84 戦い、終わる
風魔法によって遠くに飛ばされた俺は、戻る時には自分の足で歩かなければならなかった。
しかしそれほど時間も労力も要さなかった。
思ったほど離れていなかったらしい。
「ダリエルさん!」
戻ってきた俺を、レーディ始め多くの冒険者が迎えた。
歓声をもって。
「凄えええーーーーーッ!! やっぱアニキは凄えぜえええーーーーッ!!」
「滅茶苦茶しすぎてビビるのだわ! もうわたくしとは敵対しないでほしいのだわ!!」
「まさに村長こそ古今無双の英雄! 拙者、御見それいたした……!!」
「って言うか強すぎてドン引きですよね……!」
以上。
冒険者たちの反応は、まさに勝利を祝う喜びに満ち溢れて、興奮していた。
それ以外の不純物もなかった。
そういった歓迎を浴びせられ、俺は奇妙な疲労感を全身に感じた。
体力的に疲れているわけではない。
あの巨大オーラ刀はたしかに大技だったが、それでも体力を搾り尽されるほどでもなかった。
必要なら今からでも二撃、三撃と放つことができる。
しかし疲労感はあった。
体ではなく、心が疲労している。
その理由は……。
「……」
俺の前にグランバーザ様がやって来た。
本当は、ヤツと共に命のけじめをつけるつもりだった御方。
俺と向かい合い、互いの手が届く距離まで近づいて……。
「グランバーザ様、申し訳……、グッ!?」
俺は言葉を中断した。
殴られたからだ。
グランバーザ様の拳が俺の顔面に叩きつけられた。
「ッ!?」
「何をッ!?」
周囲は騒然としたが、俺が即座に手を挙げ制する。
「いいんだ、騒ぐな……!」
「でも……!?」
「いいから……!!」
重ねて周囲を押しとどめる。
実際殴られても大したことはなかった。
力は弱く、俺は殴られても一歩も下がらずに済んだ。
「どうして……、一緒に死なせてくれなかった……!?」
グランバーザ様は震える声で言った。
「どうして責任を取らせなかった……!? これでは私は、罪を犯して償うことのない……! アイツだけを一人逝かせて……!」
「すべて俺の我がままです」
俺は答えた。
「アナタに死んでほしくなかった」
その言葉をきっかけに、グランバーザ様の張り詰めていた糸が切れた。
力なく膝を地面に付く。
「すまない……、ダリエルすまない……!」
俯いて地を見詰めたまま、グランバーザ様は『すまない』を繰り返すばかり。
俺も一緒に膝を折って、沈むグランバーザ様を両腕で包み込んだ。
先代勇者アランツィルさんも背後から肩に手を置いた。
永年の宿敵の肩に。
「………………」
やはりグランバーザ様にとって、バシュバーザは愛すべき息子だったのか。
人材としてはどうしようもないクズだった。
プライドだけが大きく、自分だけが正しいと信じ、他者を無条件に否定する。
そんな人材が、血統と縁故だけで責任ある立場に就くことこそ組織の悲劇。
バシュバーザは存在自体が悲劇だったが、それでもグランバーザ様にとっては血の繋がった息子だった。
ただ育ててもらっただけの俺とは違う。
謝罪がやがて嗚咽に変わっていった。
歴代最強の四天王が泣いた。
息子を失うということは、それだけ大きな出来事ということ。
俺はこの先、きっと死ぬまで、『ここでグランバーザ様を一緒に死なせてやらなかったのは正しいことだったのか?』と自問し続けるのかもしれない。
「……あッ!?」
その時だった。
誰かが声を上げる。
「皆……! 空を、空を見て!?」
その声に引かれて皆が見上げる。
そこには抜けるような青空があった。その青の上に、真紅の光が集まる。
「なんだあれは……!?」
真っ赤な、無数の粒子が一点に集合していった。
粒子は集まるほどに大きくなり、やがて意味ある形を成していく。
巨大な竜のシルエットを。
そして充分に再生が済んで顕在化したのは……。
「炎魔獣サラマンドラ!?」
バシュバーザが吸収したはずの魔獣が復活した。
バカな、俺の光剣で消滅したはずじゃないのか!?
宿主となったバシュバーザと共に。
「……それが魔獣なのだ」
グランバーザ様が、嗚咽を噛み殺していった。
「ヤツらは死ぬことがない。消滅してもああして再生し、数百年の時を生きてきた」
俺たちは身がまえた。
復活した以上、あの魔獣ともう一戦交えることもありうるからだ。
でも魔獣は、再び俺たちに牙を剥くこともなく、むしろ俺たちなど歯牙にもかけぬという風に踵を返し、遠くの空へと飛び去っていった。
「無関心が全動作から匂い立つかのようだわ……!?」
「使役魔法によるバシュバーザからの影響が消えた今、そんなものだろう。ヤツらにとって、地上に這いずる人間族も魔族も、気にかける価値もない小物なのだ……」
……。
解き放たれ自由になった炎魔獣に対して、俺たちが再び戦いを挑んだとして勝てるだろうか?
バシュバーザと繋がっていたヤツは、バシュバーザの臆病さ慢心をも共有していた。
それが魔獣本来の強さに、それなりの制限を掛けていたと考えられる。
「これで……、終わったのか?」
四天王バシュバーザとの戦いが。
何も得るもののない、実りなき戦いだった。
だから勝っても何の達成感もなかったし、虚しさが胸の中を吹き抜けていくかのようだった。
「何も得るものがなかったか……」
「そうとも言えん」
気づいたら、俺のすぐ隣にアランツィルさんがいた。
グランバーザ様はしばらく一人になりたいのだろう。とにかく今はこの二人で終わった戦場を見渡す。
「キミが最後に放った技、凄まじいものだったではないか」
「ああ……」
バシュバーザを消滅させたあの光剣のことか。
ヘルメス刀に限界までオーラを込め、武器に伝わらせるのではなくオーラそのものを刃のように噴出する。
可視化したオーラが光の剣のような様相を帯び、触れるものをなんでも消滅させる
とにかくヤツの内部に圧縮された魔獣エネルギーを消し去ろうと、ほぼフィーリングによって出てきた剣だが、まさかあれほどちゃんとした形になるとは。
「……俺の実力じゃないですよ。このヘルメス刀が性能分の働きをしてくれたんです」
「それでも実現させたのはキミの技術によるものだ。オーラの塊として『裂空』のような見た目だったが、『裂空』のように飛ばすのではなく剣のように安定させるとは、もはやオーラの扱いは私を超えているかもしれんな」
「いやいや……」
それがこの戦いで残った成果か。
あまり心躍るものではないが、何もなかったと思うよりは心が健康になれる。
アランツィルさんの気遣いと思って素直に受け取っておこう。
「キミが創造した絶技に、私から名を贈りたい。オーラの塊として『裂空』の面影を示しつつ、我が奥義『凄皇裂空』をも超える威力……」
しばし考え込むような素振りを見せて……。
「『絶皇裂空』というのはどうだろう?」
「……」
『絶皇裂空』。
その新技が、今回唯一獲得できたものか。
まあ、皆が無事凌ぐことができたのも最大の成果と考え、満足しておこう。






