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62 老人、入り浸る

 そんなこんなで我がラクス村には、前時代を彩った主演というべき二人が住みついてしまった。


 グランバーザ様とアランツィルさん。


 今は我が家で宴に興じている。


「かんぱーい」

「乾杯!」

「か、かんぱい……!?」


 宿敵二人が酒を酌み交わしているなんて、当時の関係者が見たら自分の目がおかしくなったと思って抉り出して交換しようとするだろうな。


 しかし目の前の光景は事実。


 ちなみに、この伝説的両者に挟まれる形で『か、かんぱい……!?』とか細い声で言っている三人目が、マリーカの父。

 今はギルドマスターを専任している先代村長さんだ。

 つまり我が義理の父。


「なんでワシここにいるの……!? めっちゃ場違いじゃないの……!?」


 震える声で仰っていなさるが、まこと申し訳ない。

 あの二人だけでサシ飲みさせるのは不安が大きすぎるんで!


「何をおっしゃる! アナタとてダリエルの父親ではありませんか!」

「皆ダリエルの父親同士、酒を酌み交わして絆を深めようではありませんか!」


 言われてみたらそうである。


 アランツィルさん(実父)、マリーカの父(舅)、グランバーザ様(養父)。


 俺の父親が三人も結集している?


 孤児だった俺としては異様な光景なんだが、異様すぎて現村長の仕事も手つかずで目が離せない。


「……そう、あれはダリエルが六歳ぐらいだったかなあ? 魔法の修行が上手くいかずに泣いてもまだ頑張ろうとして……。『もういいんだよ』と何度声をかけそうになったか……!」

「いい! そういう息子との思い出を私も持ちたかったんだよ!! なのにすべてを奪い去っていきやがって魔族のコンチクショー!!」


 年配さんたちが俺の思い出話を肴に飲んでるの、凄く辛いんですけど?

 面映ゆい。

 何の罰ゲームですか、コレ?


「……私は元々、ダリエルに詫びたくてここまで来た」


 なんかグランバーザ様が酔いに任せた独白が始まった!?


「ダリエルは本当に有能な男に育ったが、逆に我が実子がとんでもないボンクラでな……。そのバカ息子がダリエルに迷惑をかけた。代わってダリエルに謝罪し、できることなら魔王軍に戻ってもらいたいと考えていた……」


 が。


「やはり甘い見通しだったようだな。ダリエルは、ここで新しい生活を営んでいる。本来の人間族としての生をやっと切り拓いたのに、今さら魔王軍に戻る謂れなどあろうか? ダリエルはここでこそ幸せになれるのだ……!!」

「グランバーザよ」

「アランツィル……」

「お前とは何度となく戦ったが。ダリエルをここまで立派な男に育てたのはお前ではないか。その功績は誰も否定できない」


 長年の宿敵同士が、俺を起点にして和解した……!


「……マリーカ」

「どうしましたアナタ?」

「もう耐えきれない! ちょっとおっぱい貸して!!」


 と言って俺は妻の胸に埋もれた。

 この理解不能な状況に、俺は奥さんに甘えることによって耐え凌いだ。


「私はこのまま魔族領に戻ることにしよう。ダリエルが生きて、充実した生活を送ってくれるだけで充分だ……!」

「私も……、三十年ぶりにあった息子と、どんな関係を築いていけばいいかまったくわからぬが……、それでも何もない余生よりはマシだ。私はやっと憎しみだけで満たされる人生から解放されたのだ……!」

「これからは敵としてでなく……!」

「同じダリエルの父親として……!」

「「ちょくちょく遊びに来よう」」


 なんか意気投合した。

 これでもこの二人互いを死ぬ寸前まで追い込んだ敵同士だというのに。

 こんな簡単でいいのか?


「あの……、ワシそろそろお暇させてもらってもいいかな?」


 すみませんお義父さん!

 こんな大物同士の間に挟ませてしまってすみません!!


「……というわけでダリエル。私はそろそろ失礼させてもらうよ。お前の元気な顔が見れて本当によかった」

「えッ!? もう帰っちゃうんですか!?」


 色々混乱はしたけどグランバーザ様と再会できたのは純粋に嬉しかったんですが。

 もう少し残って積もる話でもしていきませんか!?


「ゆっくりしたいのは山々なのだが、帰ってやるべきことが多くてな」

「そんな、グランバーザ様は既に引退して時間はたくさんおありでしょうに?」

「私もそうだとばかり思ったんだがな。……あのバカ息子の愚行が、私の時間を毟り取っていきおる」

「…………ッ!?」


 現役四天王のバシュバーザ様。

 俺を解雇した張本人でもあるが、そんなにやらかしまくっておられるのか?


「これから急ぎ魔王城へ戻り、魔王様へ上奏してバシュバーザを解任していただくつもりだ。四天王は、何もなしえぬ無能が納まり続けていいほど軽い席ではない」


 バシュバーザ様の体制はそんなに行き詰まっているのか。


 俺も魔王軍を解雇されてから、向こうの事情はほとんど窺い知れない。

 断片的に伝わってくることもあったが、大体はバシュバーザ様へのしでかした失策や、それに対する関係各所からの不満ばかりだった。


 しかし、四天王の座を追われるほど立場が悪くなっていたとは……。


「グランバーザ様、心中お察しいたします」

「いや、すべては実の息子を正しく育てられなかった私の不始末だ。お前が立派に育ってくれたのは私の育て方がよかったのではなく、やはり血統によるものだということだろうな」

「そんな……!?」


 グランバーザ様は少なくとも、俺の他にも多くの新兵を教練して屈強な精鋭に育て上げたではないですか。


 バシュバーザ様が飛びぬけて見込みがなかっただけですよ。

 ……って言っても実子だから角が立つなあ。

 複雑な関係だけにコメントしづらい!!


「魔王軍の方にも、厄介な事情があるようだな」


 アランツィルさんが自然に話に入ってくる。


「私との決戦を機に魔王軍側も四天王の顔触れを一新。世代交代を実現させていたと聞いていたが、まさかそんな混乱をきたしているとは。……しかし、一言いいだろうか?」

「何です?」

「それを我々の前で言うのはどうかと思うのだが?」


 仰る通りですね。


 この場には先代勇者のアランツィルさんどころか現役のレーディまでいて、今の会話もバッチリ耳に入っている。


 自軍の醜聞をわざわざ敵の聞こえる場所で話すというのは、たしかに迂闊の誹りも免れないが……。


「かまわんさ」


 グランバーザ様は意に介しなかった。

 小さなことに拘らないのが大物の振る舞いだと言わんばかり。


「どうせ程なく愚息は四天王を解任され、新任が抜擢される。さすがに魔王軍のトップが交代すれば人間領まで伝わるほどの大ニュースとなるだろうし隠しても詮無い」


 伝わるのが遅いか早いかだけの問題だ、と。


「しかし、どんな形でも指揮官の交代は混乱と空白を生む。その隙をムザムザ敵に教えるのは迂闊ではないか?」

「そのために四天王は四人いるのだ。我が愚息が空回りしている間も、地の四天王ドロイエがラスパーダ要塞を堅守してくれている。彼女が健在な限り魔族領の守りは安泰だ」

「ほう、あのラスパーダ要塞を……!!」

「我々にとっても思い出の場所だな。勇者の魔族領侵攻には不可欠の拠点ゆえ、あそこを奪い合って我らも何度戦ったことか……」

「懐かしいなあ……」


 怖い思い出話が盛り上がっている。


 現役四天王はたしかに不安な人材ばかりだが、その中で唯一『沃地』のドロイエ様だけは信頼できる方だ。

 俺がまだ魔王軍に在籍していた頃に進言したアドバイスを覚えてくださったのか、ひたすらラスパーダ要塞を守り抜く姿勢は、単調ではあるものの必要最低限の的確さを感じられる。


 現役勇者であるレーディがここで修業なんかしている今この時も、あの方はラスパーダ要塞に鎮座して動かないのだろうなあ。


「とりあえずドロイエさえいれば当代の四天王は安心できる。しかし彼女にばかり負担を掛けるわけにはいかん。だからこそ四天王の称号に相応しくない者は早急に除き、ドロイエの援けとなれる者を選び直さねばならんのだ」


 グランバーザ様からのドロイエ様への評価高い。


 まあわかるけど。

 俺も四天王補佐やってた短い期間、あの方の『他の三人に比べたらマシっぷり』が痛いほど伝わって来たから。


「わかります……!」


 さらに話に乗っていたのは意外にも現役勇者のレーディだった。


「私も、ドロイエには散々苦しめられてきましたんで」


 ああそうか。

 考えてみたら現役勇者の彼女こそドロイエ様の力を実感しているはずだよな。

 何しろ直接戦っているだろうから。


「一番手の水……、二番手の風の四天王と戦った私たちですが、先二人には順調に勝利したのに三番目のドロイエにはどうやっても勝てません。いえ、負けることもないのですが。彼女は徹底して守りに徹するので……」

「戦況をよく見抜いている」


 グランバーザ様は冷徹に言った。


「魔王軍にとってはラスパーダ要塞を明け渡さぬことこそが勝利条件。それを熟知し、のるかそるかの勝負を徹底して避けている。あの若さなら華々しい勝利を飾りたいという願望は強かろうに。それを押さえ、守りに徹する堅実さは並大抵のものではないな」


 敵味方からのドロイエ様の評価が絶賛すぎる。

 こんなに褒めちぎられているなんて、当の本人は夢にも思ってないだろうよ。


 こうしている今も、ラスパーダ要塞で「勇者いつ来るものぞ」と警戒してるんだろうなあ。


「私も勇者の称号を賜ったからには、必ずドロイエを倒しラスパーダ要塞を突破するつもりでいます」

「そうだろう、それが勇者の務めであることは我ら魔族も承知している」

「その覚悟を固めるためにも、先人であるお二方に聞いておきたいのです」


 レーディがグランバーザ様だけでなく、自身の前任者であるアランツィルさんまでも見回し言った。


「教えてください。勇者は何故、魔王を倒さなければならないのですか?」

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