59 赤子グラン、すべての戦いを抹消する
ジリ……ジリ……。
俺は注意深く距離を取る。
先代勇者アランツィルと。
彼の俺を見る目は、なんかそれ以前とはまったく異なり血走っている。
彼が一歩踏み込むごとに、俺は一歩引き下がる。
「何故避ける!?」
「なんか怖い!」
三十男をビビらす老紳士の視線。
「ダリエルさん! その言い方は酷いですよ!」
「そうなのだわ! 実の父親に向かって!」
外野が勝手に騒いでおる。
というか言った。どさくさに紛れて核心的なことを言った!!
「状況的に考えたら、そうとしか考えられないでしょう?」
「そうなんだけど」
三十年以上も昔のこと。
勇者アランツィルから生まれたばかりの息子を連れ去った実行犯。
そしてグランバーザ様に赤ん坊だった俺を渡した同僚。
それらは同じ魔族だった。
ならばその魔族の手によって渡し移された赤子も同一と考えるのが妥当。
「ダリエルさんは、すべてのオーラ特性に適合して全部を得意としています」
「それが何か?」
「アランツィル様も同じです。全特性を得意としています。親のオーラ適性は、子に遺伝すると聞いたことがあります」
まさか……。
それも俺たちの血縁関係を示す証拠だとでも?
「アランツィル様のオーラ適性は非常に希少で強力。それゆえ歴代最強になれたと言います。それと同じ才能を備える二人が、まったく無関係とは思えません」
そうは言うが。
正直、自分に血の繋がりがあるかとか考えたこともなかった。
自分の存在を自覚した時から孤独だったのだ。
それがまったく自然なことと捉え、当たり前のように感じていた。
空が青く、海が青く、夏が暑く冬が寒いのが当たり前で理由などないように、俺が天涯孤独であるのも同じだと思っていた。
しかし生ある者が孤独であることには必ず理由があるようだった。
「私の、私の息子なのか……」
アランツィルが震えていた。
「死んだはずの息子が、もうとっくの昔に諦めていた息子が今、目の前に……!?」
そうは言うけど俺にとっても理解が追い付かない。
意識したことすらない俺の実の親が、よりにもよってこの勇者とは。
魔王軍時代、コイツによって何度死ぬ思いをしたかわからないというのに。
「……ッ! ……ッ!!」
アランツィルは駆け出した。
しかしそれは俺に向かってではない。
その横で放心しているグランバーザ様へだった。
「ッ!? いかんッ!?」
ヤツはグランバーザ様へ向かって長棒を振り下ろす。スラッシュ(斬)やらヒット(打)のオーラがない交ぜに込められた武器で。
寸前で割って入り、ヘルメス刀で長棒を弾き返す。
「邪魔をするなッ!」
アランツィルが言う。
「私の家族を、息子を! 奪い去った魔族に罰を与えるのだ! 私は今、怒りで満ち溢れている! この怒りを抱えたままジッとしているなどできようか!」
「グランバーザ様を害することなど許さない」
「何故だッ!! お前は人間族だ! しかも私の息子だ! なのに何故魔族の味方をする!?」
アランツィルは長棒の先を指代わりにして突き付けてきた。
「魔族こそ私の敵、お前の敵ではないか! お前から人生を奪い取った憎き仇だ!! 怒りをぶつけこそすれ、守る道理などあるはずがないではないかッ!?」
「俺はこの方から生を貰った」
物心ついた時からグランバーザ様がいてくれた。
様々なことを教えてもらい。生涯を懸けて打ち込むべき仕事と、充実感を与えてもらった。
生みの親がいないことを少しも疑問に感じなかったのは、グランバーザ様という育ての親がいてくださったからだ。
「グランバーザ様は我が恩人にて人生の一部。その方に敵するというなら俺の敵だ。全力で対抗する」
今の俺には、そのための力がある。
ラクス村に来て、新しい家族とともに得た武器とオーラの力が。
この力があればアランツィル、かつての絶対脅威とも正面からぶつかり合うことができる。
「違う……ッ!」
背後から声がした。
グランバーザ様だ。
俺が庇うように立ち塞がったのでそういう立ち位置になってしまった。
「与えてくれたのは私ではない……! お前の方だ……! 私はお前から掛け替えのないものを数多く与えてもらった……!」
「グランバーザ様……!?」
「情を、心を。私が強くなれたのは、お前と共に過ごした時間があったからだ。お前に尊敬される私であればこそ最強と呼ばれるようになったのだ。お前は我が誇りそのもの……! 我が宝……!」
俺のことをそんな風に思ってくださったとは……。
感動で泣きそうになる。
「ふざけるなッ!!」
それに憤激したのはアランツィルだった。
「その時間は、私のものだったはずだ! 息子と共に過ごし、その時間を力に変えるのは私だったはずだ! お前が私から奪い去ったものだ!!」
「……ッ!」
「情が、心が、お前を最強に変えただと……!? ならば私はなんだ? 私を強くしたのは憎しみだ! 息子を奪い取られた怒りと憎しみが私をここまで強くした! なんと惨めなのだ私は!!」
凄い。
アランツィルの怒気交じりのオーラが全身から噴き上がっている。
肉眼で確認できる。
目視できるほど濃厚なオーラなんて……!?
「たとえ息子が生きていたとしても、息子と共に過ごすはずだった数十年はもう返ってこない! 取り返しがつかない!!」
この人を止めることは不可能だ。
俺もヘルメス刀にありったけのオーラを込めた。
「私の心に憎しみを植え付けた魔族どもを根絶やしにする! 邪魔する者は誰であろうと許さぬ! たとえ生きていた私の息子であろうとも!!」
「ダリエル……どくのだ……!」
グランバーザ様?
「かつての我が同僚……。ベゼタンのしたことは魔族から見ても唾棄されるべき卑劣。私はヤツを心から軽蔑する。それでも私は同僚同族として、ヤツのしでかしたことの責任を取らねばならん……!!」
「彼を殺すのですか?」
「憎しみの塊となったヤツを止めるにはそれしかあるまい。ヤツ一人だけを死なせん。どうせヤツとは腐れ縁のようなものだからな……!」
グランバーザ様の体表から炎の魔力が燃え上がる。
既に双方引退したとはいえ、歴代最強の二人がまたここでぶつかり合うというのか!?
「どうせ、この世での用をすべて果たした身だ。いつ終わろうとも悔いはない。お前もそうだろうアランツィル?」
「ぐぅ……! ぐうううぅ……!」
獣のような唸り声を上げる勇者。
「もう時代は移り変わったのだ、ダリエルのような若者の時代に。老いた我らは、共に去ろうではないか。お前の拭いきれぬ無念は、私の命一つで満足してもらうぞ……!」
グランバーザ様は、俺のために戦うつもりなのだ。
俺の新しい時代を切り開くためにアランツィルに宿った古い憎しみを自分一人で受け止めるつもりなのだ。
「グランバーザ様! ここは俺が……!」
「下がっておれダリエル。お前に肉親殺しなどさせん。これまでお前にも散々迷惑をかけてきたのだ。この程度の償いをしなければ心残りなく冥府に旅立つこともできん……!」
「そんな! 俺はアナタから恩ばかり与えられて……!」
そうしている間にも、アランツィルから噴き出すオーラは濃度と勢いを増していく。
止められない戦い。
そう思った時。
ザパーンと。
水がぶっかけられた。
アランツィルとグランバーザ様と、何故か俺にも。
「つめてえええええッ!?」
井戸水なのか酷く冷たくて、俺だけでなく他の二人も飛び上がった。
「イザコザはやめてください!」
空の桶をもってふんぞり返っているのは、我が妻マリーカだった。
もしやその桶で水をぶっかけて。
「最強の四天王と勇者を相手に……!?」
「信じられないクソ度胸だわ……!」
役立たずの現役どもも戦慄している。
「アナタたちにどんな事情がってもアタシは知りません。でも、憎しみで争い合うなんて醜いことをウチの子に見せないでください!」
と掲げるゼロ歳児。
俺の可愛いグランではないか!
「この子は、私の生んだ子です! ダリエルさんの子どもでもあります! つまり、アナタ方にとっては孫!」
「「孫!?」」
アランツィルとグランバーザ様がハモッた!?
二人の視線が息子グランに吸い寄せられる。
まだ赤ん坊のグランは、まだなにもわからず凝視してくるジジイどもを見返した。
それこそ無垢な表情で。
「まだ何も知らないこの子に、真っ先に醜く争う様を見せるなんて。おじいちゃんとして恥ずかしくないんですか?」
「「おじいちゃん!?」」
「そうですよ、血縁の親でも育ての親でも、ダリエルさんのお父さんであるのは皆同じ! ならばアナタもアナタもこの子のおじいちゃん!!」
マリーカの言葉がすべてを支配していく……!
アランツィルもグランバーザ様も、息子グランの無垢な表情に吸い寄せられる。すべてを忘れて。
長年の宿敵が仲良く赤子の前に並んでる……!
「清らかな赤ちゃんの前には戦いなど無意味なのですね……!」
「素晴らし老い大団円なのだわ……!」
今回終始役立たずだったレーディとゼビアンテスが感涙していた。
単純にムカつく。
だが、何にしろ過去最強のあの二人を説き伏せてしまうとは。
ウチの妻は本当に強いなあ……!?






