86 両雄、辞去する
戦い終えて俺はラクス村へと戻ってきた。
いとしい妻と息子に迎えられ、帰ってきたことを実感。
とはいえ今回の事件が残した爪痕は大きく、地表施設がすべて焼失したミスリル鉱山の立て直しにラクス村も協力しなければなるまい。
仕事は山積みで、これから一層忙しくなることが予想された。
「それでだが……」
まず問題の一つに当たらねばならなかった。
それはけっこうプライベートに関する問題だったが……。
意気消沈したグランバーザ様が元気を取り戻さないのだ。
何しろ今回の騒動の元凶が実子であるバシュバーザ。
思い上がりと不見識の限りを尽くし、挙句自滅に近い形で死んだ。
一人息子を喪った悲しみばかりでなく、その一人息子がどうしようもないバカ息子に育ってしまった悲哀。
すべては自分の教育が悪かったのだと自分を責めておられるのだろう。
とりあえずはミスリル鉱山から我が家へ連れ帰り、客間にて休んでもらっているが。
このまま魔族領に帰すのは危うい気がした。
「なんとかしてここでグランバーザ様を励まし、ある程度元気になってもらいたい」
「そういうものか?」
「というわけでアランツィルさん、なんかいい意見ありませんか?」
「私に聞くのか!?」
先代勇者のアランツィルさん。
俺から話を振られて困惑。
「だって今いる中であの方と付き合い長いのって俺かアナタでしょう?」
「長いとは言っても、敵同士としての付き合いだぞ! 『今度会う時は絶対殺してやる』とか互いに思ってたんだぞ!?」
「それでも何かしら感じ取れることはあったでしょう!? その時の感覚を今、甦らせて!!」
「無理無理無理無理! ダリエル、そういうキミこそ頼みの綱なんじゃないか!? それこそ十数年アイツの副官として二人三脚でやって来たんだろう!? 以心伝心で来てるんだろう!?」
「所詮俺なんて部下でしかないんですよ! 『主の心配など身の程知らずが』って怒られそうじゃないですか!」
「言いそうだなあアイツ……!」
「でしょう! だからライバルとして対等の立場にあったアナタの力を、是非!」
傍から見ると困難なミッションの押し付け合いにしかなっていなかった。
傍観する連中の『やっぱコイツら血の繋がった親子だな』って表情が痛々しい。
とにかく意気消沈のグランバーザ様をこのまま放置しておくことは胸が痛み過ぎるので何とかしたいが、その妙案が浮かばない。
何しろデリケートすぎる問題だから。
どうしていいかとアランツィルさん共々頭を抱えていると、当のグランバーザ様が部屋から出てきた。
「「ひぃッ!?」」
「どうしたのだ二人とも? ヒトをゴーストのように見て?」
冗談めかした口振りだが、やはりグランバーザ様の表情は暗い。
一人心の中で、自責と後悔を反芻していたのだろう。
「ふふッ……、生き物とはしっかりしたもので、心が落ち込んでいても腹はすくし喉も渇くらしい。水を一杯貰おうと思ってな」
「はいはい! はいどうぞ!!」
俺は慌ただしくコップの水を差し出す。
それをゆっくり、口をつけて少しずつ啜る。
コップから口を離しても、中の水は半分も減っていなかった。
「……ダリエル、私を見縊るなよ」
「は、はい……!?」
「たしかに今回の一件は痛恨事だった。私のこれまでしてきたことのすべてが否定されるほどの。……だがな、それで潰れてしまう私ではない」
グランバーザ様は、まだまだ弱っていたが、それでも折れない芯の強さを滲み出す。
「バカ息子が空けた穴を埋め合わせるためにも、この老骨に鞭を打たねばな。まず事の仔細を魔王様に報告して謝罪し、許されればバカ息子に代わる新たな四天王を選抜せねば。そのあと、バカ息子が滅茶苦茶にした魔王軍の立て直しにも尽力したい……!」
それがただ、心に受けた傷の痛みを多忙で忘れようとしているのだとしても、それがグランバーザ様を癒す唯一の手段であるなら、それもいいと思った。
やっぱりこの人は、引退しても走り続けなければならないように出来ているんだ。
「そういうわけでダリエル。私はそろそろお暇させてもらおうと思う」
「え……ッ?」
もうですか? もう少し落ち着いてからの方がいいんじゃ……!?
「本当はもっと早く帰るつもりだったのに、気づけば長く留まり過ぎた。ここは居心地がよすぎる」
「まったくだな……」
そう言って話に加わったのはアランツィルさんだった。
「ここにいると、何十年という我が人生を支配してきた闘争心や、憎しみが、しおれて消えていくようだ。殺し合うだけだったお前とも、こうして馴れ合える」
「本当に、お前とこんなに和やかに過ごせるなど思ってもみなかった……!」
かつての宿敵同士は、歴戦で分厚くなった互いの手を握り合った。
「お互い引退したのだ、新しい関係を築きあっていこうではないか」
「同じあの子の祖父として……」
雰囲気を察したのか、マリーカが息子グランを抱き上げてやってくる。
お昼寝中のグランだったが、ここはお祖父ちゃんたちのために気張ってもらおう。
赤ちゃんは、二人の英雄の腕の中を渡って、再び母親の下に戻った。
「ダリエル、私もそろそろ失礼しようと思う」
「えッ!?」
アランツィルさんの唐突な発言に、俺衝撃。
「な、なんで……ッ!? アランツィルさんは特に用事もないでしょうに……ッ!?」
「ははは、そりゃあもう引退した暇人だからな。それでも、ここにはちょっと立ち寄るつもりで来たんだ。あとを託した新人の成長ぶりを確認するために」
そこで、彼の人生すべてをひっくり返すような出来事が待っているなど予想しえただろうか?
「グランバーザの呪炎はまだ完璧にこの体から抜けきっていない。治癒師からやっと数日許可を貰っての外出だったのだが、期日はもうとっくに過ぎている」
「それは……ッ!?」
「それに中央で色々やっておきたいこともできたしな。……レーディ」
「はは、はい」
呼ばれて畏まる現役勇者。
「お前がここでの修行を続けていきたいというなら、私がセンターギルドを説き伏せておこう。心行くまで鍛えてくるがいい。ダリエルの下であれば最強の勇者となれるはずだ」
「はい、必ず!!」
……俺にとってもこの出会いは、凄まじい意味を伴うものであるに違いない。
実の父親。
いるはずがないものと思っていたものが、実際はいた。
しかも最強の勇者であった。
その事実に俺はまだ実感を伴わず、父たる人にどう接していいかもわからない。
大体俺ももう自立した大人で、親の保護も必要ない歳だし。
どうしていいかわからないけど、とりあえず去るというこの人と固く抱擁しあった。
続いてグランバーザ様とも。
「案ずるな、またすぐに遊びに来るさ。暇を見つけて必ずな」
「その時は孫に山ほどのお土産を用意してこよう」
何か明日にでもまた来そうだなという雰囲気を残して二人は去っていった。
歴史に名を刻む、何処までも壮大なる二人が。
何処にでもある田舎村には恐れ多すぎるぐらい大きな二人であるが、また遊びに来てもらえればと切に思うのだった。
「あー、重苦しいのが帰ってくれて心が軽くなったのだわー」
「やっぱり圧迫感というか緊張感があるよねー」
そして二雄帰宅のあと、ゼビアンテスとレーディが心底解放されたような顔つきになっていた。
コイツらも早く帰ってくんねえかな。