92 鍛冶場、変なヤツが出入りしていた
発展したラクス村の中心部。
鍛冶場。
そこは採掘されたミスリルを採れたてピチピチのまま加工するために設けられた施設。
ミスリル鉱山奪還に伴ってセンターギルドからの要請で開設した。
現在は、外からやって来た多くの鍛冶師が詰め、ミスリルを打ち鍛えて様々な製品へと加工している。
復興が始まってからのラクス村において、心臓部と言ってもいい。
だからこそ村長の俺もこまめに視察して異常がないかチェックしないといけない。
だから今日も、俺は鍛冶場へと顔を出した。
◆
「元気してるー?」
鍛冶場は窯で火を扱っているだけあって外よりも数段暑い。
その燃え上がるような空間にプロフェッショナルたる鍛冶職人たちがカンカンと鎚を鳴らしている。
「村長! 視察お疲れ様です!」
率先して俺を出迎えるのはサカイくん。
ラクス村立鍛冶場に務める鍛冶師の一人ながら、その代表的立ち位置についている気鋭の子だ。
まだ二十代前半という若さながら腕もよく、同業者を率いる統率力もあるということで、俺も村長という立場から随分頼りにさせてもらっている。
何より今は亡きスミスじいさんの直弟子ということで、俺個人にとってもポイントが高い。
彼がいるおかげで鍛冶場は比較的安心できるセクションだ。
今日もそのサカイくんからヒアリングする形で、鍛冶場の様子を窺う。
「で、どうかな? 何か問題ある? 足りないものがあればすぐに取り寄せるけど……?」
「とんでもない!! 村長さんにはいつもよくしていただいて、至れり尽くせりです! これ以上贅沢を望んだら罰が当たりますよ!!」
サカイくんは職人の割りに社交性があり、話も併せてくれる。
それが本当にありがたい。
元々は村になかった鍛冶施設を立ち上げて、ここまで軌道に乗せることができたのは彼のお陰といっても過言ではなかった。
ここで作られているミスリル製の武具は、人間族の勢力圏で順調にシェアを広めている。ここの職人たちが頑張ってくれているおかげだ。
「肝心のミスリル鉱山が復旧されるまではミスリルも届かないからねえ。下手したら手が空くかもしれないけど、上手く立ち回ってほしい」
「大丈夫ですよ。供給が滞る分、時間に余裕ができるってことで、一通りの作業をじっくり見直してみようと思っています。供給ペースが戻る頃には、よりクオリティが上がっているかもしれません」
頼りがいがあるなあ。
こうして鍛冶場はサカイくんがいる限り何も心配ないのだった。
そんな俺からの期待の眼差しに気づいたのか、サカイくんは自嘲するように威儀を正す。
「僕はまだまだ未熟です。師匠のような傑作を生みだすには情熱も技術も足りない……!」
「そんなご謙遜を……!」
「いいえ! だからこそミスリル供給が滞って手透きがちな今をチャンスに、技術を磨かなければならないんです! ゼビ様のミスリル翼も、勇者様専用の自己修復刀も、先日の決戦には間に合わなかった!」
ああ、そんなのあったねえ。
サカイくんが自己のアイデアを込めて発明した新型武器。
ただしそれらはまだ未完成で、感性を目指して様々な研究や実験を重ねている最中だった。
「魔獣という凄いヤツとの激しい戦いは、僕も伝え聞きました。そんな困難な戦いにこそ、最高の美装が必要だというのに……! グズで不器用な僕は肝心のタイミングに間に合わせられなかった……! どんなに秀でた武器も、戦いの場になければナマクラ以下です!!」
サカイくん、そんなに自分を責めないで……!
ゼビアンテス用のミスリルでできた金属翼。
勇者レーディのための専用剣。
それら非常に栄えある武具の制作を受け持っているサカイくんではあったが、当然ながら重大なプレッシャーになっているようだ。
でもあまり気負わなくていいよ。
特に課題の一方を提出する相手であるゼビアンテスは本来、敵だし。
「僕はもっと腕を磨かなければいけません。少しでも、生前の師匠に近づかないと……!」
「はあ……!」
「ですが、不才な僕に限界はすぐやってくる。一人だけでは打開できない壁がある……!」
「そんな深刻にならないで……?」
「そこで、彼女の協力を得ることになりました」
「?」
「錬金術師のマサリさんです!!」
サカイくんの紹介に誘われて出てくる、妙齢の女性。
年の割りには化粧ッ気がなく、顔や服装など総じて地味な印象。
『お洒落なんぞより自分の興味を満足させたい』と言わんばかりのストイックルック。
そんな女性の登場だが、何より衝撃なのは……。
「誰ッ!?」
俺が、彼女のことを何も知らないことだった。
俺、村長。
この村のことを誰よりも把握していなければならない存在。
その俺が知らない何者かが、村の中にいる。
いかなることか?
「村長に紹介いたします! 彼女はマサリさん、職業錬金術師です!」
「よろしくお願いします……」
紹介されたマサリさんとやらがぎこちなく一礼。
何となく人付き合いに慣れていないという風だった。
いやそれよりも……。
「誰ッ!?」
「やだなあ、だから紹介したじゃないですか錬金術師のマサリさんと……!」
だからそういうことじゃなく。
俺の知らないうちに知らない住人が増えていることに『なんでッ!?』って言いたいわけで。
しかも一応この鍛冶場は、村の最重要施設と言っていいんですよ!?
「さらにちょっと待って……!? そこの女性、錬金術師と仰いましたか?」
錬金術師ってことは……!?
「魔族じゃないか!?」
錬金術師とは、魔法使いのクラスの一つ。
主に土属性魔法の元素変化術式を得意とし、役に立たない土塊を有用な金属へと変える。
だが今着目すべきはそこじゃない。錬金術師とは魔法使いの一種、つまり魔法を使える。魔法を使えるのは魔族だけ。
「魔族がいるぅーッ!?」
ここ!
一応人間族の勢力圏内!
敵である魔族がいるのおかしい! 超おかしい!
「ゼビ様のご紹介で来ていただきました」
「やっぱりアイツの仕業か!?」
魔王軍四天王の一人『華風』のゼビアンテス!!
敵の中の敵というべきアイツが、この村に入り浸ること自体非日常なんだけど、それが日常になることによって、さらなる異常事態が勃発している!?
「いえ……、元から一人では限界を感じていたんです。僕の作品は、錬金術によって出来る特殊合金がなければ完成しない。でも僕は合金を作り出すことができない」
そこは魔法の領分だからねえ。
「スミス師匠ですら、最高傑作ヘルメス刀を完成させるのに魔法使いの協力なしにはできなかった。魔法で、ヘルメス刀の主要素材となるヘルメス銀を作らなければ……」
「そういやあったねえ、そんなこと」
「だから! 僕にも思った通りの合金を作ってくれる錬金術師の協力が必要なんです! そのためにもゼビ様の紹介で来ていただいたマサリさんに是非ともいていただきたい!!」
わかった。
キミの言いたいことはわかった。
しかしだからといって村長の俺に断りなく魔族を迎え入れるなや。
色々問題になるから。
ゼビアンテスが居着いちゃってる事実だけでも目を背けたいのに、さらに問題点が増えたら許容量を超える!
「どうしようか……!?」
村長の立場としては、ことが荒立つ前にお引き取り願うのがよいと考えるのだが……。
このサカイくんの、情熱的なキラキラした眼差しを一身に浴びているうちに……。
「……わかりました」
根負けした。
こうして我がラクス村の鍛冶場に、魔族が大手を振って出入り自由となった。
「……とりあえず話だけでも聞いておこうか」
この闖入した錬金術師から色々聞くことにした。