85 バシュバーザ、地獄に落ちる(四天王side)
バシュバーザは目覚めた。
「へッ?」
そしてわけがわからなかった。
彼の脳中に、直前までの記憶はたしかにある。
ダリエルの放った巨大光剣。
その中に我が身飲み込まれ、跡形もなく消滅したはずだった。
自分自身が。
では、ここにいるバシュバーザは一体何なのか。
この世から消えたはずの自分がいる場所は……。
「冥界……なのか……?」
語り継がれる死後の世界。
ここがそうだというのか。
「いんやー、違うよ?」
「へぅいッ!?」
「ここはまだこの世だよ、辛うじてね」
唐突に浴びせかけられる声にバシュバーザは恐慌する。
「誰だッ!? 何者だッ!?」
慌てて周囲を見渡す。
すると眼前に、目と鼻の先に、壁のように巨大なものが立ちはだかっているのがすぐわかった。
「お前は……ッ!? いやアナタ様は……ッ!?」
「へろー」
壁と見紛う巨漢。
それがバシュバーザを見下ろしていた。
「魔王様ッ!?」
「そうです、ぼくちんが魔王です」
バシュバーザは恐れおののきつつ二、三歩後退。
そして周囲を見渡してやっと気づいた、自分がいるこの場所の見覚えに。
「ここは……!? 魔王の間!?」
魔王城最上階。
全魔族の主である超越者、魔王の在所にして天高き玉座。
そこにバシュバーザはいた。
「でもなんで……!?」
バシュバーザの最後の記憶が残るミスリル鉱山は、ここ魔王城からはるか遠くに離れている。
普通に歩けば数日以上かかるはずだった。
自分の体、塵も残さず消し去られた事実と合わせて……。
不可解なことだらけだった。
「ちっとも謎じゃないよーん」
「!?」
まるで心を見透かすかのような魔王の発言。
「キミねえ、この魔王の力をとことん舐めてるみたいだねえ。とんとことことん舐めてるねえ」
「と、言いますと……!?」
「ぼくちんの千里眼をもってすれば、遠くでわちゃわちゃしてるキミらのケンカも手に取るように覗くことができるし、原子レベルで消滅したキミを蘇生魔法で元通りに再構成することもできる」
「……ッ!?」
「そして転移魔法で、ミスリル鉱山からここまでキミを呼び寄せたのさ。……どうだい? どれも理に適っていて少しも不思議じゃないでしょう?」
「……ふ、ははは……!?」
不思議ではないと言うが、バシュバーザは驚愕と混乱に、肺から空気を漏らし出すことしかできなかった。
魔王の所業。
すべてが非常識すぎて超越しすぎている。
魔王城からミスリル鉱山までの遠距離を見渡す千里眼など使える魔族はいないし、蘇生魔法などというものは、そもそも存在自体ない。
死んだ者は何があろうと甦ること能わず、ましてバシュバーザは塵一つ残さず消滅させられた。
それを復活させられるとなれば、もはや不可能はないと言っていい。
加えて自分自身ではなく、遠く離れた他者に有無を言わさず作用する強制転移。
「偉大なる……、偉大なる魔王……!?」
バシュバーザは、その時やっと魔王の強大さ万能さを思い知った。
それまでは、ただ周囲が崇めているので何となく自分も傅いている程度でしかなかったが、今やっと魔王の恐ろしさを体感で思い知った。
「さて無能くん? ぼくちんに言うことがあるんじゃない?」
「ははッ! このボクをお救いくださり本当にありがとうございます!!」
バシュバーザ復活。
その事実も、だんだんと本人の体を這いあがってくるように実感が伴う。
切り抜けた。
あの恐ろしい危機を過ぎてバシュバーザは命を残したのである。
安心感と共に優越感も湧いてきた。
自分は魔王によって救われた。つまり魔王は自分の味方なのだと。
魔族にとって魔王こそが正義とするなら、バシュバーザは最高の後ろ盾を手に入れた。
その力をもって憎き者どもを……、ダリエルや実父グランバーザを今度こそ焼き殺してやる。
バシュバーザに希望と野望が浮かぶ。
「無能くん、何故ぼくちんがキミを復活させたかわかるかい?」
「ははッ!!」
バシュバーザは、もはや自分が無能呼ばわりされることすら意に介さなかった。
魔王こそ我が主であると認識に刻み付けられたから。
「それはもちろん、ボクが魔王様の忠実なしもべであるからです。甦らせていただいたこの命、魔王様のために粉骨砕身で使わせていただきます」
「あー、違う違う」
「へ?」
「キミを復活させたのはね。ぼくちんの手でキミを殺すためなのさ」
「えッ?」
ばちゅん、と。
水気を大きく含んだ破裂音と共にバシュバーザの上半身が爆ぜた。
下半身だけが原型を残し、周囲は弾け飛んだ血と、細切れになった内臓が、無惨にばら撒かれている。
「…………」
魔王はその残骸に向けてパチンと指を鳴らし……。
……そうとしたが、鳴ったのは指紋を擦り合わせる無様な音だけだった。
「あれえ? 上手く鳴らない? 何千年と練習してるのにこれだけはできないなあ?」
一方で、それを合図に粉々の肉片は、時間が巻き戻るように下半身の上へ飛び戻っていき、破片を繋ぎ合わせるようにしてバシュバーザ蘇生。
「あばあッ!? はあッ? はあ……ッ!? 一体……ッ!?」
死と再生を再び繰り返したバシュバーザ。
そのおぞましさに血の気が引いていた。
「無能くん、キミは弱い者いじめは好きかい?」
「はッ?」
「いかにも好きそうな顔してるよねえ。だからダリエルくんを散々いびった挙句に追放しちゃったんでしょう? 感じ悪いよねえ、気分悪いよねえ?」
魔王は、ニヤついた表情を少しも変えない。
「ぼくちん弱い者いじめ大っ嫌いだよ。ヒトが泣いたりさあ、痛がってるところを見ると胸が痛むじゃん? それが真っ当な心の仕組みじゃん? 罪もない子が苦しむののどこが楽しいの? ああいうのを見て喜んでるヤツは心が歪んでるよね?」
「魔王様…ッ!? 一体……ッ!?」
「でもね、痛めつけたり苦しめたりしていいヤツが、一種類だけあるんだよ? 何だと思う?」
「あ、あの……ッ!?」
「悪者さ」
その瞬間、今度はバシュバーザの両腕が弾け飛んだ。
絶命まで至らなかったので痛みに泣き叫ぶ。
「おぎゃあああああッ!? ぐえええええええッ!?」
「あっはっはっは愉快愉快、キミのような悪者が報いを受けるのは本当に楽しいねえ。因果応報、勧善懲悪ってヤツ? 世の中の正しさを示すのはスカッとするなあ」
消し飛ばされた腕も、すぐさま再生して元通りに。
バシュバーザの脳裏に恐ろしい仮定が浮かんだ。
もしかして自分は、こうして永遠に魔王の玩具として嬲り殺しにされていくのかと。
「魔王様! お許しください! 反省します心を入れ替えます! だから!!」
「チャンスなら、ダリエルくんやグランバーザくんがたくさんくれたでしょう? キミはそれを全部無駄にした」
魔王は、指を振る。
それに呼応して、魔王の間の床に大きな穴が開いた。
底が見えない、ただただ暗いだけの穴だった。
「永遠に生きるってねえ、意外としんどいんだよね。退屈に押し殺される。死なないのに」
「助けて! 助けてください!」
「それで仕掛けた退屈しのぎが、勇者と四天王の争いさ。アレはなかなか手に汗握って、時間を忘れさせてくれる。……それとは別のプランでね」
暗く黒い穴の底。
ボツボツと小さな斑点が浮かび出した。
赤い斑点が。
「キミのような悪者に罰を与えて、スカッとする娯楽もあるのさ。見てごらん、この穴の下を」
「これは……ッ!?」
「キミの先輩たちだよ」
赤い斑点のように見えたものは人だった。
どれだけ深い穴の底なのか。斑点のように小さな人が無数にもがき苦しんでいる。
赤いのは、その身が紅蓮の炎に包まれているからだった。
生きながら焼かれ、それなのに燃え尽きることがないので永遠に焼かれて苦しむ。
「過去数百年の間、キミのように罪を犯した四天王たちさ。ぼくちんから罰を与えられ、ずっと焼かれて苦しんでいる」
「地獄……、地獄……ッ!?」
「ああ魔族だけじゃないよ? 中には人間の勇者も……、名声だけを目当てに魔王討伐に乗り出し、仲間を見殺しにしてぼくちんの下まで来たような下衆もここで焼いてある」
バシュバーザの言う通りで、その光景はまさに地獄だった。
穴の底にいた亡者たちが、いつの間にか穴の縁まで這いあがっていた。
そして手近にあったバシュバーザの足首を掴む。
「ぎゃびいいいーーーッ!?」
「ほら、先輩たちもキミを歓迎しているよ?」
引きずり込まれる。
亡者たちによってバシュバーザも穴の底に。
お前も亡者となれとばかりに。
「魔王様! お助けください! お助けください!! ボクが間違っていました! だからあああーーーッ!!」
「穴の底で苦しむ様を見せてくれ。罪ある者が報いを受ける最高の寸劇。時たまぼくちんが暇潰しに眺めに来てあげるからねー?」
「いやだああああああーーーッ!? やだあああああああーーーッ!?」
引きずり込まれる。
バシュバーザは抵抗し、必殺の火炎魔法を放つが意味はなかった。
亡者たちはさらなる魔法技術によって即座に解呪してしまうからだ。
「うひいいいいーーーッ!?」
この亡者たちが、過去魔王の怒りに触れて地獄に落とされた歴代四天王であることは事実だった。
バシュバーザなど問題にならない魔法の使い手がワラワラといる。
「やだ! やだ助けて! いやだあああああッ!?」
大理石の床に指を突き立て踏みとどまろうとするが、引きずり込む力の方が強い。
生爪が剥がれ、床に左右五本ずつの血の筋ができる。
バシュバーザの体に足から火が燃え移り、全身炎に包まれる。
「あああああ熱いいいいいッ!? 助けていただあああああッ!! 父上ダリエルお願い助けてええええッ!!」
哀願の咆哮を上げながら、結局バシュバーザは穴の中に引きずり込まれた。
閉じた。
これから先、彼は彼の同類共々地獄の業火に焼かれながら、みずからの罪を悔い続けるのだろう。
その異空間を創造した魔王が死に、消え去るまで。
「うふふ……」
これが魔王の暇潰しであった。
永遠を生き、時の経過に何も感じなくなった魔王には新鮮な退屈しのぎこそが何より重要なのであった。
勇者も、魔王軍も、魔獣やミスリルですらもそのための小道具なのかもしれない。
「でもしばらくは、もっと面白い退屈しのぎが見られそうだよ。……ねえダリエルくん? ぼくちんを楽しませてくれるよね?」






