05 ダリエル、村の一員となる
「えー、というわけで……」
なんか村の皆さんに紹介されることになった。
俺が。
いきなり村人全員を集めて。
「このラクス村に新しく住むことになったダリエルくんだ」
マリーカさんのお父さんが、俺の肩をバンバン叩いた。
「コイツだよ?」と示すように。
お父さん自身が何か自慢げなのが謎。
「ど、どもー……?」
俺は精一杯愛想よくしてみたが、村人たちの視線はどう解釈しても『珍獣』に向けられるものだった。
「彼には冒険者として働いてもらう。依頼はいつものようにワシが一括して受け付けるので、困ったことがあれば村長であるワシのところに言いに来てくれ」
「え?」
それにもっとも反応したのが俺だった。
マリーカさんのお父さんに対して。
「村長だったんですかアナタ!?」
「おう、言ってなかったか? ワシが村長だ! ギルドマスターでもあるがな」
どういうことですか?
「小さな村なんでな。村長がギルドマスターを兼ねておるのよ」
小さな村とはいうが、こうして村の全住人を目の前にすると、大袈裟な表現でなかったことがわかる。
せいぜい三十人程度しかいない。
これが村の総人口というわけか。
ギルドも正式な支部を持たず、村長がギルドマスターを兼任するだけで機能できてしまう規模……、というのが納得できてしまう。
……ところで。
するとマリーカさんは村長の娘さん?
「……ご紹介に預かりましたダリエルです」
とりあえず自分からも自己紹介。
「これから村の一員となるべく頑張っていく所存です。仲良くしていただければ幸いです」
できるだけ物腰柔らかく当たっていく。
「舐められないように」とか考えてもロクなことにならない。
「礼儀正しいねえ……」
「外から来た人だと聞いて最初は心配したが……」
「しかも案外男前じゃない……?」
村人たちから好印象を得たようだ。
滑り出しとしては悪くない……。
「へッ、気に入らねえなあ」
……というわけでもなかった。
一人、俺への敵意を剥き出しにしている。
「冒険者だと? なんでラクス村に冒険者が二人もいるんだよ?」
「?」
若い男だった。
見た目からして二十歳前後。
体つきもしっかりしていて、よく動けそうだが、顔つきは生意気盛りで十代の幼さをまだまだ残していた。
「……キミは?」
「気安く話かけんじゃねえよオッサン!」
反応が幼い。
まあ、たしかに俺はオッサンだけど。
三十歳はけっこう前に過ぎ去ったけど……!
「……彼は?」
仕方ないので村長さんに振る。
マリーカさんのお父さん改め村長さんだ。
「……ガシタと言ってな。今や我が村では貴重な若者じゃい」
村長さんも少しげんなりした表情になる。
「冒険者をやっとる」
「彼も」
「というか我が村でたった一人の冒険者だ。他にはなり手がおらんでな」
聞きしに勝る過疎ぶりだな。
冒険者がたった一人の村とは。
「だからキミが来てくれて助かったんだ。キミが加入してラクス村の冒険者は一人から二人になった。これで村人からの依頼もスムーズにさばける」
やっぱり一人じゃ回しきれないんですか。
「煩せえよ! この村の冒険者はオレ一人だけで充分だ!!」
それに食って掛かるのがガシタとかいう若者だった。
「大体、こんなオッサンが冒険者として通用するのかよ? 冒険者は厳しい仕事なんだぜ? バカや弱虫には務まらねえぜ?」
あからさまに挑戦的な口調を向けてくる。
「こんなくたびれたオッサンによ。森の中を駆け回る体力はあるのかよ? モンスターと戦えるのかよ?」
「体力だけは自信あるつもりだよ」
「……何級だよ?」
「え?」
「冒険者の等級だよ! そんなこともわからねえのか素人が!!」
そう言われても、俺もつい最近冒険者になった紛うことなき素人だからなあ。
「……ダリエルくん、手の甲を見てみなさい」
見かねた村長が助け舟を出してくれた。
「手の甲?」
「そこに紋章が浮かんでいるだろう。ギルド登録者に刻まれる紋章だ」
言われてみれば。
登録の儀式をした時に浮かんだな?
「これはE級冒険者の紋章だ。冒険者にはE~Aまでの等級がある」
「E級!? 最下級じゃねえか、オッサンのクセに情けねえ!」
ガシタは嘲りの表情を隠そうともしなかった。
「ちなみにキミは?」
「D級よ!」
一個上か。
「そういうわけで、格上のオレを敬うんだなオッサン! 現場で会っても邪魔をするんじゃねえぜ!?」
そう言い捨てると、肩を揺らして去っていってしまった。
なんなんだ彼は?
「等級で勝っているとわかって、ひとまず安心したんだろう。本当に小さいことに拘るヤツだ。だからいつまでも器が広がらない」
村長がどっぷり深いため息をついた。
「この村にとって貴重な若者なのはたしかだ。だがあれではどうもいかん。住んでる世界が狭すぎて増長しておる」
村長としてか、ギルドマスターとしてか、より単純に村の年長者としてか。
厳しい評価を不満と共に吐き出す。
「アイツは村唯一の冒険者として、特別な仕事をしていると有頂天になっておるのよ。実際にはそんなことない。D級冒険者など、少し大きなギルドに行けば掃いて捨てるほどいる」
冒険者の業界では、E級とはそれこそ駆け出しのド新人。
例外なく全員が一つ二つのクエストをこなしてD級に上がるのだと言う。
「冒険者にとってE級など仮免のようなもの。D級こそ真の最下級といえる。そのD級であることをあそこまで誇らしげに見せつけるとは。情けないやら恥ずかしいやら……!」
村長さんは頭を抱えてしまった。
「ダリエルくん。キミが冒険者として働いてくれれば、アイツも比較する対象ができて、自分がどれほど未熟か悟ることができるだろう。そういう点でもキミを頼らせてもらえまいか?」
「俺は彼より下のE級ですがね」
「誰でも最初はE級から始まるものよ。キミの才覚ならA級になるのも夢ではあるまい!」
そんなおだてないでくださいよ。
俺が増長しちゃいますよ。
「じゃあ、早速お仕事を下さいませんか?」
「早速か、助かる。とはいえこんな小さな村だ。依頼なんぞ森の中での薬草摘みか、モンスター駆除ぐらいのものだが」
他にどんな依頼があるんだろう? と思ったが、話が逸れそうなので聞かなかった。
「特に薬草集めの方がな。ガシタのバカ者が『D級冒険者のオレがやる仕事じゃねえ』と受け付けないから困っておったんだ。ダリエルくんに引き受けてもらえると非常に助かる」
「やりましょう」
ただ草を摘んでくるだけの簡単な仕事だが、森の中には危険がいっぱい。
用心して冒険者に頼むのがセオリーなんだそうだ。
「ウチのマリーカが森に入って危険な目に遭ったばかりだ。ガシタが生意気言わずに薬草取りクエストも引き受けてくれたら、そんなことも起こらなかったろうに……!」
俺が彼女と出会った時のことか。
か弱い女性が森の中にいたのは、そんな理由が。
しかしそのおかげで俺とマリーカさんが出会えたんだから、複雑な気分だなあ。
「ダリエルくんも森に入る時は充分気をつけてくれ。今はエテモーンが出没しているから」
「エテモーン?」
「この辺特有の猿のモンスターだ。狂暴なヤツで、コイツの目撃情報が出ると村人は森に入れなくなる」
と言って村長は一枚の絵を見せてくれた。
エテモーンとやらのスケッチらしい。
「ん?」
この猿の絵に見覚えが……!?
「ガシタが討伐クエストを受けているが、あのボンクラ半月かけてもまだ倒せずにいる。エテモーンを倒せん限り、ちょっとした薪拾いにも行かれんし、本当に困ったもの……!」
「あら、これ……?」
マリーカさんがスケッチを覗きこんで言った。
「この絵の猿、ダリエルさんが倒したヤツじゃない?」
「え?」
俺も思った。
森の中で、マリーカさんに襲い掛かろうとしていた猿。
その猿の外見は、スケッチの中にいるエテモーンの姿と瓜二つだった。