58 アランツィル、生き別れた息子に出会う
落ち着いてから色々わかった。
グランバーザ様の言う『すまない』の意味などが。
「では、グランバーザ様はご存じだったのですか? 俺の本当の種族を?」
「お前が五、六歳程度の頃、魔法が使えないことが気がかりでな。いろいろ調べていくうちにわかった。その様子だとお前も気づいたらしいな」
ええ。
初めて知った時は心底ビックリしましたよ。
「ずっと迷っていた。どうするのが本当にお前の幸せなのかと。本来いるべき場所に帰してやるのが幸せなことだとわかっていたが、手放すことができずにズルズルと来てしまった……!」
そんな話初めて聞いた。
この方は、ずっとこんな後ろめたさを引きずって俺と接していたのか。
「しかし、やはり人間族は人間族の中で暮らすことがもっとも幸せなのだな。こんなに立派になって、家庭も築いて……! 本当に立派だぞダリエル……!」
「それでも、幼い俺を育て上げてくれたのはアナタではないですか……!」
俺はアナタに、一生かけても返しきれない恩がある。
「見てください。俺の息子です。グランと名付けました。勝手ながらアナタの名前から頂きました」
「おお……」
「アナタに育てていただいた日々は、俺にとって掛け替えのないものです。謝罪の対象になどされたくない」
ありがとうございます。
ありがとうございます。
感極まった俺はグランバーザ様と抱き合った。
こんなに小さな人だったのかと改めて感じた。
「いい話だなー」
「いい話なのだわー」
脇で外野どもも感涙している……。
……者たちのいる横で。
「放せ! 放すのだ! ここで四天王を血祭りに上げずして何が勇者だあああッ!!」
「アランツィル様! 空気を! 空気を読んで!!」
いまだに魔族へ斬りかからんとする先代勇者を、現役勇者が抑え込んでいた。
……なんかすみません。
「……はあ」
「ぬおぉッ!?」
振り下ろすヘルメス刀。
それをアランツィルが白羽取りして互いの力が拮抗する。
「すみません。話の通りなんで、恩人を討ち取られるわけにもいかんのですよ」
「話は聞かせてもらった。……まさかキミが、あの厄介な補佐官だったとは」
厄介。
俺が敵方からそんな風に認識されていたとは。
「視界の端にチョコチョコするだけだったが、いつも重要なところで極めて的確な邪魔をしてくるので印象に残っていた。……まさか魔族でなく人間族であったとは……!!」
「俺も知った時はビックリしました」
「しかし真の出自を認識した以上、我らに味方して魔族を討つのが筋であろう!! 魔王討伐、魔族殲滅こそ人間族の数十世代に渡る悲願だぞ!!」
「恩義と愛情は種族を超えるのです」
親代わりとなって育ててくれた方を、所属が変わったからと言って簡単に殺せるか。
「とはいえ、今の俺には人間族にも恩情はある。だからせめて俺の見ている前では互いに仲良くしてほしいのですが……」
「ふざけるな!」
アランツィルは振りほどこうとするものの、少しでも気を抜けば白刃取りしたヘルメス刀がアンタの体に食い込むぞ。
純粋な力比べなら老いたアンタに勝ち目はないのだ……。
「私は! 私は魔族を根絶やしにしなければならんのだ! それが私の使命! 生きる意味! 止めてくれるなダリエルくん!!」
「アナタの身に起こった不幸は同情します。でも、それを理由にこっちまで悲しみを許容することなどできない」
一応力比べでは俺が勝っているが、アランツィルは頑として引き下がる様子はない。
これはどうしたものか……。
「あの……、さっきから聞いていると、どういうことだ?」
グランバーザ様が話に加わってきた。
「不幸とか悲しみとか……? いや、我らある意味長い付き合いって言えるけど、敵味方なんで実はそんなに互いのこと知らない……」
でしょうねえ。
「黙れ! 汚らわしい魔族が、我が子を殺された恨みをわかられてたまるか!」
「え……?」
「貴様の同胞の悪行ではないか! 四天王『泥水』のベゼタン! ヤツの卑劣なる所業が、幼い我が子を奪い去った。息子は生まれたばかりだった! 私は子どもの顔を見ることすらなかったのだ!」
火を吐くようなアランツィル怨嗟の声。
彼にとって家族を奪われた憎しみこそが、戦いの原動力だとわかる。
「四天王……、ベゼタンだと……!?」
「あ、やっぱりグランバーザ様は知ってます?」
今や魔族の最古老ですからね。
俺は知りませんでした。
「ヤツが、貴様の子どもを奪い去ったというのか? 生まれたばかりの赤子を?」
「そうだ! 私はあの時から、魔王を殺し魔族を滅ぼして、妻子の無念を晴らそうと心に誓ったのだ!!」
グランバーザ様が難しい表情になった。
やはり敵とはいえ重いエピソードを受け止めきれなかったか?
「……ダリエル」
「はい?」
「私がお前と出会った時のことを、詳しく話したことはあったか?」
?
いえ?
何やら戦場で置き去りにされた赤子の俺を拾った程度にしか?
「実はな……、お前を得た経緯には、かつての四天王ベゼタンが大きく関わっている……!」
だから俺、その方のこと全然知らないんですが?
「たしかにヤツは因循姑息で、味方からも嫌われる男だった。直接対する敵ではなく、その関係者を狙うという卑劣極まる手段も、ヤツが使うというなら腑に落ちる。理解も共感もできんが……!」
あの、一体何の話なんです?
「そのベゼタンの最期を看取ったのが私だ。私が駆け付けた時、ヤツは腹を裂かれ、手足を斬り落とされ、目玉を潰されていた。あれは恨みからくる所業だったと今わかれば納得がいくな」
その語りに、アランツィルが反応した。
彼こそがその残虐を成した張本人だからだろう。
「ベゼタンは最後に言った。『切り札を残した。あれを上手く使えば勇者も必ず倒せるだろう』と。その『切り札』とやらの隠し場所を伝え、それを仕舞いにヤツは息絶えた」
そして、その最後の指示に従った末に探し当てたところにあったのが……。
「幼い乳飲み子だった。ダリエル、お前だ……」
マジですか。
「赤子が切り札……。当時はわけがわからなかった。最初に考えたのが、これがベゼタンの息子で、父親の才覚を引き継いだ子が成長すれば打倒勇者の精鋭になる、ということだ」
でも、その子どもはのちに人間族であると言うことが判明する。
「益々わけがわからなくなった。だが、その時にはダリエルは私にとって掛け替えのない息子であり、もはやベゼタンの遺言などどうでもよかった。だが……」
今になって、その状況が意味を帯び始める。
互いに足りないピースを出し合って、見えてくる図絵は……。
かつての四天王がかどわかした勇者の息子。
その四天王の死後、同僚のグランバーザ様が託された赤子。
その子は、魔族の中にいながら人間族だった。
補足、その赤子というのは成長した俺。
「う~む?」
その場に居合わせた全員の視線が、俺に集中している。
わかる。
皆が何を考えているのかわかる。
「いやー、偶然ってあるもんだなあー」
「ダリエルさん! 現実から目を背けないでください!!」
「偶然で片付けるには無理がありすぎるのだわ!」
わかってる、わかってますよ!
俺にだって受け止めきれないものがあるわ!
「…………」
振り向くと、先代勇者アランツィルも俺のことを凝視していた。
今までにない類の感情が宿った。
三十年以上生きた俺でも判別しがたい複雑すぎる感情。
「……………………キミが」
「はい?」
「キミが私の息子だというのか? 三十年以上前に死んだと思っていた……!?」
「さあ?」
ズババンッ!
と叩かれた。レーディとゼビアンテスの二人から。
「なんでそこで断言しないんですか!?」
「往生際が悪いにもほどがあるのだわ!!」
だから俺もまだ受け止めきれないんだって!
事実には許容量があって、それを越えたら心が事実を飲み込みきれないということを知った。






