94 先代勇者アランツィル、センターギルドと揉める(勇者side)
アランツィルは、かつて歴代最強と謳われた勇者であったが、今では引退して気楽な身分となっている。
実績は充分すぎるほどにあるので、無役となっても相応に影響力発言力を持った重鎮であった。
なので、すべての冒険者を統括するセンターギルドにも顔が利く。
今日も、センターギルド定例理事会へ押しかけ気味に出席しても許されるぐらいだった。
「レーディの様子を見てきたよ」
適当に椅子に座りアランツィルが言う。
ラクス村より帰還した彼は、心なしか以前より晴れやかだった。
「今しばらくは修行して自分を鍛え直したいと言っていた。私もそれがいいと思う」
アランツィルからの報告に、列席するセンターギルド理事たちは様々な反応を見せた。
動揺する者あり、納得する者あり、特に何も感じていないようないかにも鈍そうな者もいた。
「それでは、勇者による魔族領侵攻は、今しばらく棚上げに……!?」
「残念ですな。せっかく今代は、就任早々四天王を連破してよい勢いだったというのに……!?」
センターギルド理事会は、重責相応に年経た老人の顔を並べていた。
冒険者を管理するギルドの中心。全ギルドの統括機関がセンターギルド。
勇者を選抜し、送り出すのもセンターギルドの職域であり、いわば人間族における支配階級と言っても過言ではなかった。
「やはり当代もラスパーダ要塞で止まりましたか。やはりあそこは鬼門ですな」
「仕方ありますまい。あの要塞を奪取しなければ、敵勢力圏内を進む勇者の支援は不可能なのです。それを知って敵も死に物狂いで守ってくる……!」
「その最重要拠点を、現役期間中九回も落としたアランツィル殿こそ稀代の勇者と言えるでしょう。改めて思い返すほどに歴代最強を実感させられる……」
「そのアランツィル殿が敵勢力圏に突入するたび隙を突かれて要塞を奪い返されるのだから世話はありませんがな」
話し合う理事たちの口調には、どこか緊張感が希薄だった。
もはや数百年も続く勇者と魔王軍の攻防は、もはや慢性化の極みに達している。
いつか勇者が魔王を倒すなどと、ここにいる誰も信じていなかった。
しかしそれでも、勇者を選抜して魔族と戦わせるという行為自体に利権が伴うようになってきたため、相変わらず勇者を送り出し続ける。
それがこの世界この時代の、勇者の存在意義。
かつて勇者であったアランツィル自身も、その内幕は充分に把握していた。
彼自身に魔族への恨みがあったため、システムに乗る形で復讐を果たさんとしたが、ラクス村にて生き別れの息子ダリエルとの再会を果たしたことで憎悪は消え、より柔軟な対応ができるようになった。
後輩たるレーディが、権力者たちの思惑に影響されず納得できる魔王討伐を目指すなら、それを陰ながら支えたいと思っている。
「……私など賞賛を受ける資格もない」
益体のないことを話し合う理事たちに向けてアランツィルは語り出す。
「勇者本来の使命である魔王討伐を果たせなかったのだから。私は失敗した勇者だ」
「そんなご謙遜を……!?」
「しかし当代の彼女であれば悲願を果たしてくれるものと信じている」
断言する形でアランツィルは告げた。
そのあまりにも思い切りのいい断定ぶりに、理事一同は息を飲む。
「……そこまで期待をかけておりまするか、新勇者レーディに?」
「いかにも。ゆえに今は、彼女のしたいようにさせてやるのが得策。レーディは無為に引き延ばしているのではない。魔王を倒す。その最終目標を見据えて、それに足る力を養っているのだ」
歴代最強勇者、その血統を色濃く受け継いだ息子の下で。
「私は結局三十年かけても魔王の下へ到達することはできなかった。それに比べれば一年や二年の猶予をレーディに与えても何の支障もないはずだ」
この提案にセンターギルド理事会は承諾するだろう。
元からこの中に勇者が魔王を倒せると本気で思っている者など一人もいない。
今はただ、勇者が人間族の代表として鼓舞し、様々な利権を生み出すことを期待するばかりである。
「アランツィル殿がそこまで言うなら……!?」
「勇者が強くなるに越したことはないですからなあ……!」
「魔王討伐こそ、勇者、センターギルド、そして人間族全体の悲願……」
「それを果たすための空白ならば受け入れなければならんでしょう」
論調が定まり、アランツィルが手応えを得た。
これでレーディは雑音に煩わされず鍛錬に打ち込むことができるだろう。
かつて彼女は、魔王討伐を急かすセンターギルドから使者を送られたという。
その使者の乱暴ぶりに、危うくパーティを滅茶苦茶にされかけたというのだから、これ以上現場に制服組からの差し出口を挟ませてはならないと思った。
それが故にアランツィルは、可愛い孫から離れてまでセンターギルドに戻り、工作を買って出たのだが……。
「苦労の甲斐があったようだな……」
誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
しかし……。
「納得できませんな」
アランツィルの思惑を斬り裂く鋭い声が飛んだ。
「あまりに悠長すぎる。その先延ばしの繰り返しが最終目標を遠ざけ、意味ある魔王討伐を今日まで未達成にしてきた原因ではありませんかな」
その声に聞き覚えがなかった。
老獪なセンターギルド理事たちの中に交じって、比較的若く聞こえる声。
「キミは……?」
「英雄殿は、私をご存知ありませんか。それも仕方ない。つい最近理事会に入った新参者ですので……」
人間族の中において莫大なる勇名を誇るアランツィル。その彼に対してすら不躾な視線を送る理事は、自己紹介の通り若く精悍だった。
とはいっても年の頃は四十代後半。みずからの肉体を駆使して戦う冒険者か見ればロートルの歳だが、人脈と経験がそのまま強さとなる職種としては若輩者。
ただしそれだけに気勢が漲っている。
「ローセルウィと申します。この名、名高きアランツィル殿に覚えていただければ光栄の極み……」
「うむ……!?」
「さて話を戻しますが、センターギルドには緊迫感が欠けている、そうは思いませんか?」
一番後輩でありながら理事会の権威そのものにケチをつけるような口ぶり。
ただの礼儀知らずなのか、それとも気骨があるのか、アランツィルにはまだ判断がつかない。
「我らセンターギルドは、過去数百年に渡って勇者を送り出し続けた。それでも魔王を倒せない。だから未来数年、数十年と魔王を倒せなくてもかまわない。そんな安穏とした心構えが目標をより遠ざけるのではないでしょうか?」
「ローセルウィ殿、口が過ぎるのでは?」
「いいえ、我々はもっと必死になるべきなのです。魔王を倒せなければ我々が滅ぶ。それぐらいの覚悟をもってしなければ大目標を達成することはできません!」
威勢のいいことを言う男だった。
理事に就任したばかりで情熱に満ち溢れているのか。
「ではどうする?」
仕方なくアランツィルは水を向けた。
「修行中のレーディに厳命を出し、すぐさまラスパーダ要塞に向かわせるとでも言うのか? 準備が整わないままの行動は失敗の元になりかねない。大事な勇者を無駄死にさせることがアナタの必死さか?」
「勇者レーディが準備を整えたいというのなら、好きなだけ整えさせればいいでしょう」
こともなげに言う。
「私も、後方から口だけ出して前線を混乱させようなどとは思いません。ただ、もっと別の手段を模索してみては、と提案したい」
「別の手段?」
「魔王は勇者が倒す。その固定観念に皆さま囚われすぎていると思うのです。私はその概念に、一部アレンジを加えたい」
「?」
「入れ」
ローセルウィは一人勝手に合図を送ると、それに呼応して会議室のドアが開く。
粛々と入室する男女。
三人いた。
「ピガロだ」
「アルタミルと申します」
「ゼスター推参いたした」
口々に名乗る入室者は、身なりの厳めしさから冒険者であることが一目でわかった。
しかも歴戦を重ねた屈強の……。
「彼らは……!?」
他の理事たちも、闖入者たちを一目見るなりざわめき出した。
どうやら見覚えがあるらしい。
「先の勇者選抜式に出場していた冒険者たちではないか!? つまり、勇者候補……!?」
「私は常々疑問に思っていたのです。勇者は何故一人でなければいけないのか?」
ローセルウィは得意げに言う。
「勇者は常に一世代一人。現役勇者が死亡するなり引退すれば、また一人を選び出して勇者にする。悠長ではありませんか?」
本当に魔王を倒そうと思うなら……。
「その使命を帯びるものが唯一無二でなければならないという摂理などありますまい。ならば、そう……!」
「まさか……!」
自身勇者であったアランツィルが動揺する。
「そう、二人目、三人目の勇者を同時に送り出せばいいのです! 複数の勇者が競い合いながら進軍すれば、効率も遥かに上がることでしょう。差し当たって勇者選抜において好成績を示したこの三人を、新たな勇者に任命したいと思います」
それぞれの個別化を図るために。
『剣』の勇者ピガロ。
『弓』の勇者アルタミル。
『鎚』の勇者ゼスター。
という称号を込めて。
「さあ行くがいい! お前たちの中の誰でもいい、魔王を倒しさえすればいいのだ! 魔王を倒した者だけが真の勇者として業績を永久に刻む! その栄誉を奪い合うのだ!!」