65 勇者レーディ、四天王を擁護する
こうしてウチでの用事を済ませたグランバーザ様。
取り急ぎ魔族領へと帰られるのかと思いきや……。
まだウチにいた。
何故滞在しているのかと言うと……。
「当代四天王の一人、『華風』ゼビアンテスよ……」
「はい……ッ!?」
ウチの村で遊び呆けている現役四天王の一人を発見したのだから。
ゼビアンテスは四天王で風属性を担当する。
そして風魔法は隠形にもっとも適した魔法形態。空気の振動を操作して物音を消したり、光の屈折率を変えて身を隠したりなどゼビアンテスほどの上級魔導師なら造作もない。
それらを駆使しグランバーザ様登場の途端に隠れていたようなのだが、何しろ相手は歴代最強。
早々隠し通せるわけもない。
「お前は、現役の四天王を務めながら、こんなところで何をしている……?」
「ぐ、グランバーザ様だって、ここに遊びに来ているのだわ……!」
「私は既に四天王を引退した。今は無役の楽隠居だ。対してお前は現役として山のように仕事があるのではないか?」
「それは……!?」
「それらをすべてドロイエ一人に押し付けて、他は何の役にも立っていない。それが当代四天王の現状だ。それではいかんと言うので私は抜本的な四天王の入れ替えを魔王様に進言しようとしている」
「ら、楽隠居ならご政道に口出しすべきでないと思うのだわ……!?」
「過去の遺物となった私を働かせること自体、お前たちの落ち度だろう。その落ち度の報いを受けるのだ」
「うッ……!?」
「大体お前は、四天王に就任しながらその座の重みをしっかり感じ取っているのか? 四天王はな、魔王様をお守りする盾。その最強にして最後でなくてはならんのだ。それなのにお前たち若者は最高位の意味もわきまえず好き放題遊び放題……! 帰ったら魔王様に進言してウチの息子を罷免してもらうつもりだがゼビアンテスよ、当然お前も罷免リストに入っているぞ。正直今の四天王はドロイエ以外全員交代させるべきだと考えている。そうなったのもお前自身の身から出た錆と考えなさい。そもそもなんだ? この村で何をしている? 本来四天王はラスパーダ要塞に篭って勇者の襲来に備えるべきだろうドロイエのように。何故お前は遊ぶことしか考えんのだ? お前の先代――、我が同僚としてかつて四天王の地位にあった『暴風』トルネーラが聞けばなんと落胆するか。知ってるだろうトルネーラ? あやつはお前を信頼して四天王の座から退いたのだ。聞いたぞ、お前はあやつの姪に当たるのだろう? お前は四天王の座だけでなく一族の名誉も汚しているのがわからんのか? 四天王に就任すると言うことは遊びではないのだ。自分自身と一族の誇りを背負っているということを自覚しなければならぬというのに、それができていないのか? ……そうだったな、たしかお前は卓越した風魔法の強力さで四天王に抜擢されたと聞いた。いわば飛び級エリートだ。それがいけなかった。やはり責任ある立場を任せるには才能よりも実績経験を重視しなければならんということか。ウチのダリエルのように下積みの苦労を積んで、自分の置かれた立場と使命をしっかり把握することの方が就任の条件としてふさわしい。……わかっているのか!? お前に足りないのは、まさにそれなのだ。自覚と決意だ。ダリエルが副官として、それらを若者たちにしっかり教えてくれる。そう思ったから周囲の不安を押さえて若いお前たちに座を明け渡したというのに……! そのダリエルを即刻クビにするとは……! 少しは自分たちの愚かさを自覚できんのか!? 何故お前たちは揃いも揃って殊勝な考えができぬ!? 地位ある者はな、威張り散らすだけで務まるのではないのだ! 何よりも謙虚と思慮深さを………………!!」
説教長い。
グランバーザ様の現役四天王への不満が、こんなところで爆発していた。
ゼビアンテスは、リゼートを尾行してラクス村を発見して以来、ずっとここで遊び呆けているので説教を食らうに値するが。
……もう完全に涙目になっている。
「……にゃーッ!! レーディちゃん!!」
そしてついに耐えきれなくなった。
「助けてなのだわ! この説教オヤジがネチネチっこいのだわ!!」
「はいはい」
そしてよりにもよって勇者のレーディに助けを求めるな。
「グランバーザ様、本来勇者の立場上魔王軍の問題に口を挟むべきではないと考えるのですが……」
まったくその通りだよ。
「しかし考えてみてください! この村の特殊性を! ここには他の場所にない特別なものがあるのにお気づきになりませんか!?」
「特別なもの……!?」
「ダリエルさんの存在です!!」
俺かよ。
「ダリエルさんの近くにいるだけで私たち若者は多くのことを学べます。グランバーザ様も先ほどのお説教で、新しい四天王がダリエルさんから多くを学ぶことを期待していたと仰っていたではありませんか?」
「よ、よく聞いていたな……!?」
本当だよ。
「ゼビアンテスも、今さらながらダリエルさんに学ぶため、この村に滞在していると考えられませんか?」
そんな事実は一切ないですが。
「なるほど……、ゼビアンテスよ。お前は自分の至らなさを痛感し、ダリエルから学び直そうとこの村にいるというわけだな?」
「いえ、そんなことはないのだわ」
せっかくのフォローを台無しにするゼビアンテスの後頭部をスパーンとはたく。
「はい! その通りです!」
レーディが。
なんであの子、そんなにフォロー一生懸命なの?
「そうか……、私は何やかやと言って、新世代たちを見縊っていたようだな……!?」
「そうですよ! ……あ、もう一つ敵の立場から言わせてもらえば、水の四天王だってなかなか手強いですよ」
敵の立場で言うことじゃない。
「水の四天王……、『濁水』のベゼリアだったな? ヤツが一体……!?」
「ラスパーダ要塞攻略戦にいつの間にか参戦してきて滅茶苦茶厄介ですよ!? メインであるドロイエの弱点をカバーするように戦いますから、私たちが一年かけても要塞を落とせなかったのは、ドロイエに加えてベゼリアの活躍もあってこそ!!」
「そうか……、私の知らないところで頑張っている者もいるというのだな」
ベゼリア様……。
ご自身の知らないところでご自身の評価が上がりましたよ。
しかも本来、倒すべき敵の擁護によって。
どう受けたらいいんだろう、この事実を……。
「そうか……、失敗だと思っていた新四天王の選抜だが、皆それぞれ自分なりに頑張っているのだな。ダメなヤツなどやはりいないということなんだな……!?」
「そうですよ! どう扱ってもダメな子なんて早々いませんって!!」
「我が実の息子以外は……!!」
そう言ってグランバーザ様はみずからの顔を覆った。
ドロイエ様は最初から問題なく、ゼビアンテスもベゼリア様もまだ見込みがあるとなったら。
たしかにバシュバーザ様だけどうしようもないということに……!!
「ぎゃーッ!? グランバーザ様元気出して!?」
「そうなのだわ! バシュバーザのアホだって探せばいいところの一つぐらいきっとあるのだわ! たとえば……!! ……。……ないのだわ!!」
「ゼビアンテス! もっと真剣に探して!! 思い出して!」
「わかったのだわ! 全力で真剣に思い出すのだわ! えーっと……!?」
「…………ッ!?」
「……やっぱりないのだわ!!」
「本当に!? そんなにダメなヤツなの!?」
「ダメなヤツなのだわ!!」
ボロクソに言われておりますよ。
ところでそれをグランバーザ様の面前で言い合うのやめてくれませんかね?
さすがのグランバーザ様でも泣きそうになっている。
「……見れば見るほど珍妙極まる光景だな」
先代勇者のアランツィルさん言った。
俺と同じように一歩引いたところから傍観している。
この人もなかなか帰ろうとしないんだよなあ。
何故?
「勇者と四天王が協力して先代四天王を慰めている。こんな光景が現実にあるなど私が現役の頃は想像もしなかった」
俺も想像できませんでしたけど。
誰も想像できないって。
「ところで……、一つお聞きしていいですか?」
「何かな?」
「何でアナタが、ウチの子を抱きかかえておるんですか?」
我が息グランくんゼロ歳。
アランツィルさんの胸に抱かれてスヤスヤ寝息を立てている。
「可愛い孫をみずからあやすのは当然ではないか?」
そうかもですけれども。
そう、俺とこの先代勇者との血縁関係が判明したのだが俺、まだ実感がわかない。
「見てごらんこのグランの顔を。才能に満ち溢れているではないか? 彼は将来きっと屈強な冒険者となること間違いない」
「贔屓目から起こる錯覚です」
「私は、ここでグランを指導して一流の冒険者に育て上げようと思うのだよ! 将来勇者になってもいいな!」
「やめて!!」
アンタ勇者の職に何の意味もないって言ったじゃないですか!?
ウチの子に変な業を背負わせないで。
英雄になんてならなくてもいいの!
ウチの子は素朴に平和に、腕白でもいいから逞しく育ってほしいの!!
「まあまあ、いいじゃないの。この子がどう育つかなんて今からじゃ何もわからないんだから。夢を持たせてあげたら?」
「さすがマリーカさん! いいことを言う!?」
「それよりもお義父様、お茶のお代わりいりませんか?」
マリーカが舅というべきアランツィルさんに取り入ろうとしている!?
早速!?
相変わらず嫁力の高いウチの嫁さんだなあ。
そんな感じで我がラクス村は珍客万来ながら概ね平和であった。
「村長! 村長!?」
「ん?」
そんな俺のところへ、村の者が駆け寄ってきた。
「どうしたそんな血相変えて?」
ちなみに村長というのは俺のことだ。
今では俺がラクス村の村長なのだ。念のために追記。
「それが……、ミスリル鉱山から急報があって……!?」
「急報?」
この報告が平和を破り。
俺がラクス村に移り住んでより最大の戦いが始まるのを告げることとなった。






