61 アランツィルとグランバーザ、和解する
本日より再開です。
またお願いいたします。
ラクス村。
我が第二の故郷。
そこに世界最強の二人が集結していた。
「はああああ……、可愛いなあ……」
「宝だ。この子こそ世界の宝だ……」
そしてウチのジュニアことグランくんにメロメロとなっております。
先代四天王『業火』のグランバーザ様と。
先代勇者アランツィル。
かつて幾度となく激闘を繰り広げ、宿命のライバルと並び称される二人が。
ベビーベッドでお昼寝中の我が息に付きっきりで離れません。
「孫……、これが孫……! なんと尊い、神聖なる存在……!?」
「私が『お祖父ちゃん』と呼ばれる日がこようとは……! わかる……! 今ならわかるぞ……! 男は皆、立派なお祖父ちゃんになるために生き抜くのだ……!!」
……。
……まあ。
平和なら、それが一番何よりだが。
何せ本来は宿敵同士の二人である。
人生の大半互いを滅ぼすために費やし、ついに双方とも滅ぼされることなく引退するまで戦い続けたという稀有な例。
その分憎しみも降り積もり、今なお出会えば殺し合うしかない。
そんな、ある意味で特別すぎる間柄の二人であるが、そんな積年の憎み合いも……。
「あああああああああぁ……、可愛いなあぁ……!?」
「よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし……!!」
ウチの子の前ではどうでもよくなっていた。
恐るべし新生児の可愛さ。
「……おいグランバーザ」
「あぁ? なんだ?」
「私の孫に馴れ馴れしすぎやせんか? 魔族の分際で?」
「何を言う。この子はダリエルの息子。私が手塩にかけて育て上げたダリエルの息子だぞ。それは我が孫も同じではないか!」
「戯言を言うな魔族が! いいか? ダリエルは人間族、その子グランも人間族! 魔族のお前など関わる余地がないではないか! 私こそ! ダリエルと血の繋がりがある私こそ真のグランのお祖父ちゃん!!」
「心の絆は血縁を超えることもある! この子の名前を言ってみろ! グランだぞ! 何を由来にしているかわからんとは言わせない!!」
「ぐぬぅッ!?」
「記念すべき長男に私の名を使ってくれるとは……! 絶対的な尊敬の念を感じるぞ……!! ダリエルは本当に孝行なヤツだ……!」
「う、生まれたばかりならまだ改名の余地が……! なあダリエル! ここはここはグランではなくアランに名前を変えて……!?」
煩いです。
ウチの子がお昼寝中なんですから枕元で口論しないで。
とまあ、こんな風に老人二人、新生児にピッタリくっついて離れようとしない。
周囲を巻き込むレベルで凄絶な殺し合いをしない分、迷惑がなくていいんだけど……!?
「ギャー!! 私がグランのお祖父ちゃんだ! 直系なのだぞう!?」
「この子の名前は、私から取られたんだから! 私にこそお祖父ちゃんの資格がある!!」
だからベビーベッドの傍で言い争いしないでください。
グランくんがお昼寝から起きちゃうでしょう?
さすがに注意しようと進み出るが、それより前にトレイが二英雄の脳天に垂直落下した。
ゴンッ、ゴンッ、と……!!
「ぐええッ!?」「あべじッ!?」
「ウチの子のお昼寝中に騒がないでください……!」
お盆を下したのはマリーカだった。
我が妻。人間族魔族をそれぞれ代表する英雄二人に臆することなし。
「赤ちゃんにとってお昼寝こそ自分を大きくするための大切な時間。それを邪魔するなら部屋から出て行ってもらいます」
「すみません! 申し訳ありません……!」
「もうケンカしません! 静かにするので、どうか出禁だけは御勘弁を……!!」
ウチのカミさんやっぱ強え……!
歴代最強の勇者と四天王がひれ伏している……!?
マリーカから散々説教されたあと、ほとぼりを冷ますためか息子グランから一旦離れてこっちに来た。
「……やれやれ、ダリエルよ。お前の奥さんは怖いなあ」
「いや、私の妻もあれぐらい気が強くてなあ。……男は、自分の母親に似た女を好きになると言うが、やはり血に刻み込まれてるんだなあ」
当たり前のように和気藹々とする仇敵同士を眺めて、俺はさっきから気が遠くなっているのであった。
さて。
ここで一回情報を整理し直しておこう。
先代四天王の一人グランバーザ様と。
先代勇者アランツィル。
この二人は各々魔族人間族の代表となって戦い合ってきた宿敵同士。
……であることは、さっきから何回も言っているが。
この二人、それぞれ独特の経緯で俺の重要な関係者であった。
まず四天王のグランバーザ様は言わずもがな。
かつて魔王軍で暗黒兵士をしていた俺の上司であり、公私にわたって大変お世話になってきた。
お世話になったどころか、孤児であった俺を拾って育ててくれたのだから父親のような御方と言っていい。
つまり育ての親。
それがグランバーザ様だった。
一方、かつて勇者であったアランツィルだが、前職魔王軍であった俺にとっては、まさに怨敵。
戦場で出会って死ぬような思いをさせられたことなど一度や二度じゃない。
しかしよりにもよって、そのアランツィルこそが俺の実父だという。
若い頃、魔族にさらわれた息子を必死で取り戻そうとしたが、結局手掛かりもなく見失い。
喪失の悲しみを憎しみに変えて、魔族殲滅のために戦ってきたのが勇者アランツィルだという。
その生まれたばかりで行方知れずとなった勇者の息子。生き別れたタイミングやら経緯に関わる人物やらを照らし合わせた結果、俺と同一人物である可能性が濃厚、というか確定といった感じで……。
つまり歴代最強の勇者が、血縁のある実父。
ということらしかった。
「うわぁー、ビックリだあ」
としか俺も言いようがない。
息子を奪われた怒り憎しみを動力に魔族と戦ってきた先代勇者だが、その息子が敵陣にいたという皮肉。
事実が発覚して再会を果たしても、別れの際は赤ん坊であった息子も今では三十過ぎたいいオッサン。
共に過ごすはずだった何十年もの時間は戻ることはないとやっぱり怒り狂っていたところに、その狂乱を止めたのが我が子グランくんの可愛さだった。
アランツィルにとっては息子の息子……、孫に当たるこの子だが。
三十年の時を超えて奪われた息子がそのまま帰って来たような錯覚を覚えたのだろう。
グランくんにメロメロになる形で最終決戦は回避されるに至った。
グランバーザ様の方も、自分の名前を受け継いだグランにメロメロであるし。
仇敵同士の敵愾心を一挙に消滅させる。
赤ちゃんの可愛さは凄いな。
「ダリエルさん……ッ!?」
現役勇者のレーディが話しかけてきた。
さすがにこの子も、旧勇者&四天王の重鎮が揃った異常事態に我関せずとかできないか。
「凄まじいです! やはりアナタは特別な存在だったんですね!!」
「えー?」
「そうでしょう? 歴代最強と謳われる勇者アランツィル様の血統を受け継ぎ、歴代最強と謳われた四天王グランバーザから育てられて薫陶を受けた。これほど凄い出自と経歴を持つ御方は他にいません!!」
言われてみればそうかもしれない。
生みの親が最強勇者で、育ての親が最強四天王。
改めてフレーズにしてみたら凄さが三倍増しで伝わってきた。
誰だ!? こんなアホみたいにぶっ飛んだ履歴を掲げるヤツは!?
俺だった。
「ダリエルさんがアホみたいに最強であるのも当然でした。私などよりずっと勇者に相応しい……! 今からでも私と勇者の座を交代した方が……!」
「いやいやいやいや、待って待って待って」
なりませんよ勇者になんか。
以前から勇者パーティに加わることすら拒否している俺なのに、勇者本人になるわけないじゃない。
俺にとって今はラクス村が何より大事なの。
この村の平和を守るために、魔王討伐になんか行ってられないの。村から離れたくないの。
「愛する妻と息子の下から離れたくない」
「その通りだ」
なんか先代勇者のアランツィルさんから賛同された。
「家族こそが何より大事だ……! 私だって妻と息子が無事だったら家族を守ることにすべてを懸けて勇者など辞めていた……! ……ダリエルよ」
「はい?」
何故呼び捨て?
ああ、実の息子だって判明したから?
「家族を何より大事にするのだ。それ以上に大事なことはない。少なくとも勇者の責務より家族の方が重い。私は失って初めて気づいたが、お前は失ってはならない……! 本当に……!」
「はあ……!」
アランツィルさんは、息子との再会を果たして感無量な様子だが、俺は困った。
感慨がまったく伴わないんですけど。
何しろ俺的には物心ついた時から孤児で、親がいないのが通常形態だったし。
幼少からグランバーザ様という最高の親代わりがいてくださったので寂しかったという思い出もない。
こっちももういい大人だし、今さら実の親が出てきたところで感動するほどの衝撃もないんだが。
……でもそれ、アランツィルさんの前で公言するのは残酷すぎるよなあ。
ここは話を合わせてあげるのが優しさ。
「……俺も嬉しいです。はい。ええ……」
「いいんだ、お前が生きていてくれていただけでも。父は嬉しい。本当に嬉しい……ッ!!」
「どうも……」
こうして上手いこと各自の感情をコントロールして。
ラクス村は今日も平和です。
今回より更新ペースは隔日で、二日に一回の20:00に更新となります。
どうかお願いいたします。






