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79 両雄、共闘す(勇者side)

 それは信じがたい光景だった。


 歴代最強と謳われた先代勇者アランツィル。

 同じく歴代最強と謳われた先代四天王の一人グランバーザ。


 同じ世代に生まれた最強同士は、それぞれの職務に従って敵味方に分かれ、何度も繰り返し戦い続けた。


 それらの戦いはいずれも激しく、後世の語り草になる名勝負も数え切れないほどあった。

 彼らいずれも歴史に名を残す英傑となれたのは、互いという好敵手を得たことも要因であろう。


 永遠の宿敵。

 どちらかが死ぬまで戦い続ける。


 そんな血生臭い英雄譚に彩られた宿敵二人が、戦場で同じ方向を向いているのだ。


「なんてシーンなの……」

「前時代の主役二人が、よりにもよって共闘する場面に立ち会えるなんて……!」


 上のレベルに行く者ほど、この異様さに震えることだろう。


 しかし、同時に納得もできた。


 過去の最強者が手を結ばねばならないほどに、向かう敵は強大で危険なのだから。


「レーディよ」

「ははは、はい!?」


 先代に呼びかけられ当代勇者、起立する。


「現役のお前があまりに情けないので、引っ込んでいるつもりだった老体が出張るぞ。恥じろ」

「ももも、申し訳ありません!!」


 勇者を継いだとはいえ、まだまだ若いレーディは百戦錬磨アランツィルに頭が上がらない。


「……しかし、まさかお前と共に戦うことになるとはな。しかも引退してからとは。人生とは本当にわからぬものだ」

「……私は面白がってはいられぬ」


 魔族側のグランバーザは沈痛な面持ち。


「そもそもの発端が、我が愚息の不始末ゆえにな。親の責任を取るため、私は無条件でこの戦いに参加せねばならん。老骨に鞭打ってでもな」


 かつての仇敵と肩を並べて、強大なる魔獣を見上げる。


「このバケモノは、我が息子の失敗そのもの。そして我が息子は私の失敗そのものだ。私は私の罪に決着を着けねばならん」

「そう深刻に気負うな。お前の不出来な息子は、今頃私の上出来な息子が片付けておることだろうよ」

「その息子は、我が最高の部下でもある。手塩にかけて鍛え上げた」

「それでも血の繋がりがあるのは私の方だ」

「何を?」

「あぁ?」


 共闘するというのにやっぱり険悪になる仇敵同士。


 しかもそんなことにかまわず狂暴な魔獣は、目の前にいる小さき獲物に気づいて迫る。

 とにかく目につくものは何でも捻り潰そうという凶暴さである。


「危ない! アランツィル様グランバーザ……様!? ケンカしている場合ではありません!!」


 レーディの呼びかけも無視して睨み合う二人へ、容赦なく火炎のブレスが吹きつけられる。

 大人二人容易く飲み込んで消し炭にしてしまうほどの火勢は充分にあった。


 その猛火が、老アランツィルと老グランバーザを飲み込もうとした直前。


「『燃え盛れ』」


 グランバーザの突きだす片腕から、同等に激しい火炎が噴き出した。

 炎同士が両極方向からぶつかり合い、互いを押し合う。


「炎で……! 炎を押し戻そうとしている……!」

「魔法の属性相性は重要だ。水は火に勝ち、火は風に勝ち、風は地に勝って、地は水を剋する……!」


 グランバーザが語る。

 火竜のブレスと純粋な力比べをしているというのに、少しも無理する様子がない。


「では、同属性同士での勝負となればどうなるか? 今のように炎と炎のぶつかり合いとなればな、それは……」


 グランバーザ、片手だけでなくもう一方の手を添えて、両手を火竜へ向ける。


「純粋なパワー勝負だ」


 噴出される火炎魔法が、火竜のブレスを完全に上回って押し返す。


 逆に大炎を頭から浴びる炎魔獣、熱さで苦しいのか悲鳴を上げて後退する。


「炎で炎魔獣にダメージを!?」

「それだけグランバーザ様の魔法が強力ってことなのだわ! いや、それ自体常識外れなんだけども!!」


 同じ魔法使いのゼビアンテスすら驚愕するグランバーザの力押し。

 しかも相手は、冒険者たちを寄せつけもしなかったサラマンドラの火炎ブレスなのに。

 逆らえぬ自然の脅威にすら思えたドラゴンが力任せに圧倒される光景は、見る者の常識を打ち砕く。


「人間族の領域で、魔族ばかりに活躍させるわけにもいかんな」


 先代勇者アランツィルが、いつの間にか元いた位置から大きく移動して火竜の足元にいた。


「いつの間に!?」


 誰もが、アランツィルの移動経過に勘付くことはできなかった。


「出たな……。アランツィルお得意の『ゴースト歩法』」


 宿敵グランバーザだけがニヤリと笑う。


 肝心の炎魔獣サラマンドラも、足元にいる小虫のようなものに気づいて、前足を振り下ろす。

 それがもっとも手早い対応なのだろう。


 しかし前足が地面を叩く寸前、アランツィルの体が陽炎のように揺らいだかと思うと消えた。


「えッ!?」


 虚しく地面を抉っただけのドラゴンの足。

 そのすぐ隣にアランツィルの姿があった。


「何なのだわアレ!? 幻影魔法なのだわ!?」

「そんなまさか!? でも一体……!?」


 門外漢のゼビアンテスどころか勇者レーディまで困惑する、不可思議なる歩法。

 炎魔獣サラマンドラは躍起になって前足を振るうものの、アランツィルの影を踏むことすらできない。


「いいかレーディ。オーラとはただ武具に込めるだけが使い方ではない」


 幽霊のように消えたり現れたりしながら、アランツィルは言う。


「このように足にオーラを込め、限界を超えた速度、複雑な軌道で『歩き回れ』ば、敵を攪乱し幻惑に陥れることも可能となる。これが我流『ゴースト歩法』だ」

「性格の悪い技だ……!」


 グランバーザが茶化すように言う。

 彼自身この独特な歩法に散々苦しめられた手合いなのだろう。


「その気になれば目に留まらぬ速さで走り回れるくせに、あえてほんの少し止まって残像を見せる。それで敵の目を引き、注意を分散させる……!」


 それが『ゴースト』を浮かび上がらせる理由。

 狙い通りに、本能だけで動く炎魔獣は見事アランツィルの術中にはまり、残像を追いかけ、頭を下げた瞬間……。


「『金剛鈷』」


 アランツィルの持つ武器で顎先を殴り上げられた。


 先代勇者アランツィルが好んで使う武具。何よりシンプルな棒であった。


 ダリエルの実父である彼は、父子似通ったオーラ性質を持っていて斬突打守すべての特質に最適性のある万能性質である。

 その最強者に相応しい性質をある程度適切に発揮するのは、シンプルな棒であった。


 刃もないし尖ってもいない。

 それでもアランツィルがその規格外のスラッシュ(斬)オーラを込めれば、巨岩をも両断できる利器となる。


「いいかレーディ、お前はこの炎という属性にだけ着目しているようだが、だからこそ倒し方が見出せんのだ」

「はッ!?」

「魔獣であろうと何だろうと、結局は生物。生物には、生命活動を維持するための急所がある。たとえばこのようなトカゲモドキは……!」


 顎を思い切り打ち抜かれた火炎竜は、脳震盪でも起こしたのか、フラフラ揺れて倒れ込んだ。

 仰向けにひっくり返って、無様に腹を出す。


「全身硬い鱗に覆われた爬虫類は頑健。硬い鱗に守られた部分を愚直に攻めても効果はない。ならば、鱗の柔らかい部位を叩けばいいのだ」


 仰向けに倒れ、天下に晒された腹。

 トカゲも蛇も、どんな爬虫類でも動きやすさを優先してか腹部は柔らかい。


 その弱点目掛けて……。


「『凄皇裂空』ッ!!」


 アランツィルは自身の究極奥義を叩きこんだ。

 オーラの塊を刃として飛ばす技『裂空』。その『裂空』を進化させより巨大より強力としたのが『凄皇裂空』。

 勇者アランツィルのオリジナル技だった。

 通常の『裂空』を遥かに超える大きさのオーラ斬撃を腹部に受け、火炎竜は痛み苦しみに悶え叫ぶ。


「おおおおーーーーーッ!?」


 同時に上がる歓声。

 初めて見る有効打に、冒険者たちの気勢も上がる。


 竜は吐血の代わりに炎を吐き出す。

 渾身の一撃を急所に入れられ、このまま死んでもよかろうに魔獣はさすがにしぶとい。

 ヨロヨロと立ち上がろうとする。


「それでいい、ちょうどこっちの準備も済んだ」


 控えていたグランバーザの面前に、複雑怪奇な魔法陣が浮かび上がった。


「伝説の魔獣がただの一撃で沈んでは寂しいものだ。私からの馳走も食らうがいい。アランツィル下がるのだな、相伴を望むなら別だが」

「ふんッ!」


 魔獣の傍らにいたアランツィルは、息を合わせるかのように飛びずさった。

 速やかに、どこか必死に。


「いいぞグランバーザ、食らわせてやれ!」

「引退後に使うのは初めてだな、我が必殺の極大魔法『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』!!」


 黒くおぞましい炎の渦が、炎の魔獣に襲い掛かった。

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