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53 先代勇者、来る

 ラクス村に現れた先代勇者アランツィル。


 その姿は、たしかに俺の記憶と合致していた。


「変わってないなあ……!?」


 先代だけあってお歳を召している。五十前後といったところだろうか。

 白髪の多い髪と髭を蓄え、年長者の貫禄たっぷり。


 それだけだと、どこの村や街にもいる老紳士といった風で、往年勇者と思える印象はない。


 それでも異様な部分があった。

 体のあちこちを覆うやけどの痕である。


 いや、体の半分以上はやけど痕なのではないか?

 これだけの大やけどを負って何故生きていられたのか、と疑問に思うと同時に恐怖する。


 この穏やかさに潜む凶悪さこそ、勇者アランツィルの怖さ。


 ……というのが敵として彼を見てきた俺の実感だ。


「アランツィル様!?」


 旧勇者を見て真っ先に動いたのが新勇者だった。

 乙女レーディが、老紳士アランツィルの下に駆け寄る。


「こんなところでお会いするとは……! 何故ここに!?」

「お前に会うためだよ」


 アランツィルは、親戚の娘に接するようにレーディを迎える。


 俺としては彼の穏やかな態度に面食らった。

 戦っている時の彼しか見たことがなかったから。


「……ねえねえ」


 そんな俺の袖を引っ張るヤツがいた。

 四天王ゼビアンテスである。


「あの穏やかそうなオッサンが先代勇者なの? やけど痕の酷さ以外は、特に凄そうな感じがしないのだわ?」

「そのやけど痕は、グランバーザ様の『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』でついたものだがね」

「えッ!?」


 それを聞いてゼビアンテスは表情を変えた。


 歴代最強の火の四天王グランバーザ様の極大魔法の名ぐらい、コイツも知っているだろう。


「ウソでしょう……!? あの極熱魔法をまともに食らって灰にならないものなの!?」

「しかも、食らって体の半分以上を焼き焦がしながら突進をやめず、グランバーザ様の腹に剣を突き立てたんだ。正真正銘のバケモノだぞ」


 それでなおも、ああして生き延びている不可解。

 死なないどころか五体満足に動けているのが信じられない。


 穏やかな第一印象に騙されてはいけないのだ。


「私に? 一体何故……!?」

「この地で、みずからを鍛え直しているそうではないか」


 先代勇者は、年齢に相応しい穏やかな声で言った。


「既にセンターギルドに報せが入っておるよ。役人どもは、お前をいち早く戦場に戻したくてヤキモキしておるよ」


 こないだ来た勇者候補のノルティヤも、そんな経緯で送られてきたようだったからな。


「まさかアランツィル様は、私を叱りに? 魔王討伐を実行するように促しに来たのですか?」

「役人どもはそうさせたいようだが、私の知ったことではない。むしろ私の目的は逆だ」


 逆?


「レーディ、お前を送り出した時もかなり性急だったからな。四天王を蹴散らし、魔王の喉笛を斬り裂くには足りないと思っていた」

「え……!?」

「ここで力を蓄え直すのは、悪い選択ではない。ならばいい機会だ、伝え損なったことをここでじっくり叩きこんでやろうと思ってな」

「まさか! アランツィル様が直々に指導してくださるというんですか!?」


 レーディは凄く嬉しそうだ。

 先代勇者の威名は、いまだ衰えを知らない。


「でも、お体の方は大丈夫なんですか? 私が旅立つ時には、ベッドから出ることもできなかったのに……!?」

「それももう一年前の話だろう? 時間を掛けてすっかりよくなったよ。さすがに全盛期の動きは無理だがね」


 そう言って老勇者は、手に持つ杖を示した。


 ……いや、全盛期の動きが無理ってだけで、ちゃんと自分の足で歩けるぐらいに回復すること自体驚異的なんですが。

 グランバーザ様の必殺魔法を食らいながらだよ!?


「なので私も、しばらくこの村で厄介になりたいのだが……」


 老勇者の目が初めてこちらを向いた。

 隣にいるゼビアンテスが「ヒィッ!?」と小さな悲鳴を上げた。


「この村の方ですな? アランツィルと申します。村長か、それに準じた権限を持つ方にお取次ぎいただきたい」


 こっち近づいてくるーーーーーッ!?


 大丈夫か? 大丈夫か!?


 俺は心の中で大慌て。

 何しろ俺は、かつて魔王軍の四天王補佐としてヤツと対峙している。

 俺がヤツの顔を知っているように、向こうも俺の顔を知っている可能性は高い!


 気づかれたら……、自信をもって言える。

 俺は死ぬ!


「…………ッ!!」

「……はて、どこかでお会いしましたかな?」

「いいえ!! 初対面です!! でっす!!」

「そうか、ヒトの顔をしっかり覚えられんとは、歳かな?」


 よかったーーーーーッ!

 判明。先代勇者、俺のことをハッキリ覚えていない!


 それもそうだ、戦闘時ヤツがもっとも注意を払うべきは宿敵四天王で、その後ろでウロチョロする俺など眼中にも入らない。


 そうかもしれないと望みをかけていたが、思った通りだった!


「アランツィル様! そちらの方が村長さんです!」


 レーディが慌てて口を挟む。


「ラクス村の村長ダリエルさんです!」

「これは失礼した。こんなにお若い村長がおられるとは……!」


 いえいえ。

 これでももう三十過ぎですが。


「改めて村長、私の滞在を許可いただければ幸いです。滞在費は用意しておりますので、どうかよしなに」

「いえいえ! 元勇者さんからお金を受け取るわけには……!?」

「そういうわけにはいかぬ。過去には勇者の立場を傘に着て、立ち寄る村へ無理な要求をする者もいたと聞く。しかしそんなことは絶対にあってはならぬ」


 それ。

 ついこの間ノルティヤってヤツがやろうとしてましたよ。

 未遂のうちにボッコボコにしてやりましたが。


「勇者は、正義の使徒であらねばならぬ。正義のために与えられた称号を、私欲のために使ってはならぬのだ。……レーディ」

「は、はい!」

「お前は大丈夫だな? 村の方々に迷惑をかけておらんな?」

「もちろんです! アランツィル様に言われたことはしっかり守っています!!」

「ならいい」


 真面目な人だ。


 むしろそれが厳しく怖いが。


 俺は心底ビビりながらも咳払い。


「もちろん、我が村は先代勇者様を歓迎します。好きなだけ御滞在ください」

「私はもう勇者を退いたただの老いぼれにすぎませんよ。現役のレーディよりなお一層お気遣いは無用」

「そういうわけには……!?」

「それより」


 老勇者の瞳の奥に、メロリと湿った炎が宿った。


「村長、アナタも冒険者なのでは?」

「えッ!?」

「顔つきが実戦を知っている者のそれだ。しかも飛び切り過酷な実戦を……」


 何か探るような口調。


「何より体にまとうオーラの色が尋常ではない。このようにギラギラした色合いのオーラ。あるいはレーディ以上に勇者に相応しいかもな?」

「アランツィル様!」


 俺が今にも泣き入りそうになってるところへレーディが救援に。


「やめてください! アナタがダリエルさんが困っています!」

「どうしたレーディ? お前より才能があると言われて怒ったのか?」

「そういうことじゃないです! いいから、ならまず私の修行を見てください!!」

「せっかちなヤツめ。では軽く見てやるとするか……」


 俺を助けてくれたのか、それとも本当に修行を見てもらいたかったのか。


 ともかく俺は助かった。

 あの男に絡まれるのは正直言って心臓に悪い。


「近くにいるだけで呼吸が止まりそうだったのだわ……!」


 直接面と向かわなかったゼビアンテスですらこれである。

 これからあの老勇者が村に滞在する。

 これからの日々を想像するだけで胃がキリキリ痛むのだった。


「……わたくし、そろそろ魔王城に帰るのだわ」

「即座に逃げようとするな」


 俺が何度呼びかけても居座り続けたくせに!


「放すのだわ! わたくしには勇者の侵攻を阻む大切な使命があるのだわ!!」

「勇者ならここにいるだろう二人も!!」


 自分だけ危険から逃げ伸びようったってそうはいかんぞ!


 地獄に落ちるともゼビアンテスだけは道連れにしようと誓った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アハハハハハハハハハハハハハハハハハ ハライタイ。
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