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63 魔王、凄いヤツだった

「勇者が何故……?」

「魔王を倒そうとするのか……?」


 若い勇者からの問いかけに、アランツィルさんとグランバーザ様は同時に眉を上げた。

 あまりにも根本的な質問をされたので虚を突かれた感じだった。


「以前聞かれたのです。何故勇者は魔王を倒すのか? と」


 俺も常々疑問に思っていた。

 数百年に渡る勇者パーティと魔王軍四天王との激突も、その原因は魔王様が主軸となっている。


 勇者は魔王様を倒そうとする。

 魔王軍は魔王様を守ろうとする。


 目的が完全に衝突する二つの勢力は、そのためにずっと争い続けてきた。


 それがバカらしいことだと感じる者はきっと一人や二人ではあるまい。

 勇者も四天王も、長い歴史の中で何回も代替わりしてきたが、きっとその中でかなりの割合が戦いに疑問を持ったはずだ。


 この俺とてそうだが、俺の出身は魔王軍。

 敵陣営である勇者サイドの事情は窺い知れない。


 なので過去、いい機会であると勇者であるレーディに問いただしてみたが、彼女は答えることができなかった。


「私は……、当たり前だと思っていたんです。勇者が魔王を倒すのは、そうするように決まっているのだから当たり前だと。でも実際そんなはずがない。勇者が魔王を倒さんとする真の理由を知ることなく真の勇者であると自負できません」


 そこで、今偶然にも集った先代勇者と先代四天王に聞いてみようと……。


 まあ年長者は物知りであるのが当たり前だし、加えてお二人は前時代を代表する超重鎮。

 尋ねてみたくなる気持ちもわかるが……。


「すまんが、私にはわからんな」


 まずグランバーザ様が答えて言う。


「キミたちが魔王様を狙うのは、あくまでキミらの事情。むしろ私が知りたいぐらいだ。何故そうまでして魔王様を目の敵にするのか……」


 グランバーザ様の視線がアランツィルさんを向いた。


 たしかにこうなったら正解を期待できるのはこの人しかいない。

 人間族側の伝説的人物のこの人しか……。


「……魔王とは邪悪の頂点であり、世界のすべての災いは魔王を根源としている」


 アランツィルさんがゆっくり言った。


「ゆえにこそ魔王を倒せば災い皆等しく消滅し、平和で豊かな時代が訪れる。歴代の勇者たちは、そう信じて戦ってきた。魔王を殺すことが正義だと……」

「それは……!」


 思わず反論しようとした俺を、アランツィルさんの手が制した。


「無論それは建前だ。勇者としての年季が長くなるほど、虚飾に気づき始める。その虚しさに耐えきれず勇者を辞める者もいるほどだ」


 そんな中アランツィルさんが重傷を負って引退するまで勇者を続けたのは、建前に代わる動機が彼自身にあったから。


 家族を奪った魔族への憎しみが、建前虚飾に関係なく彼を魔族との戦いに駆り立てた。


「ではアランツィル様。勇者が魔王を倒さんとする、その理由は……?」


 若い勇者からの問いかけに、老いた勇者は答えた。


「力だ」


 と。


「魔王はこの世界でもっとも特別な存在。最高の叡智、最強の力を備えている。もし魔王を倒し、その力その知恵を奪い取ることができれば人間族はより発展することができる」

「そんな理由で……! 勇者は魔族と争っているのですか……!?」

「幻滅したか?」


 若く理想に溢れるレーディにとって、そんな利己的な動機は受け入れ難かろう。


「たしかに明け透けすぎるので、勇者を派遣するセンターギルドはもっともらしい理由を前面に出すがね。それが『魔王は邪悪だ』という主張だ」


 邪悪を討伐する正義の徒として勇者は進軍する。

 その裏にある卑俗な真意はひた隠しにしたまま。


「私にとってはどうでもいいことだったがね。私はただ魔族どもに、家族を失った悲しみをぶつけられればそれでよかった。建前も本音も関係なかった」

「だからこそ受けて立つこちらも恐ろしかったよ。自分の意思で戦いを望むアランツィルこそ最強最悪の勇者といえただろう」


 その恐ろしさは、実際戦場に立った俺も実感した。


 アランツィルさんが鬼神のごとく戦う理由に自分が関わっていたと今知るほどに何だか奇妙な気分だが。


「ダリエルの生存を知り、復讐心が鎮火した今だからこそ聞けることだが。……実際のところどうなのだ?」


 アランツィルさんがグランバーザ様に聞く。


「魔王は、センターギルドが期待をかけているほど万能な存在なのだろうか?」


 つまり倒して叡智や力を奪い取れば、人間族はより豊かになれるという事実はあり得るのか。


 人間族にとっても敵側にいる魔王は、未知の存在。

 期待が勝手に独り歩きしていることだってありえる。


「たとえば魔法は、魔王が魔族に与えたものだという。魔王を倒せば魔法も人間族のものになるのだとセンターギルドの連中は考えているらしい」

「勝手な妄想だな」

「かもしれぬ。しかし欲に囚われた者にとって妄想が現実を凌駕することもありえる」


 グランバーザ様とアランツィルさんとの間でバチッと火花が散った。

 さすが往年のライバル同士、やはり発する気の鋭さが違う。


 グランバーザ様が深いため息とともに言った。


「……正直なところわからぬ」


 と。


「魔法は今や、魔族たちにとってあまりにも自然なシロモノなのだ。生まれた時から共にあり、使いこなすのが当たり前というほどに」


 グランバーザ様の言うことに、少なくとも俺は納得できた。


 だからこそ魔族社会の中で魔法を使えなかった俺は異端視されバカにされてきたのだから。


「遥か昔、魔王様が魔族に魔法を与えたという伝説は、たしかにある。しかしその伝説的事実があったのは私が生まれる遥か以前のことで、真実かどうか確かめようもないのだよ」

「まさかご本人に『あれってマジですか?』なんて聞くわけにもいきませんしね……!!」


 俺もまた魔王軍出身者としてグランバーザ様の説明に頷いた。


「あの……、ちょっといいですか?」


 そこへレーディがおずおず問う。


「さっきから何か……、言い方が奇妙な感じがするんですけど……?」

「何が?」

「魔王です。お二人の口振りでは、伝説で魔法を与えた魔王と、今の魔王がさも同一人物のように聞こえるんですけど……?」

「何か問題でも?」

「問題でしょう!? 伝説って、最低でも何百年も前の出来事が語られてるんですよね!? その伝説に登場する魔王と今の魔王が同じなら、それこそ何百年も生きてるってことじゃないですか!?」


 ……ん?

 ああ。


 そうか、人間族にはそこから認識の違いがあるのか。

 ここは一からきっちり説明しないと……。


「レーディ、魔王様はね、不老不死なんだよ」

「は!?」

「だから何百年……、ヘタしたら何千年も前からずっと生き続けているんだ。だから伝説に登場してても何ら不思議じゃないんだよ」


 そう告げた時のレーディの表情。

『人の目蓋ってあんなに大きく見開くものなんだ!?』って感じだったな。

 隣で聞くアランツィルさんもさすがに驚愕の表情だった。


「ウソのようだが真実なのだ。魔王軍が設立されてより数百年。その間それこそ何百人という手錬が四天王の座に就き、代替わりしてきたが、その間魔王の座に君臨してきた方は常に一人だった」

「そんな……、ウソでしょう?」

「信じられぬ気持ちもわかるがな。だが少なくとも私が四天王に新任した三十年以上前から、魔王様は今と変わらず魔王様だった。ちなみに私と交代で引退した前任四天王も、彼が就任した時から魔王様は変わらず魔王様だと言っていた」


 恐らくその前任も、その前任もそのまた前任も……。

 就任してから引退するまでの間すべて同じ魔王に平伏してきたんだろう。


 きっと魔王も、勇者や四天王同様代替わりしてきたものだと思ってきたのだろう。

 戸惑いが隠しれない。


「それほど常軌を逸した御方だ。我らの知らない遥か昔にどんな偉業を成し遂げていたとしても『あの方ならありえる』と思えてしまうのだよ」

「レーディ」


 代わって俺がレーディに質問する。

 魔王様の非常識ぶりをより深く認識してもらうために。


「勇者と魔王軍は、何百年にもわたって戦い続けている。それは知っているよね?」

「もちろんです! 私がその戦いに終止符を打つと誓っているぐらいです!」


 立派なことだ。

 それは置いておいて話を先に進めよう。


「勇者も四天王も何百回と代替わりして戦い続けてきた。世代によって有能な勇者もいたし、無能な勇者もいただろう。四天王の方もね」


 そんな数百代に渡る勝負の連続、勝敗は常に揺れただろう。

 勇者が勝利することもあれば、四天王が勝利することもあった。


「そんなに勝負が繰り返されていたのに、何故今でもまだ続いているんだと思う?」

「え?」

「だってそうだろう? この戦いは、魔王様を狙い守ることの攻防だ。勇者が四天王を突破し、魔王様へとたどり着いたら、そこで決着になる勝負じゃないかな?」


 それでも勇者と四天王の勝負は今なお続いている。

 勇者が何度勝利しようと。


 それは何故か。


「魔王様が勝つからだよ」

「えッ?」

「四天王を突破して魔王様の下にたどり着いた勇者は、例外なく魔王様に叩き潰されるからだ。だから勝負は永遠につかない」


 勇者と四天王の勝負に四天王が勝てば、センターギルドは新しい勇者を用意して送り込むだけ。


 勇者と四天王の勝負に勇者が勝てば、魔王の下までたどり着いた勇者が魔王の手によって叩き潰され、またセンターギルドが新しい勇者を用意して派遣するだけ。


「ここ数百年の魔族と人間族の小競り合いは、ずっとそんな感じなんだ」


 最強クラスの魔法使いと冒険者の激闘も、あの方にとっては永遠の退屈を紛らわせる余興に過ぎないのかもしれない。


 それが、魔王様という存在。

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