の勇者ゼスター」
「『弓』の勇者アルタミル」
へ? 何?
なんで勇者が三人も。
「センターギルドに新たに選抜された我ら三人。勇者として魔王討伐の任を受けた。レーディ、お前に勇者の使命をまっとうする意志ないないのなら、この田舎で朽ちていけ」
「魔王はこの我らのうちいずれかが倒し……」
「……真の勇者の称号を手に入れて見せるわ!!」
一体何なの……?
しばらく平和だったラクス村に、また不穏の影が忍び寄ってきた。






