56 グランバーザ、ラクス村に到着する(四天王side)
先代四天王の一人『業火』のグランバーザがラクス村へと訪れた。
「……探すのに随分と時間がかかってしまった。人間族の領内ゆえに仕方のないことだが」
ダリエルがここにいる。
それをグランバーザは微塵も疑っていなかった。
何しろ魔王が直々に言い及んだことなのだから。
魔王は気まぐれにしかものを言わないが、それが的外れであったり現実に即していなかったりしたことなど一度もなかった。
何故か、与り知るはずのない遥か遠くのことを、ピタリと言い当てるのが魔王。
それが正確無比であることを長年仕えてきた四天王グランバーザはよく知っていた。
だから疑うことなくラクス村を探し当て、こうして訪れていた。
「ここにダリエルが……!」
引退したとはいえ、魔族の重鎮である彼が手すがら探し求めるほどにダリエルは重要だった。
元々グランバーザは情の薄い男だった。
それよりも戦場で働き、功績を残すことに生きる意味を見出していた。
結婚はしたが、それは地位ある者としての義務であり、子を作ったのも義務ゆえだった。
ダリエルを養育したのも、死した同僚に託された義務感がもっとも先にあった。
四天王ベゼタンの忘れ形見だとばかり思っていた嬰児が、そうでないと判明し、まして魔族ですらないとわかった。
義務感は消え去ったのに、それでもダリエルを手元に置き続けたのは……。
義務感を超える情が湧き起こったからに他ならなかった。
部下として育てた養子に対して。
グランバーザは知っている。
歴代最強などと持てはやされる自分が、何故最強となったのか。
その原因は情。
情を知ることによって生ある者は何倍も強くなれる。
使命感の戦鬼に過ぎなかったグランバーザに情を教え、最強へと導いたのはあの子だった。
あの子が自分を最強にしてくれた。
それを知るグランバーザは、成長したダリエルに何としても報いたかった。
ダリエルに四天王補佐の役職を与えたのは、魔法が使えない彼が就ける中で最高がそれだったから。
しかしダリエル自身も有能で、補佐の仕事をしっかり務め上げてくれた。
その感謝として、自身が去ったあとにもダリエルを補佐の座に残し、栄達してほしいと願ったのに、無能の塊でしかない実子があろうことかダリエルを追放した。
せめて謝罪を。
その一念がグランバーザをみずからラクス村へ向かわせた。
「……ぐッ」
勇者アランツィルに突き立てられた腹の傷がまだ痛む。
この傷を抱えた遠出は相当に堪えたが、それでも訪れないわけにはいかなかった。
「この村の中からダリエルを見つけ出さねばならぬ……!」
村の外縁で立ち止まり、グランバーザはこれから遂げねばならぬ作業に思いはせた。
グランバーザは魔族であり、これから入るのは人間族の村。
知られれば大騒ぎとなるだろう。
人間族と魔族を外から見分けるのは難しい。
それはダリエルが長く魔族の中で生活していたことからも明らかだ。
グランバーザは今、身なりも粗末なものにして旅人を装っているが、こういう小さな田舎村ほど進入者には敏感。
「慎重な行動が求められるな……!」
とりあえず村に入り、歩いてみる。
寂れた僻村かと思っていたが意外に人が多く、活気もあった。
それはグランバーザにとって有利なことでもあった。人が多ければ多いほど、闖入者が紛れ込んでも気づかれない。
しかし同時に不利なこともあった。
「こう数が多くてはダリエルを探すのも一苦労だな……」
あまりあちこちを歩き回っては怪しまれる危険性もある。
悩ましい状況でもあり、老いて傷ついたグランバーザは多少歩くだけでもしんどい。
村の近くまでは、炎魔法を動力にする移動用魔導具を使ったが、それを人間の村の中で使うわけにもいかない。
我慢できず、道端に座り込んだ。
老いを痛烈に実感した。
「こんな時……」
ダリエルがいたら飲み水でも持ってきてくれるのだろう。
本当に周囲に気を配る子だった。
もっと自分自身を気遣ってもよかったであろうに。
「はい」
座るグランバーザの前に、何かが差し出された。
それは獣の皮で作られた水筒だった。
「水、飲まれますか?」
「ああ、すまんなダリエル」
言ってすぐ「しまった」と思った。
当然水を差し出したのはダリエルではない。人間族の若い女だった。
「ああッ!? いやすまぬ……ッ! 知り合いと勘違いして……ッ!?」
「いいんですよ。それよりもお水、飲んでください。疲れているんでしょう?」
「だが……」
あまり拒絶しても怪しまれると感じ、グランバーザは好意を受け取った。
皮袋の中に入った水は、澄んでいて美味かった。
女性は落ち着いた笑みを見せる。
見た目二十そこそことしか思えない若さだが、そうとは思えない貫禄ぶりがあった。
彼女の背におぶさっているものを見て、すぐに納得した。
「赤ちゃんか……!」
女は、母親になれば何歳だろうと威厳を伴うものだ。
グランバーザは立ち上がり、蓋を締めた水筒を返した。
「ありがとう。アナタの親切に痛み入る」
「いいんですよ、この村を訪れてくれる人は、誰でも家族のようなものですから」
若い母親は笑顔と共に応えた。
その笑顔の屈託のなさにグランバーザはますます好感を持った。
「ラクス村にはどんな用で?」
「うッ!?」
彼女は、グランバーザがよそ者であるということに気づいていた。
気が利く上に鋭い。まるでダリエルのようだと舌を巻いた。
「ひ、人探しに……!」
何もかも隠そうとすれば余計に怪しまれる。
魔族であることさえバレなければ問題ないと思い、他は素直に答えることにした。
元々ウソは不得手なグランバーザである。
「人を……、人を探している。ある方から、この村にいると教えを受け、こうして足を延ばしてみた」
「それは大変でしょう。探し人はどんな方なんです? 名前は? 特徴は?」
「え?」
いきなり立ち入ったことを聞いてくる娘だな、と思ったが、さらにどう答えていいかグランバーザは迷った。
ダリエルがこの村にいることを疑ってはいない。
しかし立場が立場である。大っぴらに住んでいるかもわからないし、偽名を使っている可能性もあった。
ヘタに情報を公開し、自分が魔族と知られる藪蛇だけは避けたい……。
グランバーザが迷ってまごまごしていると。
「ではアタシの夫のところに行きましょう!」
「へ? 何故?」
「夫は村長をしています。人探しにも力を貸してくれます」
この娘、村長の妻だったのか。
道理で余計に貫禄あると感じたものだ、とグランバーザは得心した。
「では、お言葉に甘えて……」
彼女は、これから夫の下に弁当を届けに行く途中だという。
グランバーザはそれに同行することになった。
「……可愛いな」
「ええッ!?」
並んで歩くグランバーザの一言に、女性は必要以上に反応した。
「いや、背中のお子さんが」
「あ! ああ……!」
グランバーザにとって生まれたばかりの赤子は皆尊く見える。
連想するのは常にダリエルだった。
自身に課せられた過酷な運命に真っ向から立ち向かうダリエルも、初めて出会った時は赤子だった。
あの無垢な姿、抱き上げた時の感触をグランバーザは生涯忘れないだろう。
「赤ん坊はいい。大人たちが頑張る理由の第一だ」
「はい! 可愛いでしょう? グランっていうんですよ」
「ん?」
グランバーザは一瞬自分が呼ばれたのかと思った。
「夫が、大変お世話になった方の名前から拝借したそうで。アタシの父は、自分の名を使ってくれなかったとしばらく拗ねてましたけど」
家庭のよくある一コマに、グランバーザは思わず微笑む。
「どんな名前であろうと、子どもが生まれる以上の慶事はない。頑張りましたな」
「ええ、アタシの宝ですわ」
屈託なく微笑む彼女に、グランバーザはますます印象をよくした。
こんないい女性を妻に娶り、子宝にまで恵まれた男はさぞや幸せ者であろうと素直に感じた。
そんな彼女に導かれて引き合わされた村長が、まさか目的の当人であるとは思いもよらないことだった。






