51 先代四天王グランバーザ、魔王に謁見する(四天王side)
その日。
魔王城は異様な緊張感に包まれていた。
魔王軍全兵にとって重大な意味を持ちかねない催しがされていたから。
それは……。
先代四天王グランバーザによる魔王への謁見だった。
◆
「おひさー、ケガもういいの? お外で遊んで大丈夫?」
相変わらず軽い調子の魔王。
こうした口調でも外見は老いた偉丈夫なので余計に不気味さが際立つ。
その前に、重厚たる巨漢が跪いていた。
歴代最強の名高く、多くの武勇伝で今なお威名を轟かせる先代四天王『業火』のグランバーザ。
現役を退いてから初めての魔王謁見であった。
先代勇者との戦いで負った怪我の療養、それに伴う引退によって久しく魔王城から足が遠のいていた。
「魔王様におかれましては御機嫌麗しく。長く無沙汰をしてしまい汗顔の至りにございます」
「いいよいいよー。一年二年ぐらい、ぼくちんにとっては瞬きする程度の時間に過ぎないことは知ってるでしょー?」
歴代最強といえども、魔王の前では子どもも同じ。
それほどに魔族にとって魔王とは絶対的な存在であった。
「本日まかり越しましたるは、魔王様へたっての請願あるがゆえ」
「えー? ぼくちんお願いされるより、お願いする方が好きなんだけどなー?」
「我が愚息のことにございます」
それでも魔王の遊びか本気かもわからない不可思議なペースに乗らないのは、最強の度量あるがゆえか。
「不肖の我が息バシュバーザを四天王に取り立て頂いたこと、父としてまこと喜ばしく感謝に堪えません。しかし私は過去魔王軍の重責を担った者として、魔王軍全体の損益を考えねばなりません」
現四天王『絢火』のバシュバーザが、その称号に相応しくないということは、もはや魔王軍全体に共有される認識となっていた。
数多くの失敗。
さしたる反省の態度を示すこともなく、今では職務放棄すらしている。
「これ以上あの愚息をのさばらせていては士気に関わります。どうか速やかなる更迭を勅令いただきますよう……」
「えー? いいんじゃない別に? 一応今のままでも回ってるんでしょう?」
「それは、ドロイエが一人で踏ん張っているからです。彼女の働きは驚嘆に値します。しかし、いつまでも彼女に負担をかけ続けるわけにはいきません」
「んー、また一から適任者を選抜しなおすのめんどくさーい」
魔王はひたすら、駄々っ子のように振る舞うのみだった。
「グランバーザくんはホントにいのかにゃ? 息子の前途を閉ざすことになっちゃうよ?」
「魔王軍のため、魔王様のため、そしてすべての魔族のためを思えば息子の将来など些末なこと。あやつの無能はあやつの罪。他の者にまで背負わせるわけにはいきませぬ」
「厳しいパパさんだねー? でも、本当に理由それだけ?」
魔王の、弛んでいるようでいて鋭い舌鋒が飛ぶ。
「もっと怒っていることがあるんじゃないの。勝手にダリエルくんをクビにされたこととか」
「ッ!?」
グランバーザの全身が凍った。
心の奥底まで見透かすかのような魔王の視線によって。
「キミはダリエルくんを買ってたもんねー。経験少ない若造ばかりの新四天王も、ダリエルくんが支えてくれればちゃんと回ると思っていた。それを解雇されたらブチギレプンプンだよねー」
「たしかに、ダリエルほど有能な補佐官を除くことも、我が愚息無能の証左。数あるうちの一つと言えましょう」
「そうじゃないでしょう?」
魔王、言う。
「バシュバーザくんが無能なのを怒ってるんじゃなくて。ダリエルくんを追い出してしまったこと自体に怒ってるんでしょう? キミにとって血を分けた息子より、その手で育てた部下の方が大事なんだ」
「……」
「キミは現役の頃から一度として私情を挟むことのない子だったけど。ダリエルくんに関してはだけ別だよね。そういうとこ、キミの本質っぽくて好きだよ」
グランバーザは一言も返すことなく沈黙してしまった。
すべてを焼き尽くす爆炎将軍をここまで手玉にとれるのは魔王ただ一人。
「あ、そうだ。お話してよグランバーザくん!」
いきなり言い出す魔王。
「ぼくちんあのお話好きだなー。もう一回してくれたら機嫌よくなってお願い聞いちゃうかも!」
こうした魔王の我がままは今に始まったことではなく、また相手は魔族の絶対者であるために逆らうわけにはいかない。
「ダリエルとの出会いの話でしょうか……?」
「そうそう! それそれ!」
魔王はこの話を好み、グランバーザと単独会見の機会があるたびにせがんで、強制した。
その話を。
「…………私が、四天王に就任したばかりの話でございます。もう随分昔となりました」
当時の四天王も、顔ぶれは今とまったく異なっていた。
その中に『泥水』のベゼタンという魔族がいた。
実力はあるが性悪で卑劣漢。他の四天王からも嫌われる問題児だった。
そのベゼタンが死んだ。
勇者によって殺されたのである。
「ヤツは、同僚である我々に秘密で独自作戦を進行していたようでした。それが失敗し、返り討ちにあった。私が気づいて駆け付けた時には勇者は去ったあと。ベゼタンは致命傷を受けておりました」
まだ息はあったが、どう見ても助からない。
そんな状態の同僚はグランバーザにこう言い残したという。
『切り札を残した。あれを上手く使えば勇者も必ず倒せるだろう』
そう言って秘密の隠し場所らしきものを伝え、直後に息絶えた。
指示された場所へグランバーザが向かうと、そこには生まれたばかりの嬰児が置かれていたという。
「私は最初、これをベゼタンの息子だと察しました。ヤツは独身でしたが、どこかの娘に手を付けて子を成してしまうのもよくあること」
悪漢として嫌われていたベゼタンだが、我が死に直面して親の心情に目覚めたか。
『切り札を残した。あれを上手く使えば勇者も必ず倒せるだろう』という遺言は、『自分の才能を受け継ぐ息子ならきっと勇者を倒せる強豪に大成する』という意味だとグランバーザは受け取った。
生前は嫌っていたものの、同僚の忘れ形見を託されグランバーザは真摯に赤子を養育した。
亡父の望み通り、魔族一の使い手に育て上げようと。
そして一年経ち、二年経ち、さらに数年が経って……。
子どもに物心がつき、少年へと成長して、グランバーザは異変に気づいた。
「その子は魔法が使えなかったのです。四天王に抜擢されるほどの偉才を父としながら、その才能を少しも受け継がないなどありえるのか? そしてよくよく調べ上げ、重大なことに気づいたのです」
その子が人間族であると。
「私は愕然としました。ベゼタンの託した子は魔族ではない異種族だった。何故ヤツはそんなことをしたのか? 種族が違う以上、あの子はベゼタンの息子ですらない」
混乱の極みであろう。
しかし答えを知る元同僚は死して語る口を持たない。
ではどうする。
敵である人間族の子など、これ以上育てる意味はない。
そう思うのが普通だったが、グランバーザは子の養育を放棄しなかった。
数年を掛けて育ててきた。共に過ごしてきた時間が、育てる者と育てられる者を分かちがたくしていた。
ダリエルと名付けた子どもに、グランバーザは心底からの愛情を注いでいたのだ。
「幸いダリエルは、魔法以外は本当に憶えのいい子でした。用兵の術、将の技、そういったものを注ぎ込み、ダリエルは補佐として大成しました」
そして実際ダリエルは四天王補佐として実力を発揮した。
猛将グランバーザの薫陶を受けた将才は比類なく、先代勇者と戦い抜くことができたのもダリエルの補佐あってこそと言える。
「しかし私は、ダリエルに助けられるたびに迷わずにいられませんでした。これが本当に正しいのかと」
どれだけ功績を上げようと、魔法が使えないダリエルが魔王軍で立身することはない。
それどころか人間族という真の出生が、即座に地位を失いかねない。
ダリエルは真実、天才だった。
魔法以外のことは何でも覚えてモノにすることができ、性実直で清々しい若者だった。
その才を認め、誰よりも慈しんだのは、育ての親というべきグランバーザ。
その偉才を愛するばかりに、出自を隠してまで手元に置こうとしたのは、単なる自分の我がままではないか。
グランバーザは日々そうした葛藤に苛まれ続けてきた。
「バシュバーザがヤツを放逐したと聞き、激怒する反面『これでよかった』と思う部分がありました。人間族であるダリエルは、魔王軍にいる限りけっして幸せにはなれぬのです」
だからこそ魔王軍から離れ、自分自身で幸せを掴む可能性に懸けるべきか。
今ダリエルの行方は杳として知れないが、どこかで才覚を発揮して、自分の道を進んでくれていることを願うのみだった。
「わー面白い。グランバーザくんの話はいつ聞いてもいいよね」
魔王はパチパチと手を鳴らす。
「魔王様には、真実を知りながら黙認いただいたこと感謝に堪えません。ダリエルのことをお認めいただいた頃より、この命、魔王様にいつお捧げしてもいいと覚悟しております」
「魔王は全能だからキミの命なんてあってもなくても同じなのだー。でも、やっぱり心残りなんじゃない?」
そのように、息子のように愛情注いで育てたダリエルと別れの言葉もなく離れてしまったのは。
「……私ももうよい歳です。このまま二度と会うことはないかもしれません。しかしそれも当然の報いです」
ダリエルを可愛がるあまり、本来彼のいるべきでない場所に留め置いたこと。
その挙句理不尽に追放したのは彼の実の息子である。
「元々、あの子に慕われる資格のない私です。ダリエルは私のあずかり知らぬ場所で、みずからの人生を掴み取るべきなのです。それだけの力は充分にある子です」
みずからに厳格。
それがグランバーザを歴代最強にまで高める要因の一つだった。
本当ならば手塩にかけて育てた息子を八方尽くして探したいところなのだろう。
しかし、彼の出自に対する負い目が、行動を迷わせていた。
「…………」
そんな重鎮を見下ろして、魔王は虚ろな目をした。
「……ラクス村」
「は?」
「魔族領の外れ、ちょっと人間エリアよりにある小さな村さ。もちろん人間族の村。行ってみるといい。リハビリがてらの散歩にはちょうどいい距離さ」
「魔王様一体………、はッ!?」
グランバーザはすぐさま思い当たった。
魔王の、想像を遥かに超える万能を。
現役の頃から数え切れないほどに驚かされてきたではないか。
「申し訳ありません魔王様……! このような私にご厚意を……!」
「ぼくちんは面白いことが好きなのだ。あとはキミのしたいようにするといいよ」
断ち切ろうとしても、情を断ち切るのは生ある者には難しい。
グランバーザは魔王に深く叩頭し、すぐさま辞去した。
何処へ向かうのか。
それは聞くまでもなかった。
「魔王は何でも知っているのだー」
グランバーザやダリエル本人の知らないことまで。
魔王は何でも知っていて、しかも面白いことが大好き。






