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77 ダリエル、優しさを説く

「躾ける? 躾けるだとおおお~~!?」


 両頬を腫らしたバシュバーザがヨロヨロ立ち上がる。憎しみだけを糧にして。


「なんたる無礼な……! 身の程を弁えぬ発言! この四天王バシュバーザを犬猫扱いするかああああッ!」

「躾は別に動物だけじゃない。幼い子どもに対してもするだろう」


 そこから説明しなければいけないバシュバーザの幼さ。


「お前はまだまだ聞き分けのない子どもだ。だから躾けて立派な大人にしてやろうと言ってるんだ」

「どこまでもボクを愚弄しおってええええッ! いいだろう、ならばボクの方こそお前を躾けてやる!」


 バシュバーザの唇がかすかに震える。

 呪文の高速詠唱であることがわかった。

 同時にヤツの両手から激しい炎が巻き起こる。


「格の違いをしっかり叩き込んでやるぞ! ボクは輝かしい英雄! お前は薄汚い家畜! その差を思い知るがいい!!」

「撃ってこいよ」


 威勢がいいだけの脅し文句は聞き飽きた。


「そのために炎を出したんだろう? まずは付き合ってやるから好きなだけ撃ってこい」


「ゲヘヘヘヘ……! 思い上がりもここまで来れば滑稽だなあ? いいだろう、ご希望通りその体、我が最強の炎熱魔法によって焼き尽くしてやる!」


 炎を宿した手を、狙い定めるように俺へと向ける。


「死ねえッ!!」


 撃ち出される炎。

 これが俺の体に命中すれば、我が身は炎によって焼かれ、無惨に爛れることであろう。

 が。

 必殺の魔法炎弾は、俺に届くことなくその寸前で掻き消えた。


「へッ!?」


 一番驚いているのはバシュバーザだった。

 必殺を確信した攻撃が、中途で不発となってしまったのだから。


「どうしたんだ? 焼き尽くすんじゃないのか?」

「くそッ、何の手違いか知らんが、失敗したならさらに撃てばいいだけだ! 食らえ!!」


 再び手から放たれる炎弾。

 しかし次弾も同様、俺に届く前に掻き消える。


「なんだ……!? どういうことだ!?」


 バシュバーザは気づいていない。

 さっきから俺の周囲には、凄まじい勢いでガード(守)特性のオーラが噴出されていることに。


 本来オーラは武器に宿すことで物質を強化し、万全の効力を発揮する。

 空中にオーラのみを噴出して防護壁にするのは決して効率的な運用法とは言えない。

 というかそもそも実戦として使えない。


 だが実力差の開いた相手なら、それでも充分に圧倒できる。


「うが! うが!! うぎゃああああああああッ!!」


 癇癪を起こしたように炎弾を連発するが、結局オーラの噴出壁に阻まれ一発たりとも届きはしない。

 完全な徒労だった。


「四天王の実力とはこの程度か。拍子抜け過ぎて恐れ入る」


 俺はあえて挑発的な物言いを選んだ。


「お前の四天王に相応しからざる資質は性格だけではなかったようだな。実力も相応しくない。四天王に選ばれるには弱すぎる」

「なんだとおおおおッ!?」



 バッチリ挑発に乗って、ヤツは手どころか全身から炎を噴き出す。


「そこまで言うなら! ボクの四天王としての真の力を見て焼け死ぬがいい! この必殺呪文をお前も知っているだろうダリエル! 『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』だ!!」


 その呪文は……。

 先代四天王にしてヤツの実父、グランバーザ様の必殺魔法ではないか。


「この魔法は、もはやヤツだけの専売特許ではない! 英雄にして天才のボクにかかれば簡単にコピーできるのだ!! 魔法も使えぬお前がこの極大魔法を浴びれば、それこそ灰も残らぬのは間違いない!!」

「御託はいい、さっさと来い」

「後悔して死ねえええ!!」


 バシュバーザの両手から、それまでとは比べ物にならない大炎が放たれる。

 その勢いはまさに炎の激流だった。


 激流は、路傍の小石のごとき俺を簡単に焼き尽すと思われたが……。


 すべて、ガード(守)オーラの噴出壁に阻まれて掻き消された。


「へッ?」


 これには流石にバシュバーザも恐れおののく。


「何が完全コピーだ。お前の『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』はガワだけ整えた中身スカスカのまがい物だ」


 本家グランバーザ様の放つ同魔法は、極大の攻撃範囲に超高熱の炎を詰め込み、魂を縛り殺す呪いまで付加された極悪の必殺魔法だった。


 バシュバーザが同じ名前で放った魔法は、そのほとんどを再現できていない。

 当人と同じだ。

 名前だけが豪華なだけだ。


「そんな……!? 何故死なない……!? ボクの必殺魔法を受けて……!?」


 どうやらこれで打ち止めらしい。

 切り札の一枚通じなかっただけで心が折れるとは、根性なしが。


「ならもう、こちらから行かせてもらうぞ」

「ひいッ!? 待て! 来るな!?」


 バシュバーザは恐れおののき後退するが、俺もコイツを気遣う義理などもうない。

 直前まで接近すると、再び頬をパンとはたく。


「あぴいッ!?」


 本当に隙だらけで叩きやすい男だ。


「……『ごめんなさい』と言え」

「は?」


 またバチンと叩く。

 躾はもう始まっている。


「謝罪は、練習しなければ意外とできないものだ。子どもの頃から一度も謝ったことがないヤツは、大人になっても謝れない」


 さらに叩く。平手で。


「お前もそうだ。謝ることができない大人は、ロクな大人じゃない。お前には頭の下げ方から教えなければならない」


 バチン、バチン、バチン、バチン。

 あとは無言で叩いてわからせるのみ。


 痩せこけていたバシュバーザの頬が逆に真っ赤に腫れ上がった。


「ごべぇ……!? ごめんなさい……!? ぼべんばざい……!?」


 やっと謝罪一つできるようになったか。

 大人への第一歩だな。


「どうだ? 叩かれて痛いか?」

「あべ……!?」

「痛みを知るから人は優しくなれる。……そんな言葉がある。自分が痛い思いを経験するから、他人にも痛みがあると想像でき、気遣うことができるということだ」


 でも俺は、この考え方が嫌いだった。

 人の心の中心には、誰に教えられるでもなく善なるものが収まっていて、優しさとか気遣いとかはそこから自然と染み出していく。


 そういうものだと思いたかったからだ。


 誰かから教えてもらわなければ人は人に優しくすることもできない。

 そんな風に考えるのは受け入れたくなかった。


「しかしそれでも、お前のようなガキはまず痛みを知らなければならないらしい。まず痛みを知らなければ優しくなることもできない。ならば徹底的に痛みを教え込んでやる」


 その痛みを元に、他者の痛みを想像できるように。


「嫌だ……! 痛いのは嫌だ……!! 助けて、助けて……!!」


 もはや完全に心の折れたバシュバーザは、立つ力も失って這って逃げようとする。


 その足首を、むんずと掴む。

 そして力任せに引っ張り上げる。


「ひあぎゃあッ!?」


 バシュバーザの体は簡単に宙を舞う。

 俺が足首を掴んでいるため、逆さ吊りの体勢でぶら下がっていた。


「安心しろ、俺のオーラを通してやるから死ぬことはない」

「え? 待って、待って……! まさか……!!」


 バシュバーザ足首を掴む俺の手からオーラが発せられる。

 そのオーラでバシュバーザ自体を強化する。まるでコイツの体を武器として扱うように。


 そして一番手近にあった大木の幹に、手に持つ武器(?)を振り下ろし……。


「やめてええええええッ!?」


 ガズンッ、という凄まじい音と共に大木がへし折れた。

 衝突と衝突の結果。


 バシュバーザの体は、オーラ強化によって原形を留めているものの、それでも相当な衝撃であっただろう。

 全身が軋んだろうし、骨か内臓にダメージが行ったかもしれない。


 痛みも相当なものだっただろう。


「おごおおッ! ボクの体を、こん棒代わりにしやがってえええ……!!」


 バシュバーザが鼻血をダラダラ流しながら言った。

 やはり激突のダメージはオーラ強化で完封できなかったらしい。


「さあ、次だ」


 幸いここは森。

 お前を叩きつけるための大木には事欠かない。


「や、やだッ! やめろ!! ……わかった、痛いのはもうわかった!! 嫌だ嫌だ、痛いのは嫌だあああああッ!?」


 泣いても喚いても勘弁してもらえないことがある、ということも知るべきだ。


 また森全体を揺るがす大音量がなった。

 驚いて枝から飛び立っていく鳥多数。


「ごめんなさいいいいいいいッ!! ごめんなさいやめてえええええええッ!!」


 謝っても済まされない状況があることも知るべきだ。


 ズシン、ズシン。


 森全体を揺らす振動は、途切れることなく続いていく……。

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