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87 四天王ドロイエ、勇者を待ち受ける(四天王side)

 ラスパーダ要塞。


 そこは魔王軍の重要拠点。

 人間族と魔族の勢力圏、その境界線上にあるというだけでなく、それぞれの陣営の最重要本拠地……。


 人間族ならばセンターギルド本部。

 魔族ならば魔王城。


 この二点を結ぶ中間に建てられた要塞。


 勇者が魔王の下へ攻め込むには、この要塞を突破しなければならず、また魔族にとってはここが最終防衛線。

 ここを越えられれば魔族領内で勇者を迎え撃たねばならないのだから。


 ゆえに魔族にとって、この地は絶対に譲れない。


 だから要塞には、常に魔王軍の最強戦力が備わっていた。



「……クックック、ドロイエよ?」

「ん」

「水団ができたよ?」

「うむ」


 魔王軍四天王の一人『沃地』のドロイエは、今日も要塞で勇者が来るのを待ちかまえる。

 敵がいつ攻め込んでくるかわからない状況だからこそ、一時も気を緩めることはできない。


 食事とて周囲を一望できる屋上にて摂る。


「……なあ、ベゼリア」

「なんだい?」

「お前がいつも水団作るのって、やっぱり水属性だからか?」

「クックック、お望みとあらば水煮、水まんじゅう、水たたき、色々用意してやるけれども?」

「いや、いい……」


 そもそも四天王みずから食事の支度をするのはどうなのか、という疑問はとっくの昔に風化してしまった。


 もちろんラスパーダ要塞には、他にも多くの兵士魔導士が詰めているが、その中心にして頂点は四天王ドロイエ、ベゼリアのツートップである。


 要塞は現状、この二枚看板にて守られていると言っていい。


「…………」

「ん? どうしたんだい?」

「何そのスパイス?」

「えッ?」

「今お前が、自分の椀にガパガパ振りかけてるの、何?」

「いやいや? ただの辛味スパイスだよ? だってキミ辛いのが嫌いって言うからわざわざキミ用に味を調節したんじゃない? 私はもっと辛い方がいいから、こうしてスパイスで足してるんだよ?」

「私も欲しい」

「いや待って? だからキミ辛いのダメなんでしょう? これ掛けたら辛くなるの、わかる!?」

「いいから」


 ベゼリアからスパイス瓶をひったくると、ドロイエは自分の水団の椀の上でグワングワン振る。

 そして舞い落ちる真っ赤な粉。


「あわわわわわ……!?」


 ベゼリアが戦慄して見守る中、ドロイエは表面が赤一色になった水団を一啜り。


「辛いッ!!」

「だから言ったのにッ!?」


 辛いのが嫌いなのに何故辛味を加えようとする。

 結局赤一色の水団椀はベゼリアが引き取り、ドロイエ用に鍋から新しい水団をよそう。


「…………私は何をしているんだ?」

「まったくだよ? おかしいよキミ何やってるの?」


 ベゼリアがガチで心配するのももっともなことで、ドロイエの情緒不安定さは最近目に余るものがあった。

 水団を掻き込み満腹になったところで、ドロイエは改めて要塞の頂上から大声を張り上げる。


「勇者早く来ないかなああああーーーーッ!!」


 ということであった。

 食べ終わりの食器を片付けながらベゼリアが渋い顔をした。


「……キミ、その奇声上げるのやめない? 守備兵たちが不安がってるんだけど?」

「なんでだ?」

「自分らの指揮官がご乱心召されたんじゃないかってさ……!?」


 彼女らが要塞に篭っている理由。

 それはたった一つ。


 攻めかけてくる人間族の勇者を迎撃するため。


 魔王の命を狙う野蛮なる勇者を、全力をもって阻止するのが魔王軍の役割。

 その頂点に立つドロイエも、ここに必ず勇者が来るとわかっているから守備に就いているのだが……。


 ここ最近になって勇者が来なくなった。

 それはそれで問題である。


 当初こそ勇者パーティを防ぎ切り、撤退させること数回。

 実力の問題で討ち取るまでには至らなかったが、何とか四天王の面目を保てているという自負のあったドロイエであった。


 それがある時を境からパッタリと来なくなった。

 勇者が。


 勇者を迎え撃つのが仕事なのだから、勇者が攻めてこなければ何もすることがなく守備兵たちは手透きになる。

 しかし勇者襲来の可能性は消えてないので警戒を解くわけにもいかず、緊張して待ち受けるだけで時間が無為に過ぎていく。


 そういう時間は、意外と精神を蝕んでいく。

 適当に息抜きでもすれば精神の摩耗も防げるものだが、根が真面目なドロイエはそんな器用さも発揮できず着実に心を荒ませていた。


「……いやさ、キミも少しは休んだらどうだい? 気を張りすぎだよ? そんなんじゃそのうちぶっ壊れちゃうよ?」


 皮肉屋のベゼリアですら気を掛ける病状。

 もはやドロイエは限界を迎えつつあった。


「そうはいかない! 私が休んだ隙を狙って勇者が攻めてきたらどうするのだ!?」

「その時は私が防ぐから……!?」

「お前一人では勇者パーティを抑えきれないのは既に証明済みだろう! この要塞には、私がいなくてはならないのだ!!」


『自分がいなくてはならない』という焼き切れる寸前独特の考えにベゼリアは戦慄する。

 これはもしや一刻の猶予もないのではないか。


「で、でもさぁー? ここまで来たら勇者も諦めたんじゃない? もうずっと姿を見せないのって、そういうことなんじゃないかな?」

「そんなことあるはずがない。勇者は、魔王様を害することのみが存在意義なのだ。それを諦めてどうして勇者を名乗れる?」

「そりゃそうだけどさあ……!?」


 なので勇者がまったく姿を見せなくても警戒は解けない。

 いつか必ず、ここへ勇者が舞い戻ってくることは確実なのだから。


「……」


 せめて、その『いつ』かが確定していたなら、ここまで過酷な守備状況に陥ってないのだが。


 現在、勇者の動向は杳として知れない。

 魔王軍も兵を放って敵情を探っているが、有用な情報をまだ一つも持ち帰れていない。


 その原因は、魔王軍の斥候練度が低いから。

 一定の水準に達していない。


 それは元からそうだったわけでもなく、一つのきっかけから。


 かつて魔王軍の諜報分野を一手に指揮していたのは暗黒兵士ダリエルであり、四天王補佐という職権から人間族の奥深くにまで間諜を潜り込ませて有用な情報を奪取してきた。


 しかしそのダリエルが解雇されたことによって諜報部門は指揮者不在。

 さらに四天王リーダーを気取るバシュバーザが『下調べなど卑屈で華麗ではない』と言って顧みなかったため、古くからの諜報部門は機能不全を起こしている。


 各所に放ち、潜伏させている諜報網も本部との連絡を絶ち、今や魔王軍は目隠ししたまま戦っているような状況だった。


「勇者……、勇者はどこで何をしているんだ……!?」


 まさに今、目隠し状態に陥っている当人がいる。

 間諜を使い勇者の動向を把握することができれば、ドロイエはいつ来るものかと勇者の襲来に神経を張り詰める必要はないのである。


 あるいは、彼女の他に要塞を守る要員が揃っていれば。


 たしかにラスパーダ要塞は、ドロイエとベゼリアという四天王二人の守りで盤石だが。

 彼ら二人のみで片時も漏らさず永遠に守りを固めるのには無理がある。


 本来なら最低二人の交代要員がいて、定期的に守備を入れ替わるのが順当なのだが、そうしたシフトも組めないほどに当代四天王は機能不全に陥っていた。


 火の四天王バシュバーザ。

 風の四天王ゼビアンテス。


 この二人がまったく働こうとしない限り、残る二人が倍働かなくてはならない。

 その不均等な状況は、そろそろ限界を迎えようとしていた。


「………………ドロイエよ」


 沈思黙考の末、ベゼリアが言った。


「バシュバーザとゼビアンテスに連絡を取ろう。彼らにも要塞防衛を手伝ってもらわないと」

「言って聞くような連中なら、今日まで何の音沙汰もないなんてありえないだろう。ゼビアンテスに至っては所在すらわからん」


 発足直後は新進気鋭と期待の高まった新四天王であるが、今や名声は地に堕ちていた。


 血統しか取り得のないバシュバーザ。自由奔放すぎるゼビアンテス。


 当代四天王の評価が壊滅的なのは、特にこの二人によるところが大きい。


「協力に応じないなら魔王様に直訴し、彼らの罷免を訴えるんだ。その前段階として要請してもいいだろう」

「ダメだ。仮にも魔王様より信任を賜った私たちみずから同志を廃そうとするなど、あまりに恥知らずではないか。今ある戦力で要塞を守り抜く。それが四天王の務めだ」


 このあまりにも真面目なドロイエの性格が、彼女の美徳であり同時に脆さでもあった。


 しかしこのままでは確実に崩壊が見えているとベゼリアは頭を抱えたが、わずか数日後、思わぬところから事態の急変がもたらされる。


 現役四天王バシュバーザの、死亡である。

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