64 グランバーザ、納得する
「魔王が……、そこまで超越的な存在だなんて……!?」
まあ俄かに信じがたいよね。
不死身と無敵を兼ね備えたような存在こそ魔王様だもの。あの普段ふざけまくった態度からは想像もできないけれど本当に凄いんですよ、あの御方。
「……だ、ダリエルさんは魔王を見たことがあるんですか?」
「あるよ」
そりゃ元魔王軍所属で、最下級の暗黒兵士とはいえ四天王補佐という特別な役職に就いていた俺だもの。
グランバーザ様などが魔王様への謁見に上がる時、俺もおまけで同行したこともある。
その時に魔王様を直見したけど。
「……まるで勝てる気がしないね」
人間族としての力を磨き上げた今でも、魔王様に挑んで三秒もつ気がしない。
「ダリエルさんほど無敵の方から見てもそうなのですか!?」
「世の中上には上がいるってことだよ。あの御方、普段は『ぼくちん』とか言ってアホぶってるけどさ……」
「『ぼくちん』ッ!?」
「でもその奥から漂ってくるんだよ。強者の絶対的な自信というか」
何が起きても自分には対処できる力がある、とわかっているから余裕なんだろうね。
「……魔王軍には、新任者が有能であるか無能であるかを見分けるごく簡単な試験法がある」
グランバーザ様が言った。
「魔王様に初謁見し、ちゃんと魔王様の奥底を見抜いて恐れれば有能。外面に騙されて侮れば無能。少なくとも私の在任中、魔王様を侮ってきっちり実績を残せた者はいなかったから、この試験法は正しいと言える」
「…………」
黙っておこう。
御子息のバシュバーザ様が、魔王様への初謁見のあと私室に戻って声高に「あれが魔王? ただの喋り方気持ち悪いオッサンじゃないか!」と言い散らしていたことは。
当時四天王補佐として同行した俺だけの胸にしまっておく。
「人間族のキミらにはいまいち伝わりづらいだろうが、魔王様はそれぐらい超越した存在だということだ。世界のすべてを敵に回してもあの方なら余裕で勝利するだろう」
「納得できません……! もし本当に魔王がそこまで強いのだとしたら、何故魔族は魔王軍を組織してまで必死に守るのです!? 勇者が挑んできても勝手に潰されるのなら放っておけばいいではないですか!?」
「それは、魔族の意地だな……!」
考えても見てほしい。
魔王様は魔族にとって絶対的な支配者、神にも等しい存在だ。
それを害しに来る他種族の凶賊を、そのまま神の前に素通りさせては忠誠が疑われる。
たとえ魔王様ご本人に、勇者など一捻りにできる全能性があっても……。
「魔王様みずからのお手を煩わせては、魔族の存在自体に疑念が生じるのだ。だから我ら魔王軍は、全力を挙げて勇者の進軍を阻んできた」
時には敗北し、勇者を魔王様の御前までたどり着かせてしまうこともある。
そんな失態を犯した四天王は即座に解任され『魔族を貶めた罪人』として汚名を永遠に刻まれるのだ。
死したのちも歴史に残り、無能者の中傷を受け続ける。
「それは誇り高い魔族にとって耐えがたい屈辱だ。だからこそ歴代の四天王は全力で勇者を阻んできた。時には命を投げ打って……!」
「くだらん戦いの動機だ……」
「お互いにな……」
その激戦を既に果たし終えた猛者同士が、鋭い視線を交わしあった。
人間族は、くだらぬ欲のために。
魔族は、くだらぬ意地のために。
勇者と魔王軍の戦いを何百年と継続してきたわけだ。
俺はそこまでくだらないとは思わないけど。こうしてラクス村で暮らすようになった今は、争いとは無関係になった俺。進んで再び関わりたいとは思えないなあ。
「思えば、魔族と人間族との争いって、そこだけなんですよね」
「たしかにな。魔王軍とギルドが大っぴらに対立しているだけで、種族自体で争い合っているということはない」
さすがに友達づきあいはしないが、ギルドや魔王軍との関係が薄い小村などでは、互いの縄張りを守って争わないということが多い。
「だから今、勇者が魔王へ挑むことをやめたとしても激変はないだろう。キミが勇者を降りたとしても、誰もそれを責めはしない」
グランバーザ様が、レーディに語りかける。
語っているのが歴代最強と謳われた重鎮だけに、言葉にも重みがあった。
「辞めるのも自由ということだ。実際こんな話を聞いたあとではバカらしくてやってられぬだろう」
アランツィルさんも言う。
勇者の戦いに何の意味もない。負ければ何も変わらないのは無論、勝っても何も変わらない。
「仮に私が辞めても……」
レーディが問う。
「戦いは終わらないでしょう?」
「それはな。欲深いセンターギルドが諦めない限り、何度でも新しい勇者を選抜して送り出すだろう。既に勇者が魔王軍と戦うことで儲けを生み出すシステムも作られているから早々やめられんだろうな」
え? もしや利権発生してます?
そしたらなおさらやめられんなあ。
「ならば私は、世界をよりよくするためにも戦いを続けます」
レーディは言った。
「四天王を退け、魔王の下まで到達し、挑戦者の立場から改めて魔王に問いたいと思います。魔王とは何者なのか、何のために存在しているのか、この戦いを終わらせる意思があるか、と」
「そんなことを尋ねる勇者は過去にいなかっただろうな……」
傍で聞いてアランツィルさんが苦笑した。
「よかろう、お前の意思で進んでみるがいい。誰の思惑が絡もうと、お前の戦いはお前自身のものだろうから」
「痛み入ります」
レーディは深く頭を下げた。
「これはうかうかしていると、当代の四天王は突破されるかもわからんな」
その横でグランバーザ様も笑った。
「再編成を急ぎ、ドロイエの援けになる新メンバーを選抜せねば。……なあダリエル」
「俺はもう部外者なので……」
と言うとグランバーザ様はハッとし、そしてバツの悪い表情を浮かべた。
「……やはり、魔王軍に戻るつもりはないのだな」
本来何より優先にすべき四天王の再編成作業を置いて、グランバーザ様がまずここに来たのは……。
俺を、魔王軍に復帰させる望みを捨てきれなかったからだろう。
俺を四天王補佐の座に戻し、その采配を徹底させれば、崖っぷちに追い詰められたバシュバーザ様も何とか持ち直せるかもしれない。
「御子息のお力になれないのは申し訳ないですが……」
「いや、誤解するな。バシュバーザを救いたいなどとは露も思っていない」
グランバーザ様は決然と言った。
「アイツはお前に見捨てられて当然なのだ。あれが追い詰められたのは、あれ自身の愚かさから来たもので自業自得だ。自分のしでかしたことへの責任を取ることも上に立つ者の務めだ」
「グランバーザ様……」
「私は、お前の汚された名誉を回復させたかった。しかし、この村がお前にとって魔王軍よりも安住の地だというならば、無理に呼び戻すのはお前のためにならぬ」
そう言って寂しそうに笑った。
「……グランバーザ様さえよければいつでも遊びに来てください」
「そうさせてもらおう。どうせ隠居した暇な身だからな」
魔王軍から去ってずっと心残りだったグランバーザ様との再会も果たせた。
足りないものが継ぎ足される感覚があった。
ラクス村での生活はとても満ち足りていて、これ以上を望むのは贅沢すぎるのではないかと思うほどだが、それでもやっぱり嬉しいものは嬉しい。






