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76 ダリエル、怒る

 バシュバーザ様、地表まで降りてきた炎魔獣サラマンドラの頭に飛び乗る。


「まさか……!?」

「ラクス村に向かう気か!? 止めろ! ヤツを飛び立たせるな!!」


 そこに集う戦士たちが総出で集中攻撃するものの、強大なる魔獣の動作を留めることもできない。


「ハッハッハ! 慌てるなゴミども! ラクス村を灰にしたあとでちゃんと戻ってきて、お前らも一人残らず殺してやる!」


 優越感たっぷりのバシュバーザ様を乗せて炎魔獣は再び空へと飛び立つ。

 向かう先はラクス村。


「さあ行けサラマンドラ。ダリエルにゆかりがある場所、物、人、すべて残さず焼き尽くすのだ! ダリエルに関わったこと自体が罪だ! その罪を裁きに行くのだあああ!!」


 一度空に飛び立たれてしまえば追撃の手段はない。

 だからここが崖っぷちだと全員死力を尽くして攻撃する。


 本来魔族側であるグランバーザ様やゼビアンテスですら攻撃魔法を連発して魔獣の飛翔を押しとどめんとするが、それでも巨大魔獣は止らない。


「ダメだぁッ! 飛び立っちまうううッ!?」


 ガシタの泣きそうな声。


 炎魔獣サラマンドラは地面から離れ、大空へと駆け登っていく。


 もはや追えない、誰もがそう思ったが……!?


「ぐぬごッ!?」


 魔獣の頭上に乗るバシュバーザ様、急な停止につんのめる。


「なんだッ!? 何故止まるサラマンドラ! 主の命令をちゃんと聞かんかあッ!!」


 怒声にもしかし、巨大な魔獣は応えない。

 進もうとしても進めないからだ。


 竜の巨体の一番後ろ。

 尾の先に絡みつく銀色のツタがあった。


 そのツタは、正確には鞭だった。


 俺のヘルメス刀が変化した鞭。それが火竜の尾に絡みついて引っ張っている。

 それがギリギリで火竜と地表を繋げている。


「なんだとおおおッ!?」


 俺は両足を地面に突き刺すぐらいの心積もりで踏ん張る。


 火竜の尾に巻き付く鞭形態ヘルメス刀を手放したら、今度こそあの竜はラクス村へ向けて飛び立ってしまう。


 マリーカと、息子グランと、そして愛すべき隣人たちの住むラクス村に。

 今や、あそここそが俺の帰る場所。


 それを壊させて……。


「たまるかあああああああッ!!」


 四肢に漲る力。

 束ねる筋線維の隙間からオーラが噴き出す錯覚。


 俺の引っ張る動きに合わせて、火竜の巨体が空を回って地面に叩きつけられる。


「「「「「うおおおおーーーーーーーーーッ!?」」」」」


 揺れる地面、もうもうと噴き上がる土煙と、伴って起きる歓声。


「あんなデカい体をブン回した上に、地面に叩きつけた……!?」

「なんつー馬鹿力なのだわ……!?」

「いや、筋力だけじゃない。全身に大量のオーラをまとわせて強化、凝縮、瞬発を一挙にやってのけた。しかもすべてを高レベルで。現役の勇者でもできない神業だ……!?」

「やっぱアニキ凄ぇ……!?」


 周囲は驚きと忘我に包まれるが、棒立ちしている場合じゃない。


 今度こそあのバケモノを、二度と空に戻してはいけない。

 ここでケリをつけるんだ!


「ぐおおおおお……ッ!? おのれ、おのれえええッ!?」


 炎魔獣サラマンドラに乗っていたバシュバーザ様は、衝撃で叩き落とされたようだ。


「この英雄バシュバーザに土を舐めさせるとは……! 無礼な! 許さんぞおおおおッ! ……ぶばッ!?」


 息つく暇も与えない。


 バシュバーザ様は腹部に猛タックルを食らい、体ごと吹き飛ばされる。

 体当たりしたのは俺だ。


 俺はそのままバシュバーザ様を肩に乗せて、一塊となって止まらず走る。


「ダリエル!? 何処へ行くのだ!?」


 背中に浴びせられるグランバーザ様の声。


「コイツは俺に任せろ! 皆は魔獣の方を頼む!!」


 走りながら呼びかける。


「バシュバーザは俺がカタをつける! 一対一でやらせてくれ!」


 背中に様々な声が投げかけられたが、止まらず俺は駆け抜ける。

 肩にバシュバーザ様を抱えて。


 一直線に駆け去っていく……。



「ぬぐばッ!?」


 よく駆けて。魔獣と主それぞれを引き離して、充分な距離だと確信したところでバシュバーザ様を放り落とす。


 周囲は木々生い茂る森の中だった。


 現場からどれだけ離れたか、正直俺にもわからない。


「ダリエル……、貴様、四天王であるボクにこんな無礼、許されると思っているのか……!!」

「俺はもう魔王軍じゃない。お前がクビにした」


 だから上司でもなければ礼儀を尽くす必要もない。

 思えば敬語で話さずともよかったんだ。


「お前との関係性は一度解消された。だからこそ、新しい関係性を作りたいというのなら受けて立つまでだ」


 敵同士という関係をな。


「ヒヒ……、ボクとサラマンドラを引き離せば、使役魔法が無効化されるとでも思ったか? 甘いな……!」


 バシュバーザ様が……。

 いや、もう呼び捨てでもいいだろう。バシュバーザがヨロヨロ立ち上がりながら言う。


「これだから魔法を使えぬバカはマヌケだ。魔獣を使役する魔法に距離は関係ない。最初にミスリル鉱山を襲った時、ボクは魔王城からアイツを操作していたんだからな!」

「ここまでお前を連れてきたのは……」


 かまわず告げる。


「一対一の勝負の場を作りたかったからだ。俺が憎いんだろう? だったら魔獣なんて大層な力に頼らず、自分だけで挑んできたらどうだ?」

「なにぃ? ぶははははははは!!」


 狂ったような哄笑。


「バカかお前は!? お前なんぞを殺すのにサラマンドラの力がいるか! あれは人間族を滅ぼし、英雄的偉業を成し遂げるために手に入れたのだ! お前を殺すのなどそのついでだ!!」

「…………」

「ボクがこの一年、サラマンドラを手に入れるのにどれだけ苦労したか……! 『秘密の部屋』で禁書を漁り、もっとも目的に見合ったこの魔法を発見し、度重なる研究の果て修得し、肝心の魔獣を探し出すため世界中を駆けずり回って、やっと服従させたのだ!」

「……そうか、頑張ったんだな」


 その努力、もっと意味ある使い方をすればよかったのに。

 真面目に職を務め、周囲からの信頼を取り戻すために努力すればよかったのに。


「それなのにあの無能ども! ボクが一年間遊び呆けていたように言いやがって!! サラマンドラの力でボクは英雄になるのだ! その前祝いとしてお前を殺す!!」


 これでは、もうすべてが手遅れだと思うしかない。


「ヒヒ……、そうだ、そんなにも最初に殺してほしいなら望み通りにしてやる。最下級の暗黒兵士。お前ごときを殺すのにボク一人の力で充分だ!」

「お前の中で、俺はあの時の俺のままなんだな……」


 魔法の使えない無力な俺のまま。


「何を言っている……? そうか、お前結婚したんだったな。それで変わったとでも言うつもりか?」

「何だと……?」

「そうだいいことを思いついた。やはりお前を一思いに殺すのは面白くない。こういうのはどうだ? まずお前の両手両足を斬り落とす!」

「……」

「血の流し過ぎで死なないよう傷口は焼いて塞ぐ。それで動けなくしたお前を引きずり村へ行く、そしてお前の妻を見つけ、お前の目の前で犯してやるのだ!!」


 ……。


「面白いだろうなあ!! 目の前で他の男に種付けされる愛妻をなすすべなく見守るがいい! そのあと、お前の息子とやらを連れてきて殺すのだ! これもお前の目の前でだ!!」


 ……。

 まだ、もう少し。

 もう少しコイツの喋りたいように喋らせてやろう。


「グシャグシャに踏んで殺してやろう! 子どもの肉は柔らかいというからなあ! お前の息子の肉をこねて団子を作り、お前に食わせてやる! 美味いというまで口の中に捻じ込んでやるぞ!! 楽しいだろうなあ! 想像するだけで心躍るようだあ!! ギャハハハハハハッ!! ……うべしッ!?」


 バシュバーザが吹っ飛ばされた。

 食らった衝撃に耐えきれず地面をゴロゴロと転がり、近くの木にぶつかって止まる。


「痛いッ!? いたいいいいいいッ!? ぶたれた!? ぶたれたああああッ!?」


 バシュバーザは真っ赤に腫れ上がる左頬を押さえ、のたうち回る。

 平手ではたかれただけだというのに無様なものだ。


「お前には、学ぶべきことが多くある」


 本当にたくさん。

 それを学ばずして四天王……、責任ある立場に付いてしまったことがお前の不幸だ。


「まず一つ、口に出しただけで殺される言葉があることを、お前は学ぶべきだ。お前が今ベラベラ吐き出していたものがそれだ」


 パァン。

 乾いたよく響く音が鳴った。


 バシュバーザの頬は本当に叩きやすい。


「ギャアアッ! 痛い! 痛いいいいいッ!?」

「これから行われるのは勝負じゃない。殺し合いでもない。学ぶべきことを学ばなかったガキが、今さらながら知っていて当然のことを叩きこまれる……」


 躾だ。

 このでっかいクソガキを今から俺が躾けてやる。

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