80 勇者レーディ、華を持たされる(勇者side)
炎魔獣サラマンドラを包み込む黒い炎。
それは先代四天王グランバーザの放つ極大魔法によるもの。
本来炎を支配する炎の魔獣が、炎に焼かれ悶え苦しむ。
「凄い……! 何なのあの黒い炎……!?」
「見ているだけで怖くてちびりそうなのだわ……!?」
戦いを見守るレーディ、ゼビアンテスですら恐怖を感じる熱さ。
「あれが最強四天王の操る地獄の炎だ」
安全圏まで後退してきた先代勇者アランツィルが言う。
心なしか息が乱れていた。それほど急いで逃げてきたのか。
「ヤツの究極魔法は、火勢自体が他を圧倒して凄まじいが、それだけに留まらず地獄の呪いを付加されている。罪なき者すら罪人として裁く無差別断罪の呪いだ。もうわけわからん」
「その呪いのために……、あんなに真っ黒く……!?」
「そうだ。あの黒炎を食らったらもう性質に関係なく、肉だろうと木だろうと鉄だろうと関係なく灰になるまで焼き尽くされる。呪いによって精神すらも……!」
だからこそ炎の魔獣であるサラマンドラにも充分に効く。
『業火』の称号を持つグランバーザ究極の炎は、同じ炎すら焼き尽くすのだ。
「あの炎をまともに浴びて生き延びられたのは、お前だけだったのだがなアランツィル」
必殺攻撃を完了したグランバーザも、一旦レーディたちのいる場所まで下がる。
「もう二度と食らいたくないがな。呪いの炎の後遺症が抜けるまで数ヶ月。地獄の苦しみであったわ」
「だからあんなに必死になって退避したわけか」
「煩い」
しかしもっとも驚くべきは、二大最強者の究極奥義を叩きこまれながら、その対象がまだ死んでいないということだった。
炎魔獣サラマンドラは、黒い炎に包まれながらもまだ立ち上がろうとする。
ついには咆哮と共に黒炎を消し飛ばした。
「なんたることだ……!? これが伝説の魔獣の力……!」
「私たちの奥義で絶命至らぬとは……! 老いて威力が衰えたせいだと思いたいが……!」
それでも炎魔獣、ところどころに火傷を負い、腹部にも痛々しい裂傷を刻まれ動きは鈍い。
「ダメージは充分に負っています。力は弱まり、動きも鈍くなった。あともう少しで息の根を止められるかもしれません。勝負はここからです!!」
レーディの号令に、周囲も感化されて士気が増す。
今こそ一気呵成に攻め立てる時。
「アランツィル様! グランバーザ様! 先陣をお願いします! お二人の力で魔獣にとどめを!!」
「「いや無理」」
「あれぇぇーーーーッ!?」
鬼神の強さを見せつけた先人二人。
しかしその勢いはもはやなく、力なく地面にへたり込んでいた。
「やはり老いたな……! 究極奥義を一発放っただけで息が上がってしまうとは……!」
「私も飛ばし過ぎて体力が尽きた。というわけで我らはここまでだ。あとは頼む」
その報告にレーディは恐慌した。
まさか一番頼りになる戦力が、ここでいきなり脱落とは。
「勘違いするなレーディ。この戦いの主役は我々ではないぞ」
「えッ?」
「忘れるな、我らはもう引退したのだ。元勇者で元四天王だ。今の勇者は他でもないレーディ、お前なのだ」
当の先代勇者に言われ、言葉の重みがズッシリ肩にのしかかる。
レーディの両肩に。
甘えを叱り飛ばされたような気分になった。
可憐な美女の表情に、厳しい決意が浮かぶ。
「申し訳ありません。私は、自分の務めを忘れかけていたようです」
「思い出したならいいさ。進め。こんな遺物どもにかまわずな」
抜刀し、剣の切っ先を天に向け叫ぶ。
「総攻撃! 先人たちが充分弱らせてくれた魔獣にとどめを刺します!!」
今の時代の代表として……。
「今! この世界を守っているのは私たちです! この危機を打ち砕くのは私たちの義務です! その務めをしっかり受け継いだことを、偉大なる方々にお見せするのです!!」
「「「「「おおおおぉーーーーーーーーッ!!」」」」」」
勇者の勇気は伝播する。
心の奥底に湧き起こる力を感じた冒険者たちは、逃げるよりも速い脚力で魔獣目掛けて殺到する。
ダメージで機敏に動けなくなった魔獣は、対処できずに冒険者を次々懐へ入れてしまい、全力攻撃を連続で叩きこまれる。
「羨ましいな……!」
その様を見て、グランバーザは言った。
「ダリエルだけではない。人間族の次世代の、なんと頼もしきことか。実子の育成にすら失敗した私には一際眩しく見える。……なあ、ゼビアンテス?」
「はいなのだわッ!?」
同じ魔族側として名を呼ばれるゼビアンテス緊張。
「本当に不安だ。我ら魔族の未来は、人間族のように輝いているのだろうか?」
「そんなの輝いているに決まってるのだわ! 無能はバシュバーザだけで充分なのだわ!!」
「ではお前も行け。魔族の次世代の強さを示せ」
「えー、でも……? さっき言ったように風魔法だと相性の不利が……!?」
「相性の不利有利を技術で覆すのが真の魔導士だろう。……仕方ない、この老いぼれが長く生きた分だけの知恵を授けてやろう」
「はいだわ?」
その間もレーディは仲間たちと共に攻め立てる。
休むことなき徹底的な攻勢だが、それでもまだ炎魔獣サラマンドラは倒れない。
冒険者たちはそれぞれ渾身の必殺攻撃を代わる代わる浴びせているというのに、しっかりとした手応えもあるというのに、それでも火竜は倒れない。
「なんて生命力なの……!?」
レーディも『裂空』を絶えず装甲薄い腹部へ放っているのだが、何発命中しても表皮が弾け飛ぶばかりで致命傷になる様子はない。
先人二人の必殺攻撃で動きは鈍くなって、全面攻勢に出られるようになったが、最後の一押しにまでなかなか至らない。
「早く……! 早く死んでくれええ……! こっちの体力がもたねえ……!」
「魔獣が体勢を整え出したぞ! 全員退避ーーーッ!?」
周囲の冒険者たちも悲鳴のような文句もところどころから聞こえる。
せっかく駆け抜けようとしたのに、あまりの道のりの遠さに脚力が鈍る。
「ダメだ……! このままじゃ押し返されちゃう……!?」
レーディですら勢いを失いそうになった、その時……。
「よさこいだわ!」
ゼビアンテスが駆け抜けていった。
みずから最前線に立って火竜と対峙する。
「ゼビアンテス!? 今さら何しに来たの!?」
「もちろん同僚の不祥事を清算しに来たのだわ! 最後はこのわたくしが華麗に決めて魔族の強さを証明するのだわー!」
そのまま果敢に風魔法を放つ。
巨大な炎魔獣へ向けて。
「ちょっと!? 風魔法は炎の魔獣に効かないんじゃ!?」
それどころか、新鮮な空気を吹き込み火勢を盛んにするのでは、逆に炎魔獣を活性化させかねない。
「心配ないのだわ! 秘策ありなのだわ!!」
当人の言う通り、命中した風魔法は、炎魔獣が起こす炎を消し去っていく。
「グランバーザ様のアドバイス通りなのだわ! これなら炎に対抗できるのだわ!?」
「えッ!? 何どういうこと!?」
「今放ったのは……、風魔法の一種、真空を作り出す魔法なのだわ!!」
真空とは、空気も何もない無の空間のこと。
燃焼させるために必要な酸素もなくなるので、どんな炎も消え去るしかない。
「真空展開魔法は風魔法の中でも高難易度だから、四天王であるわたくしだからこそポンポン使えることを理解してほしいのだわ! さすがわたくしなのだわー!」
「それはいいけど、なんかしょぼくない?」
ゼビアンテスの放つ真空のカッターというべき飛び道具は、それほど大規模なものではなく、命中しても産毛二、三本を剃り飛ばす程度のものだった。
それこそ投げナイフ程度のものだろう。
「だから高難易度と言ったのだわ。いかに四天王のわたくしといえども、この規模が精一杯なのだわ」
「拍子抜けえええええええッ!?」
無論巨大な炎魔獣は、突く程度の小攻撃に何も動じず、反撃の体勢を着々整える。
「うわああああッ!? もう間に合わねえええ!?」
「逃げろ逃げろ! ブレスが来るぞおおおおッ!?」
攻めあぐねる冒険者たちも、ついに雪崩を打って逃げ散っていく。
サラマンドラが大きく息を吸う仕草を見せた。
それこそ炎のブレスを吹きつける直前の予備動作。
「これはヤバいのだわ! わたくしも逃げるのだわ!」
「待って!!」
疾風のごとく逃げ去ろうとするゼビアンテスの首根っこをレーディが掴む。
「何やってるのだわ!? ここに留まってたら二人仲よく美女の丸焼きになるのだわ!」
「その前に! 試したいことがあるの! もう一度真空刃を炎魔獣に向けて投げて!」
「はあッ!?」
今さらナイフのような真空刃を放っても、炎魔獣サラマンドラにさしたる影響は与えられそうにない。
しかし、問い返して詳しい説明を聞いている余裕もなかった。
あと数秒もしないうちに、二人が立ってる地点を含めた広範囲が火の海となる。
完璧に逃げ遅れて、生き残るには魔獣の攻撃を阻止するしかなかった。
躓かせるだけでもいい。あるいは致命傷を与えても。
「わかったやるのだわー! えーい!」
ゼビアンテスの手から放たれる真空刃。真空ゆえに色も形もなく見えないが、たしかにそこにある気配を察して……。
「『裂空』!!」
レーディはオーラの斬撃を放った。
ダリエルやアランツィルの『凄皇裂空』より遥かに小さな普通の『裂空』ではあったが。
それが先に飛ばされた真空刃に追いついて合わさり……。
「はあッ!? 真空刃とオーラの斬撃が……!?」
合体した。
真空の刃はオーラの塊によって無理やり拡張され、またスラッシュ(斬)の特性を付加され鋭さを増す。
「あらゆる炎を消し去る真空の特性を得たオーラ斬撃……! 名付けて『真空裂空』!」
「そのまんまなのだわ!」
「行けッ! 炎魔獣の喉笛を斬り裂けッ!!」






