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81 ダリエル、合流する

 俺がバシュバーザをボコボコにして数刻。

 最後には体を胎児のように丸めて動かなくなるバシュバーザだった。


「ごめんなさい……、ごめんなさいいいいい……!」


 と繰り返し呻くばかりだった。

 心が完全に折れている。


「やりすぎたかな……?」


 思わないでもなかったがヤツの普段からの行いを鑑みるに、この程度のお仕置きはやっぱ不可欠だろう。

 もう少しぶん回してやろうかなとも考えたが、遠くの方で何やら大轟音が起こったので、そちらに気を引かれる。


「……? 何かあった?」


 しかもその音がしたのは、俺がさっきまでいたところの方角からじゃないか。

 炎魔獣とも戦いを押し付けてきちゃったが、何か状況に変化があったか?


「…………」


 バシュバーザはもう充分心がバッキバキになっていたので、『これぐらいでいいや』と思った。

 コイツの足首を掴み、地面を引きずりながら来た道を逆に辿る。



 現場に戻ってみると、想像してたよりも豪快な景色が広がっていた。


「おお……!」


 倒れ伏す炎魔獣サラマンドラ。

 致命傷でも食らったのかピクリとも動かない。


 その上に、多くの冒険者たちがよじ登って勝ち鬨を上げていた。


「勝利なのだわー! わたくしが加わって負けるはずがないのだわーッ!!」


 ゼビアンテス?

 なんでアイツが一番はしゃいでいる?


「ダリエルさん!?」


 戻ってきた俺に気づいて、駆け寄ってきたのがまずレーディだった。


「やりました! アナタの期待に応えて炎魔獣サラマンドラ! 皆で討ち取りました!!」


 お、おう……!?

 よほど勝利の高揚が激しいのか、普段生真面目なレーディまで浮かれ気味だった。


「最後の決め手になった一撃が、本当にもー上手く行って! ゼビアンテスの魔法と私の剣が、上手い具合に合体したんですよ!!」


 え? 合体?


 本来敵同士である勇者と四天王の合体技?

 一体なんのこっちゃ!?


「いや、私から見ても鮮やかな手際だった」

「アランツィルさん!?」


 アナタまでベタ褒めとはいったいどんな事態!?


「元々あの炎魔獣には、体の隅々に至るまで炎の魔力が充満していた。外部からの攻撃が体内に入るなり、その魔力ですべて焼き尽していたらしい。だから体内まで深刻なダメージが入らず、異様なタフさの原因となっていた……!」

「は、はあ……!?」

「しかし、どんな炎でも消してしまう真空の刃に『裂空』を合わせた真空斬撃なら、炎魔獣を構成する炎の魔力を消し去りながら身を引き裂くこともできる」


 その理屈で、炎魔獣の喉笛を深く引き裂くことができたのか。


「いやでも……、でも……!?」


 よりにもよって宿敵の勇者と四天王が力を合わせたとは……!?

 いいんですか?

 なんか大事なものが根底から覆された気分なんですが……!?


「それに、まさか倒してしまうとは……!」


 喉笛パックリ裂けて横たわる炎魔獣を見上げる。


 俺としては皆が炎魔獣を食い止めているうちにバシュバーザをボコって、魔獣使役の魔法を止めさせようというプランを立てていたんだが……。

 そうするまでもなかったとは。


 ……なんか一番重要なところに尽力できなくてすみません。


「いや、ダリエルの果たした役割も重要だったろう」


 そう言ってくれたのはグランバーザ様。

 隣にアランツィルさんも並んでやってくる。


「現在、炎魔獣サラマンドラは精神でバシュバーザと繋がっている。ヤツらは互いの精神状況に大きく影響を受け合うということだ」


 俺が引きずってきた、失神中のバシュバーザを見やる。


「ダリエル、お前がバシュバーザを追い詰めて精神を揺さぶった。コイツの恐怖と混乱が炎魔獣にも伝わってきていたのだ」

「一時期から魔獣の動きがやけに鈍くなっていたが、原因はそれか……!?」


 え? まさかそんな影響が?

 まあいいか、俺も魔獣退治に多少なりとも役立てたのなら。


「じゃあ、コイツももう任務終了だな」


 俺が手をかざすと、魔獣の尾に絡まっていたヘルメス刀(鞭形態)が独りでに解かれ、短い基底形態に戻りながら飛び、我が手に還る。


「えッ? 何それ……!?」


 たった今、眼前で起こった現象にレーディなどが困惑していた。


「何かますます便利になってね、コレ」


 ミスリル坑道の奥で、あの謎の壁顔に遭遇してからかな。


 とにかく基底状態のヘルメス刀を懐に仕舞う。

 一つ一つ着実に片付いていく。


「次に片付けるべきは……」


 俺の視線が、眼下へ向く。

 皆の視線も、同じ場所に集中した。


 地面に伸びて倒れるバシュバーザを。

 ボコボコにされた現場から俺に引きずられて、地面に跡を描きつつ大の字に伸びている。


「……」


 実父であるグランバーザ様が、一瞬やりきれない表情を作ったが、すぐに息子へ向けてしゃがみ込む。


「バシュバーザ……、バシュバーザ起きるのだ……!」

「ごめんなさい、ごめんな……、ひゃあッ!?」


 いまだ俺に殴りつけられる悪夢にでもうなされていたのか、バシュバーザは飛び上がるように覚醒した。


「嫌だ! 痛いのは嫌だ! もうぶつけないで木に、もう……!? ……? あれ?」


 バシュバーザは覚醒して、様変わりした周囲を見回す。

 そしてもっとも目立つ巨大物に視線が釘付けとなる。


「……炎魔獣サラマンドラ!?」


 大地に倒れる魔獣に、バシュバーザは這い寄る。

 もはや立ち上がる体力も気力もない。


「バカなッ!? 最強最悪の魔獣が何故倒れている!? 起きろサラマンドラ! 起きて、ここにいる連中を皆殺しにしろおおおッ!!」


 主の必死の訴えにも、魔獣は指先一本動かすことはなかった。

 ピクリとも反応しない。


「応えろおおお!? 何故応えない!? それでも世界を滅ぼす力を持った四凶の一体かあああッ!? お前の恐怖の伝説はこけおどしかあああッ!? くそおおおおおおッ!?」

「よく見たかバシュバーザ」


 グランバーザ様が、どうしようもなく悲しい声をかけた。


「これが、本当の力というものだ。努力して培い、他者と信頼して束ね合う。それが本当の力だ。その力は伝説にすらなる魔獣をも打ち倒すことができる。それが本当の力だ」


 本当の力だと。

 グランバーザ様は噛んで含めるように何度も繰り返した。


「本当の力とは、時間を掛けて積み上げ、壮大な織物のように織り上げていくものだ。その過程を怠る者に本当の力は手に入らない」


 自分以外の何物かを利用して使う。そんな力は借り物の力でしかない。


「自分のものでない力を使って頂点まで登り詰めた者はいない。お前に足りないのは頂点にまで至る道を、自分の足で登っていく決意だ。過程を無視して、頂点の輝きだけに目を奪われた」


 それが歪みを発し、ついに歪みに押し潰された。

 そうして脱落していった者のなんと多いことか。


「魔王城に帰るぞ。そしてお前を正式に四天王から解任する。すべてをゼロに戻して最初からやり直す。それがお前のできるたった一つのことだ」


 グランバーザ様は、這いつくばる息子の肩に手を置こうとした。

 その手は、寸前にて振り払われた。


「煩い! 煩い煩い! ボクは負けてない!!」


 最後の力を振り絞って立ち上がる。


「ボクは英雄だ! 天才なのだ!! ボクは、この世界にいるすべての者を見下ろすために生まれてきたんだ! 人間族も、魔族も! 誰もボクを見下すことなんて許さん!!」

「ここまで来てまだわからんのか、お前が既に負けていることを」


 今、この場でいる中でもっとも惨めなのがバシュバーザだった。

 敗北しながら敗北を認められないのは、本当に惨めだ。


「お前の魔法では、今のダリエルにかすり傷一つつけることもできん。頼みの炎魔獣も倒れた。お前にはもう何もできない」

「そうかな……?」


 バシュバーザが不敵に笑う。


「言っただろう、ボクは天才だと……! 凡人どもには見えないものもボクには見えるんだ。凡人どもには踏み込めない領域にも、ボクは入ることができる……!」

「何を言っている……!?」


 緊迫した空気が周囲に広がっていく。


 勝利に沸き返っていた冒険者たちも、その張りつめた空気に気づいて振り返る。


「魔獣を従える禁呪……! それにはさらなる高みがあるのを知っているか……!?」

「何ッ!?」

「発見したのはボクだ……! ボクが天才だから気づけたのだ!! 魔獣使役の禁呪の、さらに先にある領域が! ボクはそこへ駆け登り、真の頂点に立つのだあああッ!!」


 バシュバーザは、自分の周囲に炎の渦を巻き起こす。


 俺たちを近づけさせないためか。

 しかしヤツの狙いは他にもあった。


「はあああああああッ!!」


 バシュバーザは、炎の渦をまといながら飛んだ。

 炎流の放つ熱気に、冒険者たちが煽られ避けていく。


 バシュバーザが天駆け向かう先は……。


 動かない魔獣。

 炎魔獣サラマンドラの下へ……!?

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― 新着の感想 ―
戦いを押し付けてきた自覚があるなら遊んでないでさっさと合流しとけよ
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